共の始まり 後編
秋生と呼ばれた少女―――水本 秋生は、おそらく常に真由と共にいる少女だった。
断言できないのは、もちろんその日まで啓斗の意識外だったからだ。
どうしても華やかな存在感を放つ真由を隣にすれば当然のことで、彼女はひっそりと、隣の真由に隠れるように存在した。
まるで真逆とも言えるタイプの異なる2人の少女は、それでも相当仲が深いのか常に共にある。
華やかな真由が必ず隣にいれば、彼女の存在を霞ませるのも容易だった。
啓斗が勘違いしたのも結局真由のせいでしかない。
どう見てもそうだろうと愚かにも決めつけてしまったのは、それだけ真由の存在が大きいからだ。
すべてを理解していたのは上辺しか見てなかった詰めの甘い啓斗ではなく、何枚も上手の真由だった。
――――いつからだろう、それに気付いたのは。
隣にいる友人のわずかともいえる変化を悟ったのは。
それでもやはり、啓斗だからこそ気付くことができた。
偶然にもすれ違う一瞬の静止を、息さえも忘れ去る一瞬を。
啓斗は隣の友人から繊細に感じ取った。
今だからわかる、前兆などいくらでもあったのだ。
あえて遠回りになるその教室の前を通る意味も、気が付けば遠くを彷徨うその目も、いつだって友人は探していた。
その目に映すわずかのために、その空気に触れるために、彼はいつも偶然のすれ違いだけを探し歩いた。
互いの空気が触れ合う一瞬、わずかな静止が生まれるのは、彼のすべてを失くすから。その息さえも奪うから。
残るのは震えるような歓喜と、後ろ姿を追う視線だけ。
わずかも見逃さないために。
その目に触れ、感じるために。
表情のない中その目だけが、去っていく背中だけを求め微かに揺れてることを、この友人は気付いてるのか。
おそらく気付いてるだろう。
とうに自覚してるだろう。
誰よりも自分を知る柊永だ、最初からわかってるだろう。
隣の啓斗が悟り、そして彼女の隣の真由が気付いた。
内に秘めた思いを自分が誰よりも自覚してる、感じてる。
けれどすでに隠すことができない。
それすらもできない。
彼女を前にしては何もできない。
あの柊永が、彼女以外のすべてを失くす。
自分すら失う。
決してぶれない強い目が、去っていく彼女の背中にだけは怖れるように震える。
どうして彼女だったのか、どうして彼女でなければならないのか。
啓斗にはわからない。
そしておそらく柊永でさえ同じだろう。
真由を隣にしなくても、地味な少女だ。
すぐに忘れられてしまう印象薄い少女だ。
啓斗の目に映る秋生という少女は、溌剌と明るく笑う真由の隣でいつも大人しい笑顔を浮かべている。
それは弱々しくもあり、意志を感じさせるものでもない。
他のためでもなく、自分のためでもなく、ただ共にいる友人のために笑ってる。
唯一残る彼女の印象は、おそらくその笑顔に秘めた相手を思う優しい心かもしれない。
それはいつも共にある友人に向けられ、決して他に向かうことはない。
その意識を、眼差しを、友人以外の周りに向けることはせず、ただそこだけに止まってる。
だから気付かない。
自分と共にある存在のみ意識を向ける彼女は柊永をその目に映すことなく、柊永の存在さえおそらく気付いてない。
けれど柊永はそんな彼女を見つめる。
一瞬のすれ違いに意識すべてを彼女に向け、すべての思いを込め彼女を見つめる。
気付かない彼女を、振り向かない彼女を見つめ、その目で触れ、けれど決してそれ以上は望まない。
自分が一番知ってるのだ。
報われないことを、視線をそらされ避けられることを、彼女だけを見つめる柊永が誰よりもわかっている。
彼女の拒絶を怖れ、脅え、だからこそ望まない。
それ以上の恐怖など、柊永には存在しない。
多くの生徒で群がる廊下に同じく佇んだ啓斗は、やはり周りと同じく廊下の壁を見つめた。
暫く視線を彷徨わせ見つけた自分の名前に、まずは一息吐く。
「……よし!」
同じく友人の名前を近くに見つけた啓斗は、安堵と喜びを思わず声に表した。
クラス発表の白い紙は、これからの2年間も柊永と共にあることを教えてくれた。
何とも運に恵まれた啓斗はすぐ隣に振り向くと、柊永はいまだ白い紙をじっと見つめている。
彼の視線がどこにあるかを自ずと悟った啓斗は、同じく白い紙を再び見つめ直した。
今度は別の意味で安堵の息を吐くと、一瞬頭に浮かんだ我が妹に思わず詫びを入れた。
こればかりはどうにもならない。
報われる可能性はすでに0を指した妹も、そろそろ長年の思いに終止符を打つ時が来たのかもしれない。
都合よくもそう考えれば、兄としても一つ心配が減る。
何だかんだと可愛い妹には、きっとこれから先彼女に相応しい相手が現れるはずだ。
少し残酷ではあるが心の中でそう願うと、再び隣に振り向いた。
「よかったな」
友人の心情を思い安堵を込め呟くと、ようやく啓斗に振り向いた柊永は珍しく笑みを浮かべた。
「行くぞ」
傍で見守る友人に見せた感謝の笑みは一瞬で消え去り、さっさと背中を向け先を行く。
新しい教室で新たに出会えるだろう彼女に向かって、共に歩き始めた。




