12.監視対象【side アスティ】
卑怯だな、っていうのがあの騎士に対しての第一印象。
調査を担当する事になった婚外子はマルセーズに住む母子。未婚の母の子は父親を特定させる義務がある。この国は不貞を許さないからだ。
子の父が既婚か未婚かによって、子がどの制度を受けられるのか見極める必要がある為国の諜報機関からの依頼でまず母親を調査した。
その中で親しい仲と判断されたのは酒場で働いていたときの同僚と常連、そしてたまに来る王国騎士リオン。俺は三人に監視魔法を掛け見張るようになった。
このうち酒場の同僚と常連は早々に候補から脱落した。
元々住んでいた場所の周囲の聞き込み、本人たちの話から除外された。
母親であるシアラは天涯孤独のようだが複数の男に媚びるタイプでは無かった。子が生まれた後も交流があるのはリオンだけだった。
リオンは普段は王都に住んでいる。妻の名前はシーラ。
シーラさんは王都の冒険者なら誰もが知る人だ。パッと見は目を引く美人ではないけど明るくて周りが爽やかな空気に包まれてずっと見てても飽きない表情が印象的な女性だった。
二人の間に子は無い。でもシーラさんの表情を見れば子を欲しているのはよく分かる。
結婚して五年も経つのだ。そろそろ、と言うには遅いくらいだが、夫が月の半分以上遠征に行くのを止めないからタイミングも難しいのだろう。
夫の方はなぜか乗り気ではない様子。その理由はマルセーズに着いた夫が駐屯地からどこへ向かうかで分かってしまった。
「シアラ、リリア、ただいま」
「リオン! 会いたかった……! リリア! パパが帰って来たよ」
「パパ!? ほんとにパパ?」
リオンはあの監視対象の母子の元へ迷い無く行き、「ただいま」と声を出す。婚外子――ではなく、私生児の可能性が濃厚となった瞬間だった。
この国の私生児に対する扱いはよろしくない。
数代前の国王が平民の愛人を囲い、あわや王位をその愛人との子に譲ろうとしたから王妃が大激怒したのだ。
貴族の愛人問題はいつの時代も頭を悩ませてきたもの。王妃だけでなくどこそこの貴族家でも政略結婚をした妻を蔑ろにし、自ら選んだ愛人とその子らを優先し続けたから女性たちの怒りを買ってしまったのだ。
だから王妃は愛人が授かった子は「私生児」として明確に分別し、私生児に対する扱いは国では保証しない事にした。
嫡子と差別化しないと正当な後継者が有耶無耶になりかねなかったからだ。
この国は貴族から平民まで等しく正しい教育を受けられるよう国から補助が出ているのだが、私生児はその補助が下りない。
私生児の教育は親の力のみでなんとかしなければならない。
だが所詮は調子のいい愛を囁き、その時その場限りの身体が目当てなだけのいつでも切り捨てられる存在の愛人。
生まれた子の面倒を見る男の方が少なかった。
出会うのが遅過ぎた二人、運命の人、婚外恋愛。
きれいな言葉を並べても会えば肉体に溺れるだけの爛れた関係。
男は性欲を解消できればそれでいい。
背徳という名の刺激をスパイスに盛り上がるだけの一時的な関係。
対して女性はその刹那に永遠を見出す。
男の上辺だけの言葉を信じ、妻より愛されていると勘違いし、優位になるのはその時だけなのにバカみたいに信じている。
結ばれなくていい、今だけ愛されたいなんてのは最初だけ。何度も逢瀬を重ねるうちに自分だけを愛してほしい、早く奥さんと別れてほしいと願うようになり、男に乞うて素気無くされる。
その時だけの約束はすぐに反古にされる。
肉体が手に入れば忘れてしまうから。
そんな残酷な男を信じ続け、傷付くのは自分なのにその傷を見て見ぬ振りをして爛れた愛を貫き破滅する。
私生児を作り、見捨てられた母子の末路は悲惨だ。
母親は男を愛し信じ裏切られ捨てられ、働く気力も湧かず結局あばら家で一生を過ごす母子が多かった。
子はまともな教育を受けられず、荒くれになるか早死にするかだった。
それを見かねた貴族の慈善団体が母子にも補助制度の利用ができるよう取り計らったので、今では私生児に対しても一部の補助は受けられる。
一部なのは、正妻にとって夫の私生児は目の敵の対象だから、らしい。
子どもに罪は無いとはいえ、罪の証でもあるのが子ども。国が表立って私生児を否定している為、易々とその子に手を差し伸べる事はできない。
私生児に関する法律が定められた後、表向き不貞の子どもは激減した。懐に余裕がある者は時折いるが、避妊薬の性能も上がった事も手伝って、望まぬ子は減っていった。
だが平民の中には中々避妊薬に手を出せず、結果的に婚外の子となる子が生まれる場合がある。
だから国として補助制度の利用を促す為に、未婚や離婚したゆえの子か、不貞の末の子か、見極める為の調査をし報告する事になっているのだ。
不貞の末の子は明確に差別化されている。
俺は諜報機関から依頼された者。
冒険者だからギルドですご腕サポーターとして噂になっていたシーラさんの事は前から知っていた。
王都で健気に婚外子調査対象の有力候補である夫の帰りを待つ女性。
夫に隠し子がいるなんて微塵も疑わない妻。
騎士の夫の為に献身を注ぎ、見返りも求めない。
シーラさんの事を調べれば調べるほど、夫の為に自分のできる事を最大限にやっていた。
それを金払ってでも欲しがる者は沢山いるのに、夫というだけで無償で与えられているのに平気でよそで作った母子に「ただいま」と言える気持ちが分からない。
だが俺はシーラさんに伝える事はできない。
国から依頼された諜報機関の任務に関する事を私情で伝えれば任務規定違反になる。
それまで何も言えないのがもどかしい。
リオンが俺の調査対象とかじゃないなら良かったのかな。
そうこうしているうちに、シーラさんがクエストを受けマルセーズの近くまで行く機会が巡ってきた。
ハーレムリーダーに付いていくらしい。聞けば泊まりはマルセーズになると言う。
すかさず俺はリーダーにパーティーメンバーになれるように頼んだ。
「サポーターとアタッカーの最高峰とクエストできるなんて光栄だ。よろしく頼む」
リーダーのディランさんは快く迎えてくれ、俺はシーラさんと接点が持てた。
実際のシーラさんは明るく周りを支えてくれた。
食事を作れば自動的に体力、魔力回復の恩恵が得られ、それはクエストの間中ずっと続いた。
クエスト中も魔物を麻痺させたり俺達に様々なバフを撒いて有利に進めさせてくれた。
おかげで予定していたよりも早くクエストを終えられ、早めに宿屋へ到着した。
そしてまだ陽も高かったからか、シーラさんは一人で出掛けた。
その先で見てしまったんだ。あの嫌な光景を。
マズイと思った。シーラさんが傷付くって。
でもいい機会だとも思った。
夫の正体を知ればいいって。
だからペラペラ言葉が出てきた。シーラさんの傷を抉る言葉が。
本当は理性的に説明したりしたいのに、夫を信じようとするシーラさんに勝手に苛立って棘を含んでしまう。
傷付いて泣くシーラさんを裏切る夫にも、シーラさんを裏切る夫を信じているシーラさんにも苛立って。
これ以上はだめだ、頭を冷やそうと一旦外に出て、ちょうど夕食どきだったからついでに食べ物も買って帰って来たらシーラさんは意識を失っていた。
慌てて医者を呼び応急処置をする。そこで医師から言われたんだ。シーラさんのお腹には新たな生命が宿っていると。
そうなると、簡単に夫と別れる選択肢を取れない事も分かってしまった。
夫婦の問題は第三者から見てもどかしくても割り切れない事もある。
なぜ早く別れないんだ、ってやきもきする事もある。けれどそれは外から見て冷静な人たちが言える事で、当事者は急に視界を遮られて身動きが取れない状態だ。
理解できない思考を理解しようとして混乱するし、予告なく壊された関係を修復しようとするのは自然なことだと思う。
だから俺はシーラさんの意思を尊重する。
別れるなら不貞の証拠集めを手伝う。
別れないならあの母子は婚外子として機関に報告する。リオンとの関係を伏せたままにする。
それが今の俺にできる唯一の事。




