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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
一章/あなたとは離婚します

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10/60

10.全てを呑み込んで


 リオンはあの家に帰って行った。彼女と何かを話すのだろうか。

 それを聞こうとは思わなかった。


「明日王都に帰るわ」


 やる事は沢山あると思った。

 ギルドに寄って報酬を貰い、離縁の書類も貰う。

 それから住む場所を決めてから準備が整い次第引っ越し。できればリオンが帰還する前に全て済ませておきたい。

 忙しすぎて目が回りそうだけど、それくらいがちょうどいいかもしれない。


「分かりました。引っ越しするなら一人では大変でしょう? 誰か知り合いを派遣しますよ」


 相変わらず先回りできる頼もしい存在だ。

 アメリに手伝い、と思ったけど、彼女は今妊娠中。だから一人で、とちょっと気が遠くなりそうだったけど大丈夫そう。


「そうしてもらえると助かる。ありがとう」


 ちゃんと笑おうと思ったけど、思ったよりも力が入らない。これからする事を思えば先が思いやられるけど気合を入れていく。


「じゃあ、何か買ってきましょうか。本当は食べに行きたいとこですが、もし見られたら誤解を招きかねませんから」

「分かったわ。お願いね。アスティの選んでくれたのなら食べれそうだから」


 アスティはニコッと笑うと、シュンッと移動魔法で行ってしまった。

 テーブルの上には鏡が置かれたままだった。

 今映像を出せばあの女性と一緒にいる場面なのだろうな、と思うけれどもう見る気にもなれない。好きにしたらいい。


 もし、何も知らなければ私は王都に帰還してまたリオンが帰って来るのを待っていたのだろうな。

 でも年月が経ってあの子が大きくなって、教育を受けるとなったら彼はどういう行動に出ただろう。

 私との子をとるのか、あの子をとるのか。

 ……たぶん、あの子だろう。愛しい我が子を見る優しい眼差しをしてたもの。

 それならまだあの子がよく分からないうちに父母が揃うのがいい。自分の両親が不貞の末の結果が自分だなんて思わせたくない。

 私の子にも自分の父親が裏切る人だなんて言いたくない。

 結局私は子どもをダシにして逃げるのだ。

 けれど、誰よりも子どもたちの心を守りたいし、泣いてる顔にさせたくない。


 綺麗事かもしれないけれど、それが最適解だと思った。



「シーラさん、入ってもいいですか」

「どうぞ」


 今度は扉の外に座標を合わせたのか、アスティは扉を叩いてお伺いを立てた。

 扉を開け、中へ、と促したが彼は扉の外で立ち止まったまま動かない。


「シーラさん、これ食べてください。離婚前に同じ部屋にいるのもどうかと思うので、俺は自室に戻ります」


 確かにリオンがやっているから、と自分も異性を部屋に招き過ぎるのはよくないかもしれない。けれど彼は証拠集めを手伝ってくれた証人のようなものだ。それでも異性だから気を遣ってくれているのだろう。


「分かったわ。……ありがとう、アスティ。あなたに助けてもらって良かった」

「シーラさんの為ならなんだってします。だから、頼ってくださいね」


 笑顔で言われ、私も頷いた。

 実際アスティの助けなくしては事を進められなかった気がする。一人じゃない事がどれだけ有り難いか。


「今日は食べてゆっくり寝てください。赤ちゃんの為にも」


 そう言って自室に戻って行く姿を見て私も扉を閉めた。


 一人になって、静寂が訪れる。

 もしかしたら気持ちを整理する時間をくれたのかもしれない。

 アスティが買ってきてくれたものをテーブルに広げ、気が向いたものを摘んでいく。


『シーラはどんなの食べたい?』

『んー、手軽に摘めるのかな!』


 芋を揚げて塩をまぶしただけのものを口に運び咀嚼する。


『じゃあ俺が作ったメインはいらないな?』

『リオンが作るのは大抵焼いた肉じゃない?』


 野菜の上に載ったスモークした魚を食べる。

 ドレッシングの少し酸っぱい味がサッパリしてて食が進む。


『うぇえ……苦いの苦手なのよねぇ……』

『熱が下がったら飲まなくていいよ。はい頑張る』


 食べながらパタッとテーブルに雫が落ちた。


『俺さ、シーラが作ってくれた飯すげぇ好き。だからこれ食べてるとさ、あー、帰って来たなーって思う。

 遠征はきついけど、シーラの飯食べる為に絶対帰って来るから』


 五年間の結婚生活で、特に最近は辛かった事の方が多いはずなのに思い出されるのは楽しかった日の事ばかり。

 離婚すると決めたのに鈍りそうになるのを自問自答して堪える。

 余計な感情は涙と共に押し流す。絆されるな、期待するなと言い聞かせながら。


 もう、リオンの為に食事は作らない。

 もう、リオンが無事に帰ることを祈らない。

 もう、リオンの為にお守りをあげる事もしない。

 食べながら噛み締め、誓いのように咀嚼する。

 未練を涙で流し、情けを噛み砕き呑み込んでいく。


 仕上げにサッパリ系のフルーツジュースを喉に流し込み、顔をパンッと挟むようにして叩いた。


 明日やるべき事をもう一度反芻する。

 王都に着いたらギルドへ。報酬と離婚の書類を貰う。

 自宅に着いたらまず離婚の書類に記入。

 アメリにも報告しておこう。黙ってたら後々肩を揺すられる勢いで責められる。

 そして自分の荷物を片付ける。黙って出て行く事もできるけど、離婚の書類を書いてもらわなければならないし団長さんと話してる様子を見る限り渋られないとも限らない。

 確実に記入して提出する。

 引っ越し先は王都から出た方がいいかもしれない。かと言って実家はリオンが追って来そうだからパス。なんとなく、お腹の子の存在をリオンに知られたくなかった。家族には落ち着いてから連絡しよう。


「よし」


 やるべき事を整理してテーブルを片付け帰る準備をし、終わったらゆっくりと湯に浸かった。

 クエストで出会った東国の人が、バスタブに湯を張り浸かる事で頭も身体もリラックスデトックスとか言っていたのを思い出したからだ。

 湯に浸り天井を見上げて目を閉じる。


 全ての思い出は流してしまおう。

 明日からは生まれ変わるような気持ちで洗い、まっさらな気持ちで再出発だ。



 その日、私は早めにベッドの中に入った。

 目を閉じるとやはり幸せだった頃の記憶が走馬灯のように浮かんだ。

 でも時折チラつくアスティの笑顔がゆっくりと眠りに誘う。

 眠れないかな、と思ったけどそのおかげで夢も見ずに朝を迎えられた。



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