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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
一章/あなたとは離婚します

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13.根回し【side アスティ】


 二人でマルセーズの母子の動向を見守るうちに、シーラさんは別れを選択した。

 自分に子ができたからか、母として子どもの未来を考えての選択にも思えた。

 だから俺はあの日取れた証拠を全て渡した。俺が調査していたのはマルセーズの母子だが、シーラさんに渡したのはリオンの映像。だから、大丈夫。そこにたまたまマルセーズの母子が映っていても問題は無い。

 とはいえ別れても、彼女のお腹には騎士の子がいる。

 離婚後に生まれるなら、婚姻時に授かったがやむを得ず離婚する事になる証明をする。

 決して不貞で授かった子ではない。

 それだけで子の明暗が別れるのだから、やらない理由は無い。


 シーラさんはなんでもない風を装っているけど本当は我が子から父親を取り上げる事に罪悪感があるだろう。

 けれど、シーラさんがあの騎士と一緒に暮らせない、心の底から笑えないというなら、子の為と我慢するより最初からいなかったと言ったほうがマシかもしれない。

 子どもは親の感情に敏感だ。どれだけ隠しても親が幸せかそうでないかなんてすぐに気付く。

 親というものは完全無敵の存在ではない。時折子どもに心配させまいとして笑顔でも無理に取り繕っているのだろうな、と感じるのは俺自身の経験からだ。


 とはいえ、シーラさんにも考えがあるから俺がこう、って言うのは間違いだけれど、どんな考えでもシーラさんの意思は尊重したい。

 そして、……こんな俺でもシーラさんの役に立ててるなら、仲のいい友人くらいにはなれるんじゃないかって、ちょっとした邪な気持ちをぎゅっと抑えてギルドに出向き、目的の人物を探す。


「ちょっといいか。頼みがある」


 ぽかんと見てきたその人物は、いわゆる魔物使いだ。使役した魔物を操り攻撃や補助をさせる、珍しい職業。


「なんですか?」

「マルセーズに行って、王国騎士団の遠征部隊を足止めしてほしい。二、三日で構わない」

「魔物で、ですか?」

「ああ。……騎士団の中にとある恋人同士がいて、離れたくないからもっと魔物が湧けばいいのに、って言ってたんだ」

「ほう」


 魔物使いの目が光る。


「それで……マルセーズから少し離れた場所に翼竜が発生した気配がして……」


 魔物使いはニヤリと笑う。よし、食らいついてきた。


「凍結と麻痺。一匹につき金5でどうだ」

「剥ぎ取りは好きにしたらいい。その代わりいいと言うまで足止めしてほしい」


 魔物使いはヒュウと口笛を鳴らした。

 シーラさんには万全の態勢で話し合いに臨んでほしい。各方面に根回しして、心と体調の準備を整えて。

 落ち着いて話し合いができるように協力することで、俺の中のわだかまりも小さくなる気がするから。


 その後魔物使いと一緒にマルセーズに飛び、翼竜を狩る。翼竜は凍結と麻痺に弱い。弱ったところで魔物使いが使役魔法を放つ。

 力が強ければ反発され逃げられてしまうこともあるが、彼の実力があれば大丈夫だった。

 強そうな個体を使役し、残りは剥ぎ取り。翼竜の翼は加工して装備すれば素早さが上がると冒険家たちに人気がある。

 充分に狩ったところで本番の足止めをしてもらう。


「あとは任せた」

「あいよ! 頃合い良くなったらまた迎えに来てや」


 魔物使いと別れ、王都にトンボ返りしてからある場所へ向かう。

 そこは王城の外れにある離宮の一部で、俺が請け負う母子調査の依頼者がいる。


「やあ、アスティ。成果はいかがだったかな」

「……貴方に会って最悪の気分です」


 金髪碧眼の男は腹黒そうな笑みを浮かべて俺を見ていた。陽の高いこの時間、いつもであればこの男は妻と共に中庭を散歩したりして休憩を取っているはずだ。

 それなのにこんなところで油を売っているなんて、今日はツイてない。


「いつもながらにつれないなぁ」

「興味本位で近づいてくるからでしょう?」


 苦笑しながら男は持っていた書類を近くにいた部下に渡した。


「きみのおかげで不正受給が減って何よりだ」


 その言葉を無視して報告書をまとめるためペンを取る。インクを浸して魔法を唱え魔力を込めると、ペンは自ら動き筆記を始めた。


「いつ見てもきみは便利な魔法を使っているね」

「はあ、どうも」


 見られているのは不快だが、集中力が途切れると筆記が止まってしまう。


「……おや、マルセーズの母子は経過観察? 私生児が確定するんじゃないの?」

「将来的な可能性としては要観察ですね」

「へぇ……ってと、薬師の奥さんはフリーになるのか」


 ……ああ、嫌だ。この人のこういう無駄に嫌なところに気付く能力にイライラする。


「貴方には奥さんと子どもがいるでしょう? 国を背負って行く人がまさか不貞をするはずないですよね? 殿下」


 ニコニコと笑うこの人はバラレシア王国の王太子。母子調査の依頼者だ。

 調査する者は俺の他にも沢山いる。

 なんせ生まれた婚外子全てを調査するのだ。

 婚外子は貴族、平民問わず年間約三千人程の対象者が出てくる。

 殆どは婚姻中に授かったがやむを得ず離婚、婚外子に、というパターン。

 マルセーズの母子のような例は稀な話だった。


「まあ、王宮にもいるからな、薬師は」


 殿下は両手を挙げ降参と言わんばかりに頭を振った。シーラさんをこれ以上煩わせたくないからあっさり引いてくれて良かった。


「それに王族が平民の女性に興味を持ったところで悪いようにしかならない。私はこれでも妻と子を愛しているんだよ」


 法律を定めても凝りずに不貞をする者はいる。

 目の前の男は国の先陣にいる為そういう事をしないという点においてだけは信に足る。


 俺は不貞野郎が大嫌いだ。


「で、裁定員はお前がするんだろう?」

「いや……俺は調査員なので肩入れを疑われてしまいかねません」

「だが奴が剣帯をしたままだとどうする。ただの騎士を英雄とまで祀り上げた者だ。その場にいる者は無力だろう」


 そして先回りして囲い込む奴は苦手だ。


「正当な理由が無ければ不貞を疑われるが、理由があれば守れるだろう。王太子として命ずる。

 貴重な回復薬師を守れ」


 更にお節介を焼きたがる奴はもっと苦手だ。

 自分の存在を勘違いして幸せを求めてもいいように感じてしまうから。


「王太子命、承りました」


  報告書の筆記が終わった。

 立ち上がり報告書を所定の場所に提出してから離宮をあとにした。



 シーラさんがフリーになればきっと引く手あまただろう。そんな事は百も承知だ。

 肩を震わせて泣くシーラさんを抱き締めたいと思ったのは事実だ。

 それを俺が望んでいいのかは分からない。


 ――まあ、シーラさんが受け入れてくれるかも分からないけれど。



 引っ越しの手伝いを派遣していた奴から聞いた。

 準備は完了した。

 シーラさんの体調も良い。


 魔物使いを迎えに行き終了を告げる。

 騎士団たちは一部不満もあったようだが団長が訓練だと言って乗り気だったらしい。


 魔物使いと帰る前に団長さんも話し合いの場に呼ぶ。マルセーズでのリオンの話をしてもらう為。



 そして数日後、リオンが帰還したと魔法伝書鳩から連絡が入る。

 こちらの準備は整った。今は集中して騎士夫さんとの話し合いに立ち会う人になる。



「お帰りなさい、リオン。話し合いをしましょうか」


 ズラッと並んだシーラさんの味方は頼もしい人たちばかりだった。


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