夜のプロポーズ
「秋生」
「壮輔も乗ってよ」
夜10時半、秋生は1年半ぶりに自宅アパート隣の公園でブランコに乗り、たった今公園に来た壮輔を誘う。
突然公園に呼び出された壮輔はわずかに戸惑いながら、隣のブランコに乗った。
秋生と壮輔は初めてブランコを漕ぎ始めた。
「どうしたの?」
「ブランコ乗りたくなった。前は壮輔とブランコでお喋りしかしなかったから」
「……そう」
「信じてない返事」
「うん……信じてない。秋生は俺の為だから」
「壮輔の為?」
「とうとう我慢できなくなった俺が秋生を責めないように。秋生は優しいから、俺に責めさせたくなかっただけだ」
「私はブランコで壮輔を気分転換させようとしたってこと?」
「うん」
「でも壮輔は今日気分転換できても、明日はまた責めたくなるよね。じゃあ私は毎晩壮輔をブランコ乗せよう」
「…………」
「壮輔の顔がそんなの無理って言ってる。うーん、どうしようかな。どうすれば壮輔は毎晩私を責めないでくれるんだろう」
「秋生が頑張っても無理だよ…………ごめん秋生、俺が努力する」
「壮輔の顔はやっぱり無理って言ってるよ…………ごめんね壮輔、私はとっくに壮輔から責められない方法を知ってる。結婚」
「…………」
「壮輔はひどいな。せっかく私が最初にデートした公園に呼び出して、ブランコに乗せてプロポーズしてるのに、無視するの?」
壮輔のブランコが初めて止まった。
壮輔が初めて隣のブランコに振り向くと、すでにブランコを止めた秋生がいた。
笑顔の秋生が驚く壮輔を見つめた。
「結婚してください」
「……結婚?」
「うん」
秋生は仕事帰りに訪れた真由に陽大が寝た後も残ってもらい、静かに結婚の意志を報告した。
秋生とテーブルで向かい合う真由はしばし放心するが、すぐに訝しがる。
「今日はエイプリルフール?」
「ううん」
「じゃあただの冗談か。真面目なあんたが稀に冗談言うと威力抜群だね。一瞬信じるところだった」
「真由、信じてほしいの」
「もうやめてよ、そういう冗談は好かない」
「……真由、ごめん」
真由は秋生が冗談で結婚を口にするわけないことを最初からわかっていた。
それでも信じたくなかった真由は秋生に最後謝られ、無理やり信じさせられる。
秋生は見つめ合う真由に明らかなショックを与えても、再び謝ることはしなかった。
ただ傷つけた真由に目を細め、傷ついた真由の責めを待った。
秋生を責める為にどうにか開いた真由の唇は震えていた。
「誰?」
「……真由も知ってる」
「誰なんだよ」
「隣の人」
「…………」
「真由がずっと警戒してた人」
「……ずっと会ってないって言ったじゃん」
「ごめん、嘘吐いた。本当はずっと会ってた」
「だめだよ秋生、騙されてる。どんな男かもわからない」
「ううん、ちゃんとわかってる。普通のサラリーマンで優しい人。すごく大事にしてくれる…………結婚したいって望んでくれて、私も応えたの」
「あんたは私だから黙ってたの?」
「……うん」
「どうして? 私はあんたが昔木野君と付き合うか迷ってた時、笑って背中押してやったじゃん。何で今回は嘘まで吐いたんだよ」
目の前の真由を初めて泣かせた秋生は初めて答えられず黙った。
「……わかってるよ。あんたは結局木野君と別れたから、私は贅沢になったんだ。私はあんたを独占して、調子に乗ってた」
秋生もわかっていた。
昔秋生の恋に笑ってくれた親友も、今秋生の結婚に泣く親友も、心は一緒だった。
けれど秋生が表面上誰のものでもなかったこの3年間、確かに秋生は真由に独占されていた。
秋生は真由に独占させることで壮輔の存在を隠していた。
真由の涙は秋生に裏切られた涙だった。
「陽大が反対すれば、私も許さないから」
真由に捨て台詞を残された秋生は1人になった部屋で、今度は無理やり弟のことを考えた。
「はあ……緊張する」
鏡の前でネクタイを結ぶ壮輔は今日何度目かの緊張をし始めた。
秋生は壮輔のスーツにつく多少の埃を取り、ネクタイを結び終えた壮輔に着させる。
「わざわざ会社休んだのに、スーツ着るなんて変なの」
「当たり前だよ。秋生を嫁に貰うんだから」
秋生が仕事休みの水曜日、同じく仕事を休んだ壮輔はスーツに正装し、これから帰ってくる陽大と初めて正式に会う。
まるで結婚相手の両親に会うかのように畏まる壮輔にわざと笑った秋生は、壮輔のわずかに高鳴る胸に触れた。
「壮輔、私のために緊張してくれてありがとう」
「俺のためだよ。陽大君に認められて、3人で暮らす為。これからは俺が陽大君を養う」
「……やっぱり私の為じゃない。壮輔、代わりに一生大事にさせて」
「うーん……一生大事より、一生幸せがいいな」
「わかった、一生幸せにする」
「秋生、俺も」
壮輔はせっかく陽大と会うため正装したのに、最後に秋生を思いきり抱きしめた。
「ラーンランラーン」
「卓君、水曜日の帰りはまるで幼稚園児みたいに浮かれるね」
「当たり前だよ陽君、水曜日は秋ちゃんに会いに行く日だもん。ラーンランラーン」
陽大は学校の帰り道、共に歩く友達の卓巳が今日も仕事休みの姉に会いに行くため上機嫌な姿を隣で眺め、大変言いにくくも口を開く。
「……卓君、ごめんね。今日は秋ちゃんに会いに行かないで」
「え? 陽君、何で?」
「えーと…………今日は秋ちゃん、卓君に遊びに来ないでほしいって」
「………………」
「嘘嘘、卓君、秋ちゃんがそんなこと言うわけないじゃん。今日は秋ちゃん、用事があって家にいないだけ」
つい正直に姉の言葉をそのまま伝えてしまったが卓巳のショックは壮絶だったので、慌てて誤魔化した。
10秒ほど息も止めてしまったらしい卓巳は陽大に誤魔化された途端、安堵の息継ぎを始める。
「はあはあ…………なーんだ、びっくりしたぁ。ひどいよ陽君」
「卓君ごめんね。でもそういうわけだから、今日はまっすぐ帰って」
「あ、そっか。俺は今日秋ちゃんと会えないんだった…………次の水曜日まで我慢できるかな」
「秋ちゃんは我慢強い男子が好きだって」
「そうなんだ。じゃあ俺、我慢する」
卓巳はとても素直な性格のお陰で、今日は陽大の姉に会えなくてもあっさり立ち直った。
「じゃあ陽君、今日は公園でサッカーやろうよ」
「ううん、今日はやらない」
「何で? 陽君またサッカー好きになったんでしょ? 一緒にやろうよ」
「今日は本当にだめ。明日やろ。じゃあ卓君、バイバイ!」
「陽君、バイバーイ」
帰り道が別れ卓巳と手を振り合った陽大は、自宅アパートに向かって駆け始める。
今朝姉に早く帰ってきてとお願いされた通り、陽大の足は急いだ。
姉が早く帰ってきてほしい理由もわからず自宅アパートに駆け込み、陽大の手は姉と暮らす部屋のドアを開けた。
「秋ちゃん、ただいま」




