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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
第二章 始まりと終わり
22/119

君に会えた



「水本さん、早かったね」


 午前10時前、病室に現れた秋生に驚いた壮輔は、座っていたベットから立ち上がろうとした。


「あ! 戸倉さん座っていてください」


 秋生が急いで傍に近寄ると、壮輔も再びベットに座り直す。


「わざわざありがとう。仕事は大丈夫?」

「今日は元々休みだったんです。あまり気にしないでください」


 秋生の言葉に壮輔は一瞬黙ったが、すぐに笑顔を浮かべ再び感謝してくれた。


「戸倉さん、もう着替えたんですか?」


 壮輔の退院日である今日、彼の恰好はすでに病院服から私服に変わっていて、秋生は改めて彼の姿を見つめる。

 初めて目にするポロシャツにジーンズ姿の壮輔は、いつもより若く感じられた。

 少し短めの髪と決して派手ではないが無骨さのある引き締まった顔立ちは、見た目とても爽やかな好青年だ。


「水本さんがいつ来ても大丈夫なように、もう出る準備も済んでるんだ」

「え? もう終わったんですか? まだ10時前なのに……」

「元々じっとしてられない性格なんだよ。朝からずっと1人でソワソワしてた」

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。荷物はこれだけですか?」


 ベットの上に置いてあった大きなボストンバックを手に持った秋生は、壮輔の荷物はこれですべてか確認する。

 

「うん、ごめん。お願いできるかな」


 秋生から松葉杖も受け取った壮輔は立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。

 秋生も壮輔の荷物を持ち、病室を出る彼の後に続いた。





「……あ、水本さんの店は?」

「うちはドラックストアなんで、食材は品数が少ないんです」


 病院からタクシーに乗り込んだ2人はまず食材や必需品を購入する為、どこの店に行こうか相談し始めた。


「この近くにある国道沿いのスーパーに行きませんか? 大きいですし、一通り揃いますよ」


 壮輔の了解を得たので、最初は大型スーパーへ向かうことにした。


 スーパーに着くと壮輔の意見を聞きながら買い物を済ませ、再びタクシーに乗り込み彼の住んでいるアパートへ向かった。



「本当に悪い。片付けもせず家を出たから、女の子が見たら卒倒するかも」


 壮輔は一度玄関ドアの前で秋生に申し訳なげに謝ると、鍵を開けた。

 お邪魔しますと挨拶した秋生は、先に部屋の中へ進む彼に付いていく。

 単身者向けのアパートは1DKだが、物が少ないせいかそれほど狭くは感じられなかった。

 さりげなく部屋の様子を窺うと、多少は雑然としていたが壮輔が言うほどではなく、置かれたものも全体的にきちんと整頓されていた。


「戸倉さん、とりあえず座ってください。あ、キッチンとか勝手に使ってもいいですか?」

「全然気にしないで。実は俺もカップラーメンの湯を沸かすくらいしか使ってなかったんだ」

「……ふふ、そうだと思いました」


 いかにも壮輔らしくて、つい笑いが零れてしまった。


「もうお昼なんで、とりあえずご飯作りますね。片付けは後でやりましょう。戸倉さん、リクエストありますか?」

「うーん、そうだなぁ。久々に味の濃いものが食べたいな」

「……カレーとか?」


 さっき購入したお蔭でカレーの材料も揃ってるし、おそらく好きだろうと思い尋ねてみる。


「いいね、そうしよう。水本さんも好き?」

「私は何でも好きです。一緒に食べてもいいですか?」

「もちろん、一緒に食べよう」


 壮輔が快く頷いてくれたので、さっそくキッチンへ向かった秋生はカレーライスを作り始めた。


 

 炊き上がったご飯を皿に盛りカレーをかけると、一緒に作ったスープと共に小さいテーブルに並べた。


「美味しそうだ。水本さんの料理、2回目だね」


 あのクッキーも美味しかったと呟いた壮輔の褒め言葉に、秋生も思わず照れ笑いを浮かべた。


「普段お菓子なんて作らないから、自信なかったんですけど…………あ、冷めないうちに食べましょうか」

「うん、いただきます」


 2人で手を合わせた後、一緒に食べ始めた。


 秋生が作ったカレーを美味しいと何度も褒めてくれた壮輔は、お腹が空いていたのかお替りもしてくれた。

 昼食を済ませた後そのまま壮輔に無理やり休んでもらい、部屋の片付けとトイレ、風呂場を洗った。

 大した汚れはなかったが、秋生が一通り掃除を終えると時計は3時を指していた。


「水本さん、そろそろ休んで」


 ベットに座り待っていた壮輔にも声を掛けられ、秋生はとりあえずお茶を淹れるためキッチンへ向かった。



「今日は本当にありがとう。助かったよ」


 2人はテーブルに向かい合いお茶を飲み始めると、壮輔は今日の退院を手伝ってくれた秋生に頭を下げた。


「いえ、私が勝手に押しかけてやり始めたことですから。逆に戸倉さん、居心地悪くなかったですか?」

「そんなことないよ。正直な話、水本さんが手伝うって言ってくれた時はホッとしたんだ」

「お役に立てて良かったです…………あの、戸倉さん」


 秋生は言葉を続けようか一瞬躊躇ったが、結局壮輔に視線を向け直した。


「ご家族の方は、どちらにお住まいなんですか?」


 壮輔がアパートに一人暮らしということは、おそらく実家はここから離れているのだろう。

 それに少し前まで大学生だった壮輔が就職を機に今春自立したのだとしても、それにしては部屋が馴染み過ぎている。

 おそらくもっと以前からここに住んでいたはずだ。


「家族はいないんだ」


 壮輔はただ静かにそう答えた。

 壮輔の言葉にわずかに動揺を覚えた秋生は、そのまま壮輔を見つめた。


 あの目だ。

 病室で初めて壮輔と会った時の目と同じだ。

 何もない。


「水本さんも気付いてただろ?」


 壮輔から逆に確認された秋生はとっさに言葉が出ず、黙ってしまった。


 彼の言う通り、もしかしたらそうじゃないかと思っていた。

 事故後の4カ月間、決して短いとは言えない月日、秋生は壮輔を見舞うため病院へ通い続けた。

 最初はそれほど深くは考えていなかった。

 偶然だろうと思いたかったのかもしれない。

 壮輔を訪ねる日、彼の家族に一度も会ったことがなかった。

 秋生の見る限り、ただの一度も親族は現れなかった。

 おそらく友人以外で彼を見舞いに来たのは秋生だけだろう。


「その代り水本さんが会いに来てくれただろ? 俺の世話を焼いてくれる君に、つい甘え過ぎてしまった。申し訳ない」

「……戸倉さん、私は役に立つことができたんでしょうか」

「水本さんは優しすぎるよ。俺のことなんか放っとけばよかったんだ」


 そう言って明るく笑った壮輔は、すぐに向かいの秋生をしっかり見つめ直した。


「……君も、そうなんじゃないか?」

「え?」


 壮輔の尋ねをとっさに理解できなかった秋生は、いつのまにか壮輔に真剣な表情を向けられていた。


「弟さんの代りに、どうして君が俺に会いに来るんだ? それは親の役目だろ」


 秋生はようやく壮輔の尋ねを理解した。

 秋生が壮輔の事情に薄々気が付いていたように、壮輔だって気付かないはずがなかった。


「それに水本さんはまだ19歳なんだろ? それにしては、あまりにもしっかりしすぎてるよ」

「……確かに私は弟の親代わりです」

「うん」

「でも、戸倉さんを事故に巻き込んでしまったのは私なんです。私が弟を1人にしてしまったから…………全部、私のせいなんです」

「じゃあ君のお蔭で、俺は君に会えたんだな」

「……え?」


 壮輔は目を見開き驚いた秋生を見つめ、優しく笑った。


「君に会えてよかった」


 ただ秋生を慰める為に言った、壮輔の優しさだった。

 

 



 



「秋ちゃん、新しいお家に行くの?」


 夕食の準備を済ませた秋生が一度部屋を覗くと、陽大に勢いよく尋ねられる。

 いつの間にかテーブルに並んだ白い紙に気付いた秋生は急いで近づき、すべて拾い集めた。


「あー! 今見てたのに!」


 文句を垂れ怒り出す陽大をそのまま無視し、子供の背丈では届かない棚に白い紙を隠してしまう。


「陽大、ご飯だからテーブルの上片付けて」

「秋ちゃん! どうして隠しちゃうの?」


 それでも諦めない陽大は秋生の言葉を無視すると、子供用の椅子を持ち上げ棚の前に置いた。

 椅子の上から背伸びして再び白い紙を取り上げると、逃げるように柊永の背後へ隠れた。

 秋生は陽大の態度に怒る気力も失せてしまい、夕食を運ぶため再び台所へ戻った。



 夕食中しつこく同じことを尋ねる陽大に返事することなく、口を噤んでいた。

 何も答えない秋生を途中でようやく諦めた陽大は、柊永に向き直った。


「柊君、今度新しいお家見に行くもんね?」

「ああ」


 陽大から嬉しそうに確認された柊永が肯定したので、ようやく秋生は柊永に視線を向けた。

 秋生の視線に気が付いた柊永も箸を止め、わずかに笑みを浮かべる。


「どうして見せるの?」


 秋生は隠しておいたアパート物件のコピー用紙をあえて陽大に見せた柊永に、怒りを込め文句を言う。


「期待させないでよ。あとが大変なんだから」


 今さら言っても遅い。陽大は目を輝かせ2人の様子を見ている。

 普段は怒ることが少ない秋生も、睨んでも平然としている柊永に込み上げるものがあった。


「陽大を味方につけないと、秋生は動かないから」


 さっきまで平然と笑っていた柊永が、いつのまにか表情を失くしていた。

 それが怒りなのか、それともそれ以外なのか、秋生にもわからない。

 秋生が思わず戸惑いの表情を浮かべると、再び笑みを戻した柊永は食事を続けた。


 いつまでも箸を止めたままの秋生を陽大が心配し始めた。

 我に返った秋生は陽大に笑顔を向けると、再び夕食を食べ始めた。




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