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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
第三章 変  移
33/119

毎夜の約束




「じゃあね陽大、真由ちゃんは今度9月の終わりに来るから」

「うん」

「お土産は何がいい?」

「おじさんのトマト。真由ちゃんバイバイ」


 夏休みが終わる真由が明日少し遠い大学に帰る夜、最後に真由と玄関で向かい合った陽大はあっさりと部屋に戻った。


「あーあ、私は親父の野菜より格下か……」

「わかってるくせに。陽大は強がってるだけ」


 素っ気ない陽大に嘆いた真由は、秋生から陽大の素っ気ない理由をわざと教えられる。


「秋生は強がってくれないの?」

「私は素直だから寂しがる。真由、大学頑張って」

「結局応援? 全然寂しがってないじゃん」

「じゃあ私も強がり」


 秋生も陽大と同じく来月まで会えない真由に最後強がり、寂しくても笑った。


「秋生も仕事頑張れ」

「うん」

「頑張った日は夜メールして」

「何で頑張った日?」

「秋生はどうせ毎日頑張るから、私は毎日秋生からメール来る」

「いいよ。じゃあ真由も」

「しゃあない、私も毎日頑張るか」


 頑張った日は互いにメールを送り合う約束をした秋生と真由は、最後だけ寂しい笑顔でしばらく離れた。




「メール…………あ」


 陽大が1人先に眠った夜10時、秋生はさっき別れた真由にさっそく今夜からメールを送ろうとして、メールチェックを忘れていたことを思い出す。

 今日は珈琲店での初出勤日で緊張していたため、携帯電話を気にする余裕もなかった。

 1人詫びながら、丸1日バックに入れたままだった携帯電話を取り出す。

 案の定予感は当たり、壮輔からメールが届いていた。


「昼……」


 秋生は壮輔から会いたいと匂わすメール内容を深読みできず、ただ今日の昼間にメールが届いていたことを気にする。

 きっと壮輔なら夜10時を過ぎた今も、秋生の返事を待っていてくれてるだろう。

 秋生の心に壮輔を半日待たせた焦りが生じ、初めてメールではなく通話ボタンを押した。





「戸倉さん」


 夜10時半、公園に佇んだばかりの秋生はすぐに壮輔の姿を見つける。

 秋生が静かに呼びかけても、わずかに息を切らす壮輔はただ秋生の前に佇んだ。


「ごめんなさい、急がせてしまいました」 


 陽大が眠ってるとはいえ長く家を空けられない秋生は、さっきの電話で30分だけ会う約束をした。

 今、自宅アパートの隣にある公園で壮輔と向かい合った。

 ここまで急いだらしい壮輔はすぐに息が落ち着いても、そのまま口を閉ざした。


「……戸倉さん、今日はメールできなくてごめんなさい」


 さっきは彼の足で急がせてしまったことを謝り、今度はメールの返事ができなかったことを謝る。

 謝ることしかできないのは、壮輔が口を閉ざしたままだからだ。 

 さっき電話で喋った彼の声も、いつもの柔らかさは感じなかった。


「ごめんなさい」


 秋生はいつもと異なる彼に緊張したせいで、もう一度謝る。


「……緊張して」

「…………」

「声が上手く出ない」


 壮輔は初めて夜に会う秋生に緊張したせいで、声が変わった。


「ブランコ」

「はい」


それでも頑張った壮輔からブランコへ誘われ、ベンチの代りに座る。

 隣同士の2人は前を見つめたせいで目も合わなくなり、わずかな言葉も失くしてしまった。



 一緒にいる時間は30分なのに、2人は何もないまま10分失くす。

 もし残り20分もこのまま失くせば、公園まで急いだ壮輔はおそらく帰ってから後悔するだろう。

 秋生はただ壮輔に後悔させないため、初めて隣のブランコに振り向いた。


「……俺達はとても気が合う」

「はい……ふふ」


 残り20分、ブランコに乗った2人は偶然見つめ合った。



「陽大君は大丈夫?」


 ようやく緊張を和らげた壮輔に陽大を心配され、秋生は遠く目の前に見える自宅アパートを見つめる。


「今もちゃんと寝てますよ」

「……わかるの?」

「もし陽大が起きてしまったら、心がザワザワします。早く帰らなきゃって」

「すごい……母親の勘みたいだな」

「ずっと一緒だからですよ」

「1日も離れず?」

「はい、今日も陽大は私と一緒に珈琲店に行ってくれました」

「今日が初めてだったんだ…………教えてくれればよかったのに」


 初出勤日を前もって教え忘れたせいで、壮輔は秋生と目を離すほど不満がった。

 わずかに唇を尖らせた壮輔の横顔に謝ると、今度は壮輔の心配そうな目と見つめ合った。


「大丈夫だった?」

「はい。陽大は店長さんの息子さんといっぱい遊んで待っててくれました。これからもずっと一緒に行ってくれるって」

「そっか、よかった…………秋生ちゃんはどうだった?」

「私はもちろん大丈夫です」

「もちろんなの? じゃあ失敗しなかったんだ」

「いえ、初仕事に失敗は付き物ですから、2度の失敗くらい気にしません。お皿割って注文間違っちゃったけど、店長さんも全然気にしなくていいって」

「秋生ちゃんの失敗は2つか…………俺は3つ失敗した」


 壮輔も今日の失敗を溜息交じりで振り返り、秋生は驚きの表情を浮かべる。


「3つ?」

「3つだよ。どうしてそんなに驚くの?」

「……ごめんなさい。戸倉さんは器用に仕事をこなしてるんだろうなって、勝手に思ってました」

「俺はシチューしか作れないほど不器用だよ。でも今日失敗したのは仕事じゃなかった」

「え?」

「会社でお世話になってる2年先輩で3歳年下の松田君に、3つ正直になりすぎた」

「……正直は失敗ですか?」

「うん、後から考えたら失敗だった。俺は男なのに」

「そうですか……」


 秋生はあえて壮輔の失敗に深入りせず、前を見つめる。

 壮輔の手が秋生の座るブランコを揺らし、再び秋生を振り向かせた。


「俺の失敗聞きたくない?」

「いえ……私は女だから余計教えたくないと思って」

「秋生ちゃんに一番教えたくない。でも無視されるのは嫌だ」

「無視なんて……」

「今のは無視だよ。顔もそらした」

「……じゃあ私にも正直になって下さい」


 秋生はあえて聞かなければ無視と決めつける壮輔にあっさり降参する。

 

「戸倉さん、1つ目の失敗は何ですか?」

「松田君に初めて彼女ができたと教えてしまった」

「……2つ目は?」

「松田君に一生彼女だけと宣言してしまった」

「…………」

「3つ目は松田君に可愛い彼女の写真を見せてしまった。俺の失敗は本当は3つ目だけ。1つ目と2つ目はわざと失敗にした。彼女に知ってほしかったから。秋生ちゃん、わざとの理由も聞いて」

「……どうして?」

「初めてできた彼女を一生逃がさない為。優しい彼女に教えてしまえば、責任を感じてくれると思って」


 さっき秋生を振り向かせる為にわざとブランコを揺らした壮輔の手が、ブランコを握る秋生の手を捕まえた。

 壮輔の目と手に捕まった秋生は、本当に壮輔から逃げられなくなった。


「秋生ちゃんにまた責任を感じてほしいんだ」

「…………」

「俺の足みたいに」

「……私はもう戸倉さんに責任を感じてません」

「嘘だ、俺にはわかる。証拠だってあるよ」

「………証拠?」

「秋生ちゃんは1年前、わざと俺の傍に来た」


 壮輔が教えた証拠は秋生が暮らすアパートだった。

 公園からも見えるアパートを1年前秋生が選んだのは、壮輔の暮らすアパートから近い理由だった。

 確かに秋生は1年前、わざと壮輔の傍に来た。


「……私が戸倉さんの傍に来たのは、私の都合です。責任感からではありません」

「じゃあ半々でいいよ」

「いえ、私の都合だけです」

「…………」

「私は戸倉さんが嫌がった時、責任を感じることはやめました」

「……嫌がらなければよかった。今こんなに後悔してる」


 1年半前の壮輔は秋生に責任を感じさせることを拒否する為、秋生に笑い続けた。

 今の壮輔は後悔の声を零し、秋生を見つめる目も後悔の念で歪ませる。


「戸倉さんは後悔してるから、また私に責任を作りたかったんですか?」

「そうだよ、逃げられたくない」

「……ごめんなさい、30分経ちました」


 壮輔に怖がられても目を離した秋生は、ブランコからも立ち上がった。


「戸倉さん、いつも11時に私を逃がしてください。私は毎日10時半にここで待ってます」


 秋生は壮輔に責任を作らせない代わりに、毎夜30分会う約束を作る。

 ブランコの前で最後に壮輔の手が離れると、弟の元へ帰り始めた。




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