救いの女神
「へえ……君達が遠山家の三兄弟か。名前は?」
「はい! 三男の勝です。よろしくお願いします」
「俺は次男の光でーす。よろしくね、美人のお姉さん」
「……長男の優です。よろしくお願いします」
「勝、光、優…………ふーん、名前は似てるのに性格は全然違うね」
珈琲店店主の三人息子と今日初めて対面した真由は三人息子の自己紹介だけで、三男の勝は外面が良く、次男の光はいい加減で、長男の優は真面目と十分判断した。
「私は谷口真由だよ。君達のお母さんの友達が私の母親で、この秋生の親友が私。理解できた?」
「はい! 大丈夫です」
「ねえ真由お姉さんは美人なのに彼氏いないの? だから今日ここにいるの?」
「そうだよ、私は今日秋生の彼氏だから。ね? 秋生」
「ふふ、うん」
「真由ちゃん、真由ちゃんは女だから秋ちゃんの彼氏になれないよ」
「じゃあ私は彼女でいいよ。陽大、私の彼氏になって」
「やだ」
珈琲店の定休日である水曜日、クリスマスイブでもある今日は店主の三人息子と冬休みで帰省中の真由も店に集まり、ささやかなクリスマスパーティーが開かれた。
恋人のいない真由は最終的に陽大の彼女になろうとしたが即座に断られ、真面目な優に矛先を向ける。
「ねえ優君、私と同い年で同じ大学生なんだからさ、ついでに私と恋人同士になっちゃう?」
「いえ、俺はいいです」
「いいじゃん。同じ冬休み中なんだからさ、私とデートしようよ。遊園地行っちゃう?」
「俺は冬休みも勉強があるんで行きません」
「ふーん…………遠山さん、優君はシャイでも心配いらないんじゃない? 女の私をはっきり拒絶できたよ」
「シャイなのに女の子をはっきり拒絶できるなんて、余計厄介じゃない…………はあ」
真由は長男に対する遠山の悩みを以前聞いていてわざと優にちょっかいをかけたが、遠山は結局長男の性格に改めて溜息を吐かされる。
「……でも私には秋生ちゃんという救いの女神がいるから大丈夫ね」
「ん?……遠山さん、今の独り言は聞き捨てならないよ」
「あら? 真由ちゃん何のことかしら?」
「とぼけても無駄。遠山さん、秋生を狙って余計なことしないでね。子供の恋愛は自由だよ。親が余計なお節介しちゃだめなんだ」
「今日はクリスマスイブなんだからいいじゃない。さあさあ秋生ちゃん、シャイな息子の為にジュース注いであげて。お願い」
「遠山さん!」
「真由、怒るような事じゃないじゃない。優さん、オレンジジュースとコーラどっちがいいですか?」
「……オ、オレンジジュースでお願いします」
「はい、どうぞ」
秋生は息子のシャイ克服のため些細なお節介をする遠山に怒った真由を宥め、優のコップにオレンジジュースを向ける。
「秋ちゃん、俺がやりたい」
「あ、そう? じゃあ陽大、お願い」
「陽大ナイス」
「……陽大君、もしかしてわざと?」
「遠山さん、残念だったね」
遠山の思惑は叶わず真由に笑われる中、陽大は姉に代わって優のコップにオレンジジュースを注いであげた。
「ねえ、トランプ大会やって、一番勝った人がクリスマスプレゼントもらえることにしようよ」
「トランプ大会? ガキくせえ」
「うるせえ光、勝ったらクリスマスプレゼントもらえるんだから文句言うな」
「おい勝、クリスマスプレゼントってどこにあるんだよ」
「……あ、そういえばなかった。どうしよう」
勝はクリスマスプレゼントをもらうためトランプ大会を思いついたが、光に指摘され用意してないクリスマスプレゼントを悩み始めた。
「クリスマスプレゼントなら、店のクッキーでいいじゃない」
「いらねえ! 鬼ババが焼いたクッキーなんて一番いらねえ!」
「あら光、私が焼いたんじゃないわよ。秋生ちゃん」
「鬼ババじゃなくお姉さんが焼こうが、クッキーはクッキーじゃん。やっぱいらねえ」
「よし! クリスマスプレゼントGET! みんなでトランプ大会やろー!」
クリスマスプレゼントがクッキーに決まり張りきる勝はやる気の出ない光も無理やり参加させ、皆でトランプ大会が始まった。
「あら? 真由ちゃんはトランプ大会リタイヤ?」
「もう3連敗喫した私に勝ち目ないからね。秋生のクッキーは諦めるよ」
カウンター席でトランプ大会を1人見守っていた遠山の元に、早々と負けを認めた真由が近付いた。
今度はカウンター席に遠山と真由が並び、共にトランプ大会を見守る。
「でも不思議ねえ…………去年まで息子とここでクリスマスパーティーしようなんて思いつかなかったのに、真由ちゃんのお母さんのお陰で今年のクリスマスイブはガラリと変わっちゃった」
「うちの母親が勧めた秋生を、遠山さんが雇ったお陰じゃん」
「あら、だったらちょうど職を失った秋生ちゃんのお陰ね。私は秋生ちゃんを雇えて幸運だっただけだから」
「遠山さん、これからもどうか秋生と陽大をよろしくお願いします」
遠山は真由と一緒にトランプ大会を眺めながら話してる途中、突然真剣に頼まれる。
さすがに驚きながら振り向き、頭を下げる真由の姿を見つめた。
「……真由ちゃんが一番不思議だったわ。私は友達を雇う店主にまで頭を下げる若い子を知らない」
「私はただの友達じゃないからね。親友」
「へえ、真由ちゃんのこだわりも初めて知った」
「そうだよ、親友は私のこだわり。今まで秋生にも散々私は親友だって植えつけた。親友はただの友達じゃないから、私は秋生の特別」
「秋生ちゃんの特別になりたかった理由は?」
「ただ秋生だからだよ。でも秋生の特別な親友になれると、いざという時頼りにされるんだ。普段は離れてても、秋生はいざという時の私を忘れない」
「真由ちゃんは全部秋生ちゃんの為か…………じゃあ本当に秋生ちゃんを助けられるのは、親友の真由ちゃんだけね」
職を失った秋生を雇った遠山も、秋生の為に親友にこだわる真由には敵わないと気付く。
「それでも私は離れたせいで、長く負けたこともあったよ」
「……負けた? 誰かに?」
「そう、でももう負けない。私は大学卒業したらこっちに戻るし、秋生と陽大はずっと私が守る」
「真由ちゃんはまるで単身赴任中のお父さんみたいね」
「秋生と陽大の親父か…………まあいいや。そういうことだから遠山さん、厳しい親父がいる秋生に息子は近付けさせられないよ。諦めて」
「あら、子供の恋愛は自由なんでしょ? 私がお節介しなくたって自然と好き同士になったら、いくら厳しい親父の真由ちゃんだって止められないわよ」
「遠山さんは残念だけど、秋生と優君は好き同士にならないよ」
「そんなのわからないじゃない」
「わかるよ。秋生はよっぽど積極的な男じゃないと絶対なびかない鉄壁だから」
「じゃあうちの息子もこれから超積極的になればいいだけよ。幸い堅物な息子も私の期待通り、秋生ちゃんにすっかりホの字みたいだし…………ふふ」
「はあ……どうして秋生は厄介な堅物男にばっかり惚れられるんだ」
「え? 真由ちゃん、それってどういうこと?」
「何でもないよ…………あ、でも隣の男も厄介そうだな」
「隣の男って? もしかして秋生ちゃんにちょっかい出す男が現れた?」
焦る遠山に食いつかれた真由は改めて1週間前を思い出し、訝しげに顔を顰める。
「この前秋生と陽大が暮らす部屋の隣に、若い男が越してきたんだ。私も秋生達と一緒に偶然部屋の前で顔を合わせた」
「それで? その隣に越してきたばかりの男は、さっそく秋生ちゃんにちょっかい出したの?」
「いや、ただ引越しの挨拶されただけだよ。今日も秋生に確認したけど、隣の男とはそれ以降会ってないって」
「……何だ、じゃあ隣の男は厄介じゃないわよ。真由ちゃんが1人で警戒しすぎ」
「遠山さんもこの前一緒にいればわかったよ。隣の男は大人の秋生と私に向かって挨拶したのに、まったく私のことを気にしなかった」
「美人の真由ちゃんが無視されたってこと?」
「正確には私の隣にいた秋生しか気にしてなかったってこと」
秋生と陽大が暮らすアパートの隣部屋に越してきた男が厄介な理由を教えられた遠山は、ようやく真由と同じく訝しさを露わにする。
「……ねえ真由ちゃん、もしかして隣の男、引っ越す前から秋生ちゃんを知ってたんじゃない?」
「遠山さん、隣の男は秋生をつけ狙うストーカーってこと?」
「ストーカー…………それよ、間違いないわ。隣の男は秋生ちゃんのストーカーよ」
隣の男は秋生を既知だったと疑った遠山は真由からストーカーという言葉で恐怖心を煽られ、最後に青ざめた。
「遠山さん、無駄に驚かせてごめんね。ストーカーはないよ」
「……どうして?」
「男の印象だよ。ストーカーどころか蚊一匹殺すのも躊躇う優男。しかも堅物。人間観察に長けた遠山さんも実際に見ればわかる」
「……真由ちゃんの目を信じてもいい?」
「うん、大丈夫。私は秋生に惚れる男に関してはどんな性格か見抜ける。それに秋生に惚れる男は堅物な男だけだから」
真由の断言で隣の男への疑いを晴らされた遠山はようやく顔色を戻したが、すぐに真由の断言を反芻し首を傾げた。
「秋生ちゃんに惚れる男はみんな堅物? 真由ちゃんはそこまでわかるの?」
「遠山さん、秋生にホの字の優君だって堅物じゃん」
「確かにうちの息子は堅物すぎるけど……」
「秋生に惚れる男は堅物なだけじゃないよ、揃って頭がいい。だから秋生の優しい本質を見抜ける」
「あら、でも真由ちゃん、秋生ちゃんが優しいなんてうちのお客さんも皆丸わかりよ。それに優しい秋生ちゃんを気に入ってるのは堅物だけじゃなく、性格の軽いお客様もいるしね」
「優しい秋生を気に入った男の客なんて、どうせ気立てのいい嫁目当てだよ。大抵の男は秋生じゃなくたっていいってこと。稀にいる秋生じゃなきゃだめな男が必ず堅物で頭がいいのは、秋生の優しさに救われたいからだよ」
「……救い?」
「堅物で頭がいいせいで、恋愛には極端に不器用。簡単に女を好きになれないし、一度好きになった女しか見えない。一度受け入れた男は生涯裏切らない優しさを心の根底に持つ秋生は、不器用すぎる男にとって救いの女神ってわけ」
「なるほど……ようやく私もわかったわ。どうりでうちの超堅物息子は偶然傍に来た秋生ちゃんにだけ反応したわけだわ」
「……ただ救いの女神も一度だけ気まぐれ起こしたけどね」
「ん? 真由ちゃん、今何か言った?」
「ううん……私も忘れた」
最後の呟きだけ遠山に誤魔化した真由は、トランプ大会で勝ち抜いた優にクッキーを渡す秋生の優しい笑顔を眺めた。
「秋生、陽大、私は冬休み中このボロ家で一緒に暮らすから」
「……え? 何で?」
「真由ちゃんやめてよ。せまい」
夕方珈琲店でのクリスマスパーティーが終わり秋生と陽大が自宅アパートに帰宅すると、同じくそのまま遊びに来た真由に冬休み中の滞在を宣言される。
秋生はポカンと不思議がり、陽大は唇咎らせ嫌がった。
テーブルに座り姉弟と向かい合う真由は、陽大に視線を向ける。
「陽大、遠山さんの長男だけ警戒するあんたはまだ甘いよ。隣の男はどうする?」
「……まだ様子見だから」
「様子見? だからあんたは甘いんだ。ぼんやりしてるうちに手遅れになったらどうする? まだ小学生のあんたは大人の私がいるうちは、頼るべきなんじゃないの?」
「……真由ちゃん、冬休み中ここにいていいよ」
真由に警戒心が足りないと説教された陽大は今回素直に反省し、真由に頼る。
真由と陽大のやりとりを見守った秋生は、冬休み中滞在する真由に初めて難色を示した。
「真由、隣の人を無暗に警戒しないで」
「……秋生」
「陽大もそう。隣の人を勝手に怖がったら可哀想だよ。もし陽大が隣の席の子に勝手に怖がられたら、悲しくなるでしょ?」
「……うん」
隣の住人を意味もなく警戒する真由と陽大にそれぞれ優しく窘めた秋生は、再び真由に視線を向ける。
「真由、冬休み中ここで暮らすほど過保護にならなくても大丈夫だよ。それに隣の人と顔合わせる機会なんてないから」
「……じゃあいいよ、隣の男はもう警戒しない。私はただ冬休み中あんたと陽大の傍にいたい。これでいい?」
結局真由は理由を変え冬休み中の滞在を希望し、秋生も苦笑して了承した。




