凜生は3番
「はは、望生は相変わらずお母さんベッタリだね。望生、たまには真由ちゃんのお膝においで」
「お母さん」
今日も母の膝に乗る望生は真由に手を広げられると、尚更母にくっついてしまった。
望生にフラれわざとがっくり落ち込む真由に笑った秋生は、日曜日の今日、子供達を連れて親友の家を訪れた。
9年前、秋生は凜生を妊娠したと同時にそれまで9年働いた珈琲店を辞め、今も子育てに専念している。
そんな秋生と違って真由は今も保育士として働いてるが、38歳になった去年、結婚した。
しかも結婚相手は秋生の弟である陽大だった。
親友と弟がいつの間にか交際してるなど露ほども思わなかった秋生は、去年陽大に結婚宣言された時は唖然とさせられた。
思いがけず真由に惚れてしまった当時大学生だった陽大は、7年かけてようやく真由を落としたというのだから更に驚かされた。
「今日は木野君、一緒に来なかったんだ」
「うん、瀬名君と会うって」
「ふーん……瀬名君ってまだ独身でしょ?」
「でも最近彼女できたみたい」
今日真由と陽大の家に1人来なかった柊永は、幼馴染の瀬名を優先させた。
今だ独身の瀬名は望生が生まれた5年前から自宅へ遊びに来てくれるようになり、今では秋生とも気さくに喋る仲である。
「お母さん、ジュース」
「はいはい、美味しい?」
「うん」
「……望生があんたにベッタリだから、木野君は瀬名君に逃げたってわけか」
秋生の膝でジュースを飲ませてもらう望生を再び眺めた真由は、望生が生まれてからは完全に秋生を奪われた柊永をさすがに不憫に思う。
「でも凜生と望生は同じあんたの子供でも全然違うね。凜生はあんたに全く似ず木野君そっくり。望生はあんただけにそっくり」
「本当だね、私もびっくり」
親の秋生も驚かされた通り、子供の凜生と望生は見事に父親似と母親似に分かれた。
凜生も望生も親の外見だけじゃなく性格も似てしまったのだから、柊永が娘を不憫に思うように秋生もやや複雑な心境だ。
柊永似の凜生は正直でまっすぐ信念を貫く、とても強い子である。
秋生にとって全く心配ないどころか尊敬すらさせられてしまう我が娘だが、一方膝で甘える望生は自分に似て大人しく何事も言われたまま行動する性格だ。
週に一度姉に連れられ少し遠い剣道場へ素直に通うのも、望生の性格そのものの行動である。
秋生はそんな息子にやはり心配の念はあるが、完全に自分似なのだから結局申し訳ない。
「秋生、今は大丈夫だよ。望生はあんたそっくりの流されるタイプだけど、こんなにあんたを独占できるんだから。やっぱりあんたそっくり」
「……ん?」
「つまりあんたはいざという時に木野君を突き放す強さがあるけど、望生はいつだって父親からあんたを奪える強さがあるってこと。ただ、今の望生は心配なくても将来がねえ…………裏目に出なきゃいいけど」
「真由、もういいよ。望生の将来は、私も将来心配するから」
「あ、急に誤魔化したってことは、あんたもちゃんとわかってるんでしょ? 将来マザコン望生に困らせられるって」
秋生は真由にからかい混じりで指摘され、膝の上の望生に思わず視線を落とす。
母親の秋生が一緒の時は絶対に離れない望生は、凜生が生まれる前までの柊永を思い起こさせた。
「……望生、お姉ちゃんと一緒に遊んだら? ほら、お姉ちゃんは陽大君とサッカーしてるよ」
「お母さん」
「望生は無理無理。秋生から絶対離れない得意技だけは、唯一の木野君似だから…………それにしても、凜生は本当に望生と正反対だね。あんたを弟に取られても全然平気な顔で遊んでるよ」
秋生はソファに座りながら庭を見つめた真由にならい、庭で叔父とサッカーする凜生を眺め始めた。
「あーあ、あんな遠くまでボールが転がってしまった。凜生、ついでに少し休もうか」
「陽大君は休みたいから、わざと遠くにボールを転がしたの?」
「真顔で聞かないでくれ…………よっこいしょ」
今日姉と一緒に遊びに来た凜生と暫くサッカーをした陽大は、真顔の凜生に当てられた通り庭の芝生で休み始めた。
庭からまっすぐ見える山を眺めると、凜生も隣で眺め始める。
陽大と凜生は先週も一緒に山を眺めた。
ずっと山を眺める陽大は、今日も隣の姪に何も喋らない。
ずっと山を眺めた凜生は、今日も隣の叔父に何かを喋りたくなった。
「……陽大君は山が好きだから、この家を買ったの?」
「ううん。好きな人と同じ家で暮らしたかったから、山が好きになった」
「マンションじゃだめだった?」
「うん、柊君の真似をした。一軒家を買ってしまうと、好きな人は逃げないと思ったんだ。俺は今までいっぱい好きな人に逃げられたから」
「陽大君、大丈夫だよ。真由ちゃんはもう逃げたくない顔してるよ」
「やっとね」
陽大と凜生はようやく山から目を離し、笑い合う。
結婚する前まで何度も真由に怖気づかれた陽大は、今ようやく逃げられない程度に思われている。
そして子供の凜生はほとんど毎週会う叔父夫婦の変化を自然と気付けた。
「でも俺はもっともっと頑張らないと、秋ちゃんには一生勝てないな」
「陽大君はお母さんに勝ちたいの?」
「ううん、本当は勝ちたくないんだ。凜生、何でだろう?」
「……私は思うんだけど、真由ちゃんはお母さんと喋ってる時、幸せな顔だから。陽大君は真由ちゃんの幸せな顔が1番好きなんじゃないのかな」
「そっか……じゃあ俺は寂しいけど2番でもいっか」
「陽大君、寂しくないよ。私は3番だから」
「……凜生は3番?」
再び山を眺めながら2番の陽大を慰めた凜生は、隣の陽大に3番を不思議がられる。
「お母さんの1番はお父さん、お母さんの2番は望生、お母さんの3番は私」
「凜生、秋ちゃんは順番なんてないよ。家族みんな一緒」
「ううん、私がお母さんにそうしてほしいの」
「……どうして?」
「お母さんに弱い順番だから」
凜生の手は山に向かって1を作った。
「お父さんはとても強いけど、お母さんが離れるといっぱい息が苦しくなってしまう」
凜生の手は山に向かって2を作った。
「望生はとても大人しいけど、お母さんが離れるといっぱい泣いてしまう」
凜生の手は山に向かって3を作った。
「私はお父さんみたいにとても強くなりたいから、お母さんと離れてもいっぱい平気になりたい」
陽大の手は3を作る凜生の手を壊してしまった。
「凜生、柊君みたいにとても強くなりたいなら、弱さを平気になってはいけないよ。俺は凜生もとても弱いって知ってるよ。秋ちゃんが離れたら柊君みたいにいっぱい息が苦しくなって、望生みたいにいっぱい泣いてしまえばいいんだ」
「陽大君、私は決めたの。私は3番になりたい」
凜生の手は陽大に壊された3をもう一度作った。
凜生の強い目は山をまっすぐ見つめた。
凜生の強い横顔を見つめた陽大は、今の凜生が姉をまっすぐ愛する柊永と真逆なのに、同じだと気付く。
父親と同じくまっすぐな凜生はただ母を愛し、ただ父を尊敬し、弟には我慢しても母の愛を譲りたいだけなのだ。
凜生はまっすぐに家族を愛した。




