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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
第三章 変  移
42/119

花 火




「おーい秋生」


 平日の仕事帰り、夕方過ぎてもまだ明るい道を歩く秋生は、背後からゆっくり近付いた車の中から声を掛けられた。


「真由、お帰り」

「乗ってく?」

「うーん…………うん」


 自宅アパートは既に見えてるのに多少の楽を選び、同じく仕事帰りの真由の車に乗り込む。

 真由は再び車をゆっくり走らせ、秋生の自宅アパートへ向かった。




「いやー最近すっかり暑くなったね。参った参った。ただいまー」

「お帰り。でもここ真由ちゃんの家じゃないから」

 

 アパート前の路肩に車を停めた真由は秋生と共に部屋へ帰ると、すでに帰宅していた陽大から今日も冷静に訂正される。


「陽大、真面目だね。ずっと宿題やってたの?」

「そんなわけないじゃん。卓君の家で遊んでた」


 今春小学4年となり学童保育も終了した陽大は放課後友達と遊んだ後、秋生が仕事から帰る頃に宿題をやり始める。


「よし、今日は28分で終了。新記録」


 たった今終わらせた宿題に満足する陽大は、最近いかに早く宿題を終わらせるかこだわってるらしい。

 陽大の宿題を隣で覗き込んだ真由はすでに小学4年生の算数が難しかったのか、すぐに顔を離した。


「真由ちゃん、算数できないのに保育士になれてよかったね」

「ありがとう陽大、でも私はわざと保育士になったんだよ」

「算数できなくても幼児ならバカにされないから?」

「陽大ビンゴ」


 真由は保育士を希望した理由を真剣に当てようとした陽大をふざけて正解させたが、純粋に子供が好きな現保育士だ。

 今年少し遠い大学を卒業した真由は再び実家で暮らし始め、地元の幼稚園に就職した。

 働き始めてからも仕事帰りにしょっちゅう秋生と陽大のアパートに寄り、今日のように我が家と勘違いしてる。

 秋生は少し遠くから帰ってきた真由としょっちゅう会えるようになって半年経つが、生活が変化した真由や陽大と違い特に変わらず、今日も夕食作りを始めた。




「ねえ秋ちゃん真由ちゃん、花火やろうよ。今日卓君にもらった」

「……うん」

「よし! やろうやろう!」


 3人で夕食を食べた後、陽大は思い出したようにランドセルから取り出した花火をやりたがり、一瞬驚いた秋生と真由も慌てて立ち上がる。

 3人は水の入ったバケツとライターも用意し、アパートの外へ出た。


 3人は好きな花火を1本ずつ選ぶと、同時に火をつける。

 3人の花火は綺麗に散り始めた。


「やっぱり夏は花火だね」

「うん」

「ねえ、花火ってその人がわかるよね」

「陽大、どういう意味?」

「少食の俺の花火は散り方が細くて、真由ちゃんの花火は無駄に豪快で、秋ちゃんは線香花火だからそのまま」

「じゃあ陽大、次は豪快な真由ちゃん花火を選んで少食克服しな」

「じゃあ真由ちゃんは次、線香花火ね」

「あ、じゃあ私は陽大の花火やろ。少食になれるかも」

「「無理無理」」


 少食の弟と違ってしっかり食べる秋生は、2人から即座に否定される。

 3人揃って吹き出しながら、再び新しい花火を選び始めた。



「こんばんは、楽しそうですね」


 アパート前でしゃがみながら花火に興じていた3人は、たった今帰ってきた隣の部屋に住む男性から挨拶される。 


「あ、こんばんは」

「「こんばんは」」


 秋生が慌てて立ち上がり挨拶を返すと、真由と陽大も男性に挨拶した。


「騒がしくてすみません」

「いえ、気にしないでください。それじゃ」


 秋生の謝罪に笑顔で返した男性は、そのままアパートへ入った。



「……隣の男、やっぱりまだここに住んでたんだ」

「真由、失礼だよ」


 秋生は小声ながらも呟いた真由に注意するが、気にしない真由は再び花火を始めた陽大に視線を向けた。


「陽大、最近隣の男と会った?」

「今会ったよ」

「もっと前」

「うーん…………あ、この前の夏休み挨拶した」

「……1年前か。秋生、よかったね」

「何が?」

「あんたは堅物で頭のいい男に要注意だけど、隣の男はとっくにあんたを諦めたみたい」


 陽大から隣の男性との接触がほとんどないと教えられた真由は、秋生に対して勝手に安心し始める。


「真由ちゃん、隣の人と1年ぶりに会ったのは俺だよ。秋ちゃんはもっと会ってるかも」

「大丈夫だよ陽大、姉ちゃんは隣の男が引っ越してきてから一度も会わなかったって。そうだよね? 秋生」

「そうだけど、隣の人は最初から私のことなんて気にしてないよ。真由が勝手に勘違いしてるだけ」

「そんなことないよ。堅物で頭がいい隣の男は、確かに初対面で秋生に目を付けた」

「ねえ真由ちゃん、堅物で頭のいい人が秋ちゃん狙うなら、隣の人は違うんじゃない?」

「……確かに堅物そうだけど、頭いいかはわからないね。じゃあやっぱり私の勘違い?」


 なぜか以前から秋生が好かれるのは堅物で頭の良い男のみと決めつけてる真由は、陽大から冷静に意見され隣の男性への疑いをようやく晴らし始める。


「花火なくなった」

「戻ろうか」


 最後の1本になった花火を陽大が散らし終え、暫くしゃがんだ3人は同時に立ち上がった。




 部屋に戻った秋生は台所で楽しみ終えた花火を片付け始めると、真由が隣に近付く。


「でも驚いたね」

「……うん」


 真由の短い一言に同意すると、部屋でテレビを付け始めた陽大に振り向く。

 真由と共に驚いたのは、さっき陽大が花火をやりたがったからだ。

 3年前まで毎年何度も花火を楽しんでいた陽大は今夜久しぶりに花火を楽しみ、3年前までと同じく笑った。

 今まで花火に誘っても無駄だった真由と、花火に誘うこともできなかった秋生は、今夜の陽大に揃って安心させられた。


「陽大は表面だけじゃなく、ちゃんと成長してるんだよ…………今日の花火は昔と今を割り切った証拠」


 改めて真由の言葉で教えられた秋生は、横になりながらテレビを観る陽大に振り向いたまま頷いた。






「いいなあ、花火」


 真由が帰宅し陽大が眠った後、隣の部屋を訪れた秋生はさっそく羨ましがられる。

 今夜はキスより花火をしたいらしい壮輔に笑った後、どうしようか考えた。


「じゃあ明日の夜、公園でやる?」

「俺と秋生で?」

「うん」

「大人2人でやってもつまらないよ。陽大君も」


 花火は陽大も一緒に3人でと望まれ、仕方なく黙った。


「ごめん、欲張りすぎた。陽大君とはいつかでいいよ」

「……壮輔、キスして」

「俺が反省すると、秋生はおねだりしてくれる」


 今夜も壮輔は代りに謝ってくれたので、秋生は代りに甘える。

 壮輔は代りでも嬉しそうに甘いキスを始める。


「壮輔、もっと」


 わざと甘いキスしかしない壮輔に、秋生もわざと深いキスを望んだ。



 壮輔が秋生の隣に越してきて、1年半が経過した。

 一昨年の冬、隣に越してきてくれた壮輔に、すぐ指輪を貰った。

 秋生はすぐ指輪を返した。

 壮輔はすぐ秋生を待ち始めた。

 1年半前壮輔が待たなければいけなかった理由を、秋生は1年半経った今も教えてない。

 けれど壮輔は1年半前から気付いてる。

 壮輔は気付いてるから、突然陽大と関わりたくなった。

 秋生はこの1年半の間、陽大に関わりたい壮輔に仕方なく黙って断り続けた。

 壮輔は仕方なく黙られると、代わりに謝る。

 秋生は謝られると、必ず壮輔に甘える。

 甘える秋生は壮輔への罪滅ぼしなのに、壮輔は今夜も喜んだ。



「秋生、もうおねだりしないの?」

「……壮輔、重い」


 暫くベットでうつ伏せにされた秋生は壮輔に圧し掛かられ、甘える代わりにギブアップした。

 壮輔は仕方なく秋生の背中を愛するのはやめ、秋生の尻を愛し始める。


「今日も壮輔はなめるのが好き」

「秋生の犬だから。ペロペロ」

「犬は飼い主のお尻なめないよ」

「じゃあ吸う。チュ――」

「壮輔は変な犬……」

「秋生、全部吸っていい?」

「うん」


 今夜の壮輔は秋生を全部愛する為に吸い始める。

 昨夜の秋生は全部なめられた。

 毎夜全部愛される秋生は、それでも最近指一本だけ愛されない。

 今夜も壮輔は秋生の指一本だけ愛さず、秋生に教えてくれる。

 もう待てないと。




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