11.静かな決意
マルセーズから王都に帰って来た。帰りはアスティの移動魔法で一瞬だった。
リオンが帰還するまでに手続きを終わらせたかったから助かった。
私はやる事リストを反芻し王都でまず、ギルドの受付でクエストの報酬と離婚の書類を貰いに行った。
「お帰りなさいシーラさん! ディランさんから報酬預かってますよ。確認お願いします」
「ニーナさんありがとう。……ちょっと多い気がするわね」
「メッセージ付きみたいですよ」
ニーナさんから指摘され、報酬の入った袋を見るとリーダーからの手紙が添えられていた。
『納得いくまでやりきれよ!』
短いけれど力強い言葉に思わず口角が緩む。
一人じゃない事が心強くて頼もしい。
「ありがとう。それと、ニーナさん、離婚の書類も貰える?」
「えっ?」
ギルドの中の空気がピシリと固まる。聞き返してきたのはニーナさんだけではなく、受付内にいた冒険者たちから鋭い目線を貰った。
「シーラ、さん、まさか……」
ニーナさんがわなわな震えながら手元の書類をぐしゃっと潰した。
辺りにいる冒険者たちも何だかガシャガシャと音を立てている。
「えっ、と……?」
「ニーナさん、仕事仕事」
「……ハッ! すみません、ちょっと頭の中で抹殺計画を立ててしまいました。離婚の書類ですね。少々お待ちください」
「えっ?」
私と同じく報酬を貰ったアスティがニーナさんを促したが、何だか物騒な事を言っていた気がする。
周りを見渡しても武器を念入りに研いだり魔力を高める人が目立っていた。
どうしたのかな? と目を瞬かせているとニーナさんが封筒を持って来た。
「シーラさん、こちらが書類です。この書類にお二人の署名をしてください。あと念の為話し合いの際は裁定員を付けてください。
二人きりだと絆されたり丸め込まれたり有耶無耶にされてしまう恐れがあるので。紹介状を書きますので是非話し合いの場に立ち会いしてもらってください」
「えっ」
そう言えば聞いたことがある。離婚を切り出した妻に夫が逆上して暴力を振るったりする話。追い詰められた人は何をするか分からない。だから公平な目で見てもらう為にも誰かに付いていてもらった方がいいかもしれない。
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」
「シーラさんはギルドにとって大切な方なんです。だから、頑張ってくださいね」
両手を握られうるうるした瞳で見つめられドキリとした。
優しさが身に染みる。誰かにとって大切に思われていると思うと自然に笑みがこぼれた。
「シーラさん、家に行きますよね。俺送ります」
「え、いいわよ。近いし」
「いや送ります。いいですね。送りますから」
封筒を受け取り帰宅しようとするとアスティはずいっと体を乗り出して来た。
「そもそもシーラさんの荷物は俺の……俺の! 空間魔法の中にあるんですから。俺がいないと荷物を持ち帰れませんよ」
「あ、そうだった。じゃあ、お願いします」
視界の端にチラリと男性たちが中腰になっているのが映った。彼らは苦虫を噛み潰したような表情のまま再び座る。
「アスティさんが相手じゃねぇ……」
ボソッとニーナさんが呟いたけど、私は周りに一礼してからアスティの移動魔法で帰宅した。
「移動魔法って便利ね。私も習おうかな」
「シーラさんならできますよ。魔法なんて誰でも魔力回路を持ってるんですから習えば使えます」
空間魔法から私の荷物を取り出し手渡してくれる。それを受け取るとアスティは「ではまた」と言って移動魔法で消えた。
「ただいま」
誰もいない家に入ると静寂が出迎えてくれた。
この家は元々リオンが住んでいて、結婚前から通いつめて、プロポーズでは守ってほしいと言われていた。
特に何もないけど、五年以上住んでいれば愛着もある。
家の中には私好みの家具や、調理器具。
家庭用魔道具もある。結婚してリオンの給金と私の報酬をやりくりして少しずつ買い揃えた物たち。
使い慣れた食器、キズの入ったテーブルとイス。
いずれ子どもが生まれて、色んなものが増えていくと思っていた。
でも、全部、この家に置いて行く。
次の宛があるわけじゃないから全部は持って行けない、が本当のところ。それでもお気に入りの食器や小物はいくつか荷物に詰めていく。
リオンが帰還するまでにあと二日程。大切なものから詰めて、いらないものは処分する。
悪阻は落ち着いていて、今が頑張り時って思ってくれているのかもしれない。カタチも見えないうちから親孝行だ。しっかり育てて生まれてきたら全力で愛そう。
その夜はアメリに連絡をして報告する事にした。
「シーラ! ギルドで噂になってるわよ。離婚するの?」
アメリは会うなり心配そうに聞いてきた。大きなお腹に配慮して、食事がてらお店に入って話そうと促した。
食事を注文して、先にきた飲み物を飲みながら話を切り出した。
「クエストでマルセーズに行ったんだけどね。そこでリオンを見たの」
「見た、って……」
「私じゃない女性の腰に手を回して、肩には女の子を乗せていたわ」
アメリの表情が歪んでいく。私より怒っているのが分かって苦笑した。
「その子は……リオンの子、らしいわ」
「それって!」
テーブルの上で手を握り締め、アメリは悲痛に顔を歪めた。
「だから離婚しようと思う。最近じゃ会話もろくにしてなかったし、邪険にされてるなぁって感じてたんだよね。その理由が分かってスッキリしたよ」
肩を竦めて何ともないようにおどけてみせるけど、アメリは悲しげな表情のまま口を尖らせた。
私の周りには私の代わりに感情を表現してくれる人がいて嬉しいな。
「離婚したら……シーラはどうするの?」
離婚してからの事、この先は不透明だった。
私の実家は王都からは離れている。リオンが来るかもしれないからそこへは帰れない。
返事を考えるうちに食事が運ばれてきた。
「とりあえず宿に滞在して、ゆっくり引っ越し先を探すわ。……と、ごめんなさい、ちょっと」
話している途中、匂いに反応して吐き気がきて口元を押さえて不浄場へと駆け込む。アメリに話して安心したのかな。気が緩んでしまうのも仕方ないかな。
戻ってきた私を、アメリは泣きそうな顔をして見ていた。
「シーラ、まさか……」
「アメリ」
何も言わず首を振る。
アメリは三人目をお腹に宿している。もう慣れたものだろう。その兆候が分かるくらいには。
「もう、無理なんだ。リオンは何を思って二重生活をしてたんだろうって。私とする時は排泄行為みたいなのに、あの女性には優しくしてるって」
知りたくなかった。愛する人が私じゃない女性にどのように接するかなんて。
どうしたってあの時はああだったこうだったって思い返しては苦しくなって、今じゃもう愛されているとすら思えないのが惨めで情けなくて。
「……バカだよあの男」
アメリは呆れたように首を振る。
私はお腹の子の存在はリオンには知らせないつもりだ。
だから王都から出て行く。
それはアメリも何となく分かっているようだった。
だから何も言わなかった。
私も何も言わなかった。




