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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
凜 生 と 望 生
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ご褒美アイス




「めーん! お父さん、ぼく上手?」

「ああ」

「昔のお父さんとぼく、どっちが上手?」

「俺に決まってんだろ」


 剣道場に通った水曜日の夜、新聞紙を丸めた刀で素振りする望生は褒め下手の父に唇を尖らせる。


「お姉ちゃん、ぼく剣道上手になったよね?」

「うん、望生も舞衣子ちゃんもすごく上手になったよ。頑張ってるからね」


 褒め上手な凜生は弟と一緒に友達もしっかり褒めると、同じく新聞紙の刀を持つ。


「望生、お姉ちゃんから一本取れたら、次の水曜日から剣道終わったあとアイス食べようよ」

「アイス? お姉ちゃん、お金あるの?」

「お金はないけど、私がお母さんにお願いするよ。帰りにコンビニ行ってほしいって」

「わーい」


 弟のやる気を更に上げるため剣道後のアイスを提案した凜生は、無事喜んだ望生と向かい合った。



「めーん!」

「あーあ、望生に一本取られちゃった」

「お姉ちゃん、アイス」

「はいはい。じゃあお母さんにお願いしてくる」

「ぼくも」


 わざと弟に負けた凜生が母のいるキッチンへ向かうと、望生も姉に付いていく。

 凜生と望生は結局二人で剣道後のアイス購入をお願いすると、笑って許された。



「よかったね望生」

「お姉ちゃん、やったね」

「舞衣子ちゃんも喜ぶよ」

「あ! 舞衣子ちゃん、アイス食べられる?」

「大丈夫。舞衣子ちゃんも今度からアイスのお金もらってくるって」

「じゃあ今度の水曜日はぼくとお姉ちゃんと舞衣子ちゃんとお母さんでアイス食べれるね…………あ、リキ」

「リキ、ごめんね」

「リキ、ごめん」


 再びリビングに戻った凜生と望生は来週の水曜日から毎週食べられることになったご褒美アイスに喜ぶが、アイスを食べられないリキに謝り始めた。


「なあ凜生」

「何? お父さん」

「今日はお母さんも道場行ったのか?」

「うん」

「来週もか?」

「うん、お母さんは水曜日いつも私達と一緒に行くって。あ、リキも」


 父に確認された凜生はただ笑って教えただけで、父の心がドロドロしてしまったことに気付かなかった。





「嘘吐いたのか」

「……ごめん、やっぱり水曜日は私も行くことにしたの」


 望生が姉の部屋ではなく両親のベットで眠りに就いた今夜、柊永は無言で寝室から連れ出した秋生と二階の部屋で二人きりになった。

 今日子供達と一緒に剣道場へ行った秋生はやはり問い詰められ、謝ると同時に希望を伝える。

 目の前で佇む柊永は先週秋生が水曜日は剣道場に行かないと約束したのに覆され、不満ではなく不安の表情を露わにした。


「……秋生だめだ、やめてくれ」

「義叔父さんと喋っても、子供の話しかしないから」

「叔父はそれだけじゃ済まねえ。叔父は必ず秋生に余計なことを言う」

「その時は聞き流す」

「嫌だ秋生、叔父と喋るな。俺がいない時、叔父に会うな」

「私も嫌なの。義叔父さんと喋りたい。柊永がいない時も義叔父さんに会いたい」


 柊永は初めて叔父のせいで秋生に反抗された。

 初めて自分以外の男にはっきりとこだわられた。


「……どうして叔父は特別なんだ。秋生は最初からそうだった。叔父と喋る時は嬉しくて、安心した」

「義叔父さんはお父さんみたいな人だから……」

「親が必要なら、俺の親に甘えりゃいいだろ。お父さん? 父親の顔も知らねえくせに、叔父を父親と勘違いすんな」


 柊永は秋生にとって叔父の洸斉は特別だとわかっていた。

 叔父がいつも秋生に余計なことを言う以前に、秋生となるべく接触させたくなかったから、秋生が剣道場に通うことを嫌がった。

 今秋生の口からも叔父は父親のように特別と認められた柊永は、とうとう我を忘れ秋生を罵った。

 柊永の罵りを受け止め終えた秋生が不安を超えた柊永の目を静かに見つめ返す。


「義叔父さんが言ってくれたの。負い目を捨てなさいって」

「……………」

「これからは負い目を捨てて、自分の望みも叶えてみなさいって…………ごめんなさい、私は一度迷った。でも柊永に気付かれて、やっぱり義叔父さんの言うことを無視することにした…………でも私は今、義叔父さんの言う通り負い目を捨てようと思う」

「……負い目なんて知らねえ」


 秋生から負い目を捨てる決意を静かに告白された柊永は逃げた。

 秋生の負い目が過去の自分であることなどわかりきってるのに、知らないと誤魔化した。

 秋生の負い目は過去の自分なのだから、秋生に決して捨てられるわけにはいかなかった。

 秋生は一生過去の柊永を背負わなければいけなかった。

 柊永にとって秋生の負い目は子供と同じく、秋生を一生繋ぎ止める鎖だった。

 柊永は今、秋生に鎖を切られそうになる窮地に陥り、秋生の負い目など知らないフリをした。


「柊永、私の負い目を捨てさせてほしい。そして私に負い目を捨てるように言った義叔父さんを憎まないでほしい」

「秋生……捨てるな。昔の俺を失くすな。俺は生きていけねえ」

「私は柊永が好きなのに? 私は昔の柊永がいなくなっても、今の柊永がいるから生きられるんだよ。柊永も同じ。今の私と生きてほしい。柊永、私にただ今の柊永を愛させてほしい」


 すでに負い目を捨てた秋生は、過去の柊永を失くした。

 秋生に過去の自分を失くされた恐怖で震えが止まらない柊永は、秋生にただ愛しい目で見つめられる。


 今、柊永は初めて秋生にただ愛された。


 秋生にただ愛される柊永の身体が思わず震えを忘れた。

 秋生にただ愛される柊永の目も同じく震え忘れた。


 秋生にただ愛される柊永の目は再び震え、柊永の身体も再び震えた。

 秋生にただ愛され、柊永の心もようやく歓喜に震えた。


「柊永、愛してる」


 柊永は秋生の声でただ愛された。




 その夜、秋生と柊永は初めてただ愛し合った。

 二階の部屋で柊永にただ愛された秋生は、今はただ愛してる柊永を見つめる。

 今はただ眠る柊永を見つめる。


 眠る柊永を見つめた秋生の目に、やっと涙が零れ落ちた。

 秋生の涙は柊永をただ愛してる涙だった。

 秋生はただ柊永を愛したかったから、今夜柊永への負い目を潔く捨ててしまった。

 先週義叔父に初めて迷わされ、ただ我慢ができなくなったのだ。

 一度は柊永に迷いを捨てさせられても我慢できず、今夜ただ柊永を愛してしまった。

 今まで柊永への負い目で隠され続けた秋生の望みは自由ではなく、ただ柊永を愛することだった。


 ただ愛してる柊永を見つめた秋生の目からもう涙は零れず、柊永の隣で瞼を閉じた。




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