恋人の家
「ねえ陽君、今日も学童行くの?」
「うん、俺は学童っ子だから当たり前だけど」
「今日は学童っ子やめなよ」
小学校の学童保育に入ってる陽大は今日もこれから学童児が集まる教室へ行くが、なぜか友達の卓巳に引き止められる。
「俺の一存じゃ決められないから無理」
「ふーん? 陽君のいちぞん?」
「俺が今日は学童っ子やめたいって言っても、先生がだめって言ったらだめなの。卓君、わかった?」
「ふーん? 何で先生はだめって言うの?」
「正確には秋ちゃんがだめって言ったら、俺は今日も学童っ子。秋ちゃんが先生に今日は俺を学童っ子にしないでくださいってお願いすれば、先生は許してくれる。卓君、わかった?」
「あ! 陽君、俺秋ちゃんが先生にお願いしなくても、陽君を学童っ子にしない方法ひらめいた!」
「……卓君、一応聞いてあげる」
陽大は卓巳の閃きなど全く信用してないが欠片ほどの期待が残り、とりあえず耳を傾ける。
「俺が秋ちゃんのフリすればいいんだよ。秋ちゃんになった俺が先生にお願いすれば、陽君は今日学童っ子じゃなくなるよ」
「……卓君、頭大丈夫?」
「ほら陽君、早く連絡帳出して。秋ちゃんの俺が、今日の陽君は学童っ子やめますって書いてあげる」
「……卓君、けっこう頭いいね」
陽大はさっき姉に成りすまそうとする卓巳の頭を本気で心配したが、実際の卓巳の閃きは意外にも良案だった。
とりあえず物は試しの精神で卓巳に連絡帳を渡す。
「よし! これでOK! 陽君、先生のところ行こ!」
「うん…………でも卓君、どうして俺は今日学童っ子じゃないの?」
陽大はそもそもなぜ先生を欺いてまで学童を休まなければいけないのか初めて疑問を感じながら、卓巳と一緒に学童の教室に向かって走った。
「すごいね卓君、俺こんな早い時間に帰るの久しぶり」
卓巳がサッカークラブ以外にも書道教室に通ってるお蔭で、姉に成りすまし書いた連絡帳は無事先生の目を欺き、陽大は卓巳と一緒に明るい通学路を帰りながら感動する。
「……卓君、今日は俺に学童っ子やめさせてくれてありがとう」
「え? 陽君なんで?」
「卓君は休みの日俺と公園で遊べなくなったから、今日は久しぶりに一緒に遊ぶ為でしょ?」
「え? 陽君、違うよ」
「……卓君、違うの?」
「うん、全っ然違うよ。俺は今日久しぶりに秋ちゃんに会いに行くんだ。秋ちゃんは水曜日、仕事が休みだから」
「……じゃあ何で関係ない俺は今日学童っ子やめさせられたわけ?」
「陽君は秋ちゃんの弟だから」
相変わらずとても素直な性格の卓巳は大好きな陽大の姉に会いに行く為、ただ陽大を道連れにしたと言う。
陽大はこれから姉に会える嬉しさで歌い始めた隣の卓巳を冷静な横目で眺め、わずかなショックを誤魔化した。
「もう、またシチュー食べなかった」
今朝も壮輔は昼食のシチューを作り置きしたのに、午後2時に手つかずのシチューを眺める秋生は文句を垂れる。
「俺は帰ったら食べるよ。秋生はゆっくり食べて」
「もう……」
急いで再びスーツを身に付けた壮輔は、鍋の前でまだ不服そうな秋生に近付く。
「秋生、最後にもう1回ギュー」
「ギューする暇あるなら、シチュー食べればいいのに」
「シチュー食べる暇はないけど、秋生にギューするのは特別」
「チューは?」
「……嘘、秋生から初めてチューねだられた」
「チューしないと壮輔は会社帰らないじゃない。早くチューして」
「はあ……帰りたくない。チュ―――」
早く会社に帰らせるためキスを催促した秋生は今日も壮輔を煽り、最後のキスはとてもしつこかった。
「気を付けてね。仕事頑張って」
「うん、秋生はシチュー食べて。また夜」
ようやく壮輔の抱擁とキスから解放された秋生は、慌てて部屋を出て行く壮輔を見送る。
1人部屋に残ると、今日も温め直したシチューをよそい食べ始めた。
3カ月前、秋生と壮輔は夜の公園で最高の贅沢を約束し合った。
秋生は仕事休みの水曜日になった3日後壮輔のアパートに行き、その日仕事を2時間休憩した壮輔と初めて身体を重ねた。
それ以降、壮輔は水曜日の朝必ず作るシチューを昼間秋生と食べる暇がないほど、最高の贅沢の虜となった。
毎週水曜日昼休憩を2時間取る壮輔はその時間すべて秋生を愛することで費やし、いつも慌てて会社へ帰っていく。
いつも壮輔がいなくなったあと1人でシチューを食べる秋生は、そのまま壮輔の部屋で暫しゆっくり過ごす。
すでに12月になり外はすっかり寒くなったので、先月壮輔が作ってくれたコタツからも渋々抜け出す。
今日も1時間長く居座った壮輔の部屋を出ると預かった鍵で玄関を締め、近所の自宅アパートに向かって歩き始めた。
「あ! 秋ちゃんだ!」
壮輔のアパートを出てすぐドキリと胸を鳴らした秋生は、背後から走ってくる弟の友達に偶然見つけられた。
とても懐かれてる卓巳からいつものように腹に飛びつかれ、秋生はしっかり受け止めながら陽大の姿も遠くに見つける。
「こんにちは卓君、久しぶりだね」
「秋ちゃん、俺に会えて嬉しい?」
「うん、もちろん…………陽大、学童は?」
秋生は久しぶりに会った卓巳と笑って喋り合い、傍に近付いた陽大に少しきつく尋ねる。
陽大は学童保育に入ってるので、秋生が小学校に迎えに行かなければ帰れないはずだ。
「秋ちゃん、陽君は今日学童っ子やめたんだよ。俺が秋ちゃんのフリして先生にお願いしたんだ」
「……え?」
「秋ちゃん、今日は卓君がどうしても秋ちゃんに会いたくて、俺も付き合って早く帰ったんだよ。卓君が俺の連絡帳に今日は学童行きませんって書いてくれた」
今日陽大が学童に行かなかった理由を教えてくれた卓巳からは全く要領を得ず、結局陽大がわかりやすく教えてくれる。
「そうだったんだ……卓君、会いに来てくれてありがとう。でももう秋ちゃんのフリしないでね」
「何で?」
「今日の卓君は秋ちゃんのフリできたけど、いつか先生がビックリしちゃうから」
「うん、わかった。じゃあ今度の水曜日は俺1人で秋ちゃんに会いに行く」
「うーん……」
「卓君、俺は秋ちゃんの弟だから付き合うよ。次の水曜日は秋ちゃんに連絡帳書いてもらうから」
「あ、そっか! 秋ちゃん、俺水曜日はいつも会いに行くから家で待っててね!」
「うん……わかった、ありがとう卓君」
「ねえ秋ちゃん、何でこのアパートから出てきたの?」
これから陽大と共に毎週会いに来てくれる卓巳に少し困りながら笑った秋生は、突然陽大に尋ねられる。
やはり陽大は知らないアパートから出てくる秋生の姿に疑問を覚えたらしい。
「お届け物」
「誰に?」
「お店のお客さんに頼まれたの。このアパートに住んでるお友達に、お店で売ってるクッキーを届けてって」
「ふーん」
「ねえ秋ちゃん、俺クッキーじゃなくて秋ちゃんのドーナッツ食べたい!」
「うん、じゃあ家行こうね」
陽大の疑問に笑って嘘吐いた秋生は無事信じられ、陽大と卓巳を連れ自宅アパートに帰り始めた。




