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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
最終章 希 望 へ
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夜の告白




「ほら秋生」

「もう……そんなに食べられないよ」

「本当か?」

「……本当は食べられるけど」

「やっぱりな。じゃあもっと食え」

「もう……」

「……俺が昨日の夜あんなに心配したにもかかわらず、今日は特別仲いいし」


 今夜は鍋を囲む中、姉を世話する柊永とそんな彼に困る姉を暫し大人しく眺めた陽大は、とうとう文句をつけ始める。


「陽大、幸い心配いらなかったんだから、わざわざ掘り返すな」

「元はと言えば真由ちゃんが昨日大袈裟に心配したんじゃん」

「ぐ……陽大君、ごめーんね。お詫びに真由ちゃんが鍋よそってあ・げ・る。ウフ」

「キモ」


 昨夜秋生を柊永の家へ行かせてしまったことを心配した真由のせいで、陽大も昨夜は眠れなかったのだが、蓋を開ければ今夜はいつもより仲良い姉達を見せつけられた。

 無事心配が杞憂に終わった真由は一緒に心配させた陽大に、今夜は愛想良く鍋をよそい始める。


「そういえば陽大、今日のテストはどうだったんだ?」

「テスト? 別にいつも通りだよ」

「お前じゃない、あいつだ」

「……卓君?」

「ああ」


 昨日卓巳のテスト勉強を面倒見た柊永は、陽大に卓巳のテスト結果を確認する。


「まだ点数はわかんないけど、卓君は手ごたえあったみたいだよ。今日はテストのあと余裕な顔してた」

「そうか、よかったな」


 今回のテストは赤点を免れそうな卓巳に安心してあげた柊永は、なぜか真由と陽大にじっと観察される。


「何だ?」

「木野君も今日は本当に余裕みたいだね…………昨日は卓君を仕方なく褒めたのに」

「…………」

「秋ちゃん、黙っちゃった柊君の代りに俺が詳しく教えてあげる。柊君は昨日秋ちゃんと仲良くした卓君にヤキモチ焼いたから、ヤキモチを隠す為にわざと卓君を褒めたんだよ」

 

 柊永とは大嫌い同士である真由はともかく、陽大も昨日無駄な心配をさせられた憂さを晴らすため柊永の本心を姉に暴露してしまう。


「陽大の勘違いだよ。ほら、ちゃんと鍋食べて」

「……秋生って凄いよね。顔色一つ変えず木野君庇うんだから」

「あーあ、我が姉ながらつまんない」


 陽大に教えられずとも柊永の嫉妬を把握していた秋生は結局冷静に誤魔化してしまい、真由と陽大をやや落胆させた。



「鍋食べたら眠くなった…………柊君、目覚めのサッカーしよう」

「俺は眠くねえぞ」

「いいから早く!」


 夕食の鍋を完食した陽大は昨夜姉を心配し一睡もできなかったため睡魔が襲い、柊永に責任を取らせ無理やりサッカーに付き合わせる。

 陽大に外へ連れて行かれる柊永をしつこい視線で見送った真由は、初めて訝しげな表情を露わにした。


「木野君、また正直に戻った。今あんたと離されて露骨に嫌な顔したよ」

「そう」

「秋生、陽大の目は誤魔化せても、私はあんた達の変化なんてお見通しだよ」

「変化?」

「……あんた、とぼけんの?」


 とぼけたと疑う真由からひどく不満気に睨まれた秋生は、思わず笑みを零す。


「真由はちょっと前まで干渉しないでくれたのに、ずいぶん変わったね」

「………………」

「わかってるよ。真由は変わったんじゃなくて、ちょっと前まで干渉を我慢してくれたんだよね」

「……一々説明しなくていいよ。あんたは私の気持ちなんて最初からお見通しなんだから」


 秋生から逆に気持ちを見透かされた真由は突然膝を抱え、顔を伏せてしまった。

 秋生は顔を隠した真由に近付き、優しく寄り添い始める。


「真由、ごめんね」

「……何で謝るの?」

「真由にはずーっと我慢させてしまったから。柊永より長く」

「秋生、私の片思いがいつ始まったか知ってる?」

「ううん、それだけは今までずっと気付けないの」

「あんたと初めて目が合った時だよ」

「……小5の時?」

「初めて同じクラスになったあんたが私の後ろに座ったんだ。私は大人しそうなあんたに興味なかったのに、偶然振り向いたら目が合った。あんたはでかくて黒い私に怖がるんじゃなく、恥ずかしがった。私は赤くなったあんたが可愛くて、それからずっと後ろにいるあんたばっかり気にしてた」

「私も前に座るカッコいい真由をずっと気にしてたよ。また振り向いてほしかった」

「……結局私はまた振り向く勇気がなくて、仕方なく消しゴムを落としたんだ。典型的なナンパにしっかり引っ掛かったあんたは私の背中を突っついて、私とまた目を合わせた。また赤くなったあんたがマジで可愛すぎて、私はやっと親友になる努力を始めたんだ。それから中3まであんたを独占し続けた私は、本当に幸せだった。本当はずっとあんたを独占したかった」

「真由は水泳したくて遠くの高校に行っちゃったから、私はすごく寂しかったよ」

「違う、わざと遠くに行ったんだよ。どうせ必ずあんたの傍に来る木野君が、私からあんたを奪い取る前に逃げたんだ。今度は木野君に独占されるあんたを傍で見るくらいなら、あんたと離れた方がマシだった…………今だって私は同じなんだよ。せっかく別れた木野君とまたくっつけさせたくなかった。木野君に世話されるあんたなんて毎晩見たくない。木野君じゃなきゃ駄目なあんたなんて、木野君より大嫌いだ…………だから私は憂さ晴らしに我慢することをやめたんだよ。これからもずっとあんたに干渉してやる」

「ありがとう真由、これからもずっとそうしてちょうだい」

「……秋生、木野君の家族と会う勇気は出たの?」

「……うん」


 今まで勢いよく告白し続けた真由が初めて躊躇いながら質問し、秋生も初めて躊躇いがちに肯定する。

 それ以降言葉なく寄り添う2人は、もうじき再び離れることだけを悲しみ続けた。






「柊君、ちゃんと集中してよ」

「もう目覚めただろ。帰るぞ」


 夕食後、目覚めのサッカーに付き合わされた柊永は公園で陽大と向き合ったが、たった15分で痺れを切らした。

 陽大が怒っても、しまいにはさっさと真由の家へ帰ろうとする。

 陽大は仕方なくサッカーボールを蹴り、柊永の背中に的中させた。


「……何すんだ陽大」

「柊君、今マジでイラついてるね。昔は3時間ぶっ通しでサッカー付き合わされても全然平気だったし、もし昔の俺にわざとボールぶつけられても絶対笑ってやり返してくれた。今の柊君は帰らせてくれない俺に強面のヤクザみたいな顔で睨んでる…………まあ強面は柊君の地顔だけど」


 サッカーボールをぶつけ引き止めた陽大を無意識に睨みつけた柊永はようやく自覚し、今度は陽大に向かって頭を下げた。


「……え?」

「陽大、さっきは蔑ろにして悪かった」

「いや、別に謝らなくていいよ。柊君を無理やり帰らせようとしなかったのは俺だし…………本当は俺が悪いんだ。ごめん柊君」


 柊永に潔く謝罪され慌てた陽大が、結局は自分の態度を顧みる。

 反省し謝り返すと、柊永も再び頭を上げた。


「じゃあ陽大、俺達はお相子だ」

「……うん」

「お互い悪い同士、ついでに白状し合わねえか?」

「……白状? 何を?」

「俺は早く帰りたい理由、お前は俺を早く帰らせたくない理由」

「……どっちが先?」

「もちろんジャンケンで決める」

「もちろん言い出しっぺの柊君じゃなくて?」

「悪いな。俺は最近すっかり卑怯だから、言いたくないことはなるべく先延ばししてえんだ」

「ふーん、まあいいよ。俺が勝てばいいだけだし。じゃーんけんぽん」

「陽大、お前が先だ」


 結局陽大はあっさりジャンケンに負け、柊永より先に白状する羽目になる。


「そういえば柊君って、昔からジャンケン無敵だった…………マジで卑怯だ」

「忘れてたお前が悪い」

「はあ…………まいっか。俺の白状なんて大したことないし。あのね、俺が柊君を早く帰らせたくないのは、最近柊君が秋ちゃんを1人占めしてるから、たまには真由ちゃんにも譲ってあげたくなっただけ。柊君、そういうわけだから、今日は1時間くらい秋ちゃんから離れてあげてよ」

「そういうわけ? 俺が白状する前に勝手に決めんな」

「……じゃあ柊君も白状よろしく」

「俺が早く帰りたいのは、お前の余計なお世話心と反対だからだ。谷口に1時間だって秋生を譲る気はねえよ」

「柊君って卑怯になった上、すごくケチになったね…………真由ちゃんは秋ちゃんの友達なのに」

「じゃあ陽大、何でお前はただ姉ちゃんと友達の谷口に余計な世話までして喜ばせてえんだ? 言ってみろ」

「……言えない」

「じゃあ代りに谷口の気持ちを教えてくれ」

「柊君は俺よりとっくに知ってるくせに」

「そうだ、俺は谷口の気持ちを最初から知ってる。だから少しだって秋生を譲りたくねえし、今秋生と2人の谷口を殺してえほど嫉妬してる。俺は中学のガキの頃からずっとそうだ。これからも一生変わらねえ」

「……参りました。柊君、帰っていいよ」


 陽大はいつの間にか正直さを取り戻した彼の偽りない告白に思わず圧倒され、真由には申し訳ないが柊永を解放する。

 姉を奪い返す為あっという間に公園から去っていく柊永の姿を見送りながら、陽大は予想外にも困った。

 姉を困らせる嘘吐きな柊永には腹が立ったが、正直すぎる彼も姉にとっては結構な問題だと。


「……ん? もしかして柊君、嘘吐きを更生したせいで正直がパワーアップしちゃった?」




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