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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: 柊月エミ
凜 生 と 望 生
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嬉しい父




 壮輔のマンションに辿り着いた陽大は、ようやく元来の落ち着きを取り戻した。

 とりあえずエントランスで壮輔に電話を掛け始める。

 日曜日の今日、壮輔は陽大の電話にすぐ対応してくれた。


『陽大君』

「戸倉さん、また電話してしまってすみません」

『いいんだよ。また何か質問できた?』

「はい、これからまた伺ってもいいですか?」

『ごめん陽大君、電話だけじゃだめかな。俺は引っ越したから』

「……引っ越し?」

『今はもうあのマンションで暮らしてないんだ』

「もしよければ理由を聞いていいですか?」

『何となくだよ…………でももしかしたらこの前陽大君が来てくれたのが、きっかけになったのかもしれない。潔く過去と決別しろって』

「………………」

『陽大君、そういうわけで俺はもう陽大君と直接会うことはやめようと思う。でもこのまま質問には答えるよ』

「……ありがとうございます。じゃあ1つだけ確認させて下さい」

『うん』

「戸倉さんはこの前俺に偽りませんでしたか? 戸倉さんの告白は事実ですか?」

『陽大君、俺は偽ってないよ。俺の告白は事実だ』


 陽大は姉が壮輔を残す理由は偽ってないと、はっきり答えられた。

 さっきまで壮輔に偽られたとほぼ確信していた陽大は壮輔からはっきり否定されただけで、心に安堵が押し寄せた。

 陽大の心をあっけなく安堵させたのは壮輔にはっきり否定される前に、壮輔が過去と決別したと教えられたせいだった。

 心から姉を離せなくても今後一切関わらないと決意した壮輔は、陽大が疑問を抱いた姉の涙さえ帳消しにさせた。


「戸倉さん、ありがとうございました」


 今壮輔に心の底から感謝した陽大は気付いていない。

 陽大の感謝は姉の涙と同じだったと。

 陽大は姉の喜びと同じく、今初めて壮輔に喜びの感謝を伝えた。


 そして陽大は心の安堵に任せたまま、壮輔との電話を終わらせた。





「あ! ちょっと陽大、どこ行ってたんだよ」


 壮輔の暮らしていたマンションから引き上げた陽大が再び家に戻ると、さっそく真由から文句をつけられる。


「急にいなくなったから心配したんだからね。さっき電話したのに出ないし」

「もう家に着きそうだったから、電話に出ない方が早いと思ったんだよ。真由ちゃん、急に出掛けてごめんね」

「まったく……それでどこ行ってたの?」

「遠いコンビニ。はい、お土産のアイス」

「……ふーん。遠いコンビニ行ったのに、なぜかお土産のアイスはまったく溶けてないけどね。まあいいけど」


 いつもなら陽大に干渉しない真由は溶けてないアイスに嫌味を吐いた。

 真由の機嫌が芳しくないことを悟った陽大は、真由がさっそくアイスを食べるため手離したスマホに気付く。


「……真由ちゃんって本当、怖いほど正直だよね」

「は?」

「秋ちゃんとマオのツーショット写真、さっそく壁紙にしてるし」


 今日凜生が猫のマオを中心に写真撮影会をしたが、真由もしっかり秋生とマオのツーショットを盗み撮りし、すでにスマホの壁紙にしている。

 陽大がわざわざ真由のスマホを手に取って確認すると、すぐに奪い返された。


「別にいいじゃん。写真くらい」

「写真くらい別にいいけど、秋ちゃんのせいで俺に八つ当たりしないでよ」

「………………」

「やっぱりね。真由ちゃんが機嫌悪いのは俺が勝手に出掛けたからじゃなくて、秋ちゃんのせいだ。今日の秋ちゃんは柊君が好きなこと全然隠さなかったからね」


 真由のスマホにある姉の写真を見つけたついでに、真由が不機嫌になった本当の理由も気付いた陽大は、今日柊永の隣でとても幸せそうだった姉の笑顔を思い出す。

 今日機嫌良く落ち着いていた柊永は、自分のせいでとても幸せそうな姉に初めてただ喜べたのだろう。

 陽大は姉夫婦があんなに幸せだと逆に不機嫌になる真由から八つ当たりされても仕方ない。


「……でもどうして秋ちゃん、柊君を好きな気持ち隠さなくなったんだろ」

「秋生は木野君に悪びれるのをやめたんだよ。だから木野君を好きなだけでいいんだ」


 柊永に対して突然素直になった姉にようやく疑問を覚えた陽大は、真由の不機嫌さを増した声で教えられる。

 過去柊永と別れたせいでずっと罪悪感を抱えていた姉は、ようやく心を改めたらしい。


「真由ちゃん、秋ちゃんは何で急に悪びれなくなったの?」

「そこまで知るか! 自分で考えろ!」


 陽大は姉の心が変化した理由まで真由に頼ろうとしたが、さすがに一喝された。


「……ま、いっか。真由ちゃんアイス一口。あーん」


 姉夫婦が幸せなら、これ以上深く詮索する必要はない。

 今日は少しばかり姉の心に振り回された陽大はようやく楽することにし、不機嫌にアイスを食べる真由に向かって口を開けた。





「猫のマオちゃん、けっこう可愛いね」

「やっぱりお母さんにちょっとだけ似てるね」


 今日は叔父夫婦の家で初めて猫のマオと会った凜生と望生は、夕方家に帰ってから母のスマホで撮ったマオの写真を眺める。


「おい凜生、望生、お母さんのスマホ貸せ」


 凜生と望生から母のスマホを突然取り上げた父は、勝手に操作し始めた。


「お父さん、何してるの?」

「お父さん、お母さんのスマホだよ。変な所いじっちゃだめだよ」

「別に変な所なんていじってねえよ。写真もらうだけだ」


 やや横暴な父を心配した凜生と望生はとりあえず安心させられた通り、父は自分のスマホに今日凜生が撮った写真を送っただけだった。


「お父さん、どの写真もらったの?」

「あ、お父さんとお母さんの写真だ」

「あ、お父さん、もう壁紙にしてる」


 凜生が今日撮った父と母の写真は父も大層気に入ったらしく、父はさっそくスマホの壁紙にもしてしまった。


「いいなぁ、お父さん。ぼくもお母さんほしい」

「他のお母さんなら印刷してやる。でもこのお母さんは俺のスマホだけだ…………ちょっと待て、それじゃつまらねえな。おい凜生、望生、もう1回お母さんのスマホ貸せ」


 父は凜生と望生に返した母のスマホをもう一度奪い取り、また勝手に操作し始めた。


「よし、これでお揃いだ」

「あ! お母さんのスマホもお父さんとお母さんになってる」

「お父さん、だめだよ。お母さんの壁紙はリキだったのに」

「ずっとリキだったじゃねえか。お母さんもリキは飽きた」


 やはり横暴な父は母のスマホの壁紙も、リキの写真から父と母の写真に変更してしまった。


「何何? 何の話?」

「あ! お母さん、お父さんがリキをお父さんとお母さんにしちゃったよ」

「ん?」

「お母さん、お父さんがね、お母さんのスマホの壁紙をリキの写真から、お父さんとお母さんの写真に変えちゃったの」


 一度寝室で着替えした秋生は騒がしいリビングに戻ると、望生と凜生から騒がしくなった理由を教えられる。


「あ、本当だ。リキじゃなくなってる」

「お父さん、お母さんとお揃いにしちゃったんだよ」

「お父さんのスマホの壁紙も、お父さんとお母さんの写真だよ」

「そっか……リキ、ごめんね」


 スマホの壁紙を確認した秋生は凜生と望生から夫のスマホも同じと教えられ、ただリキに謝る。


「お母さん、いいの?」

「うん、お母さんもこの写真気に入ってるから。それにお父さんとお揃い、嬉しい」


 秋生は夫と一緒に写った写真が夫のスマホとお揃いになり、素直に喜んだ。






「ねえお姉ちゃん」

「ん?」

「お父さん、今日ずっと笑ってたね」

「そうだね」

「お父さん、今日ずっと嬉しかったのかな」


 今夜は姉のベットに入った望生は眠る前、隣の姉に今日ずっと笑ってた父の気持ちを確かめる。

 凜生は隣の弟と目を合わせ、今日の父みたいに笑った。


「今日のお父さんはお母さんが嬉しかったんだよ」

「ん? ぼくはいつもお母さんが嬉しいよ。お父さんは今日だけ?」

「ううん、昨日のお父さんも嬉しそうだったよ。お父さんは木曜日からずっと嬉しかった」

「木曜日?」

「うん。今日は日曜日だから、お父さんは4日ずっと嬉しかったよ」

「4日? 少なーい。ぼくはいつもなのに」

「お父さんもいつも嬉しいけど、4日間はいっぱい嬉しかったの」

「変なの。何でだろ……」

「私はわかったよ。お父さんはお母さんにいっぱい嬉しくさせてもらったの。お母さんはお父さんを好きになったから」

「違うよお姉ちゃん、お母さんは前からお父さん好きだよ」

「うん、そうだよ。でもお母さんはすぐ好きを隠しちゃうんだよ。でもお母さんはお父さんを好きって隠さなくなっただけ」

「そっかぁ…………お姉ちゃん、お父さんよかったね。ぼくもお母さんがぼくを好きだと、いっぱい嬉しいよ。お父さんもいっぱい嬉しくなれてよかったね」

「うん、よかったね。私もいっぱい嬉しい」


 望生に父がいっぱい嬉しくなった理由を教えた凜生は、最後に目を合わせる望生と喜んだ。

 母にいっぱい嬉しくなれた父が嬉しかった。

 父をいっぱい嬉しくしてくれた母が嬉しかった。


 凜生と望生は父と母が嬉しいまま眠り始めた。





 秋生はリビングのゲージでリキが眠ってから、寝室へ向かった。

 寝室のドアを開けた瞬間、まるで昼間の元気なリキのように飛びかかったのは夫だった。

 秋生は声を上げる暇なく、今度は夫に奪い去られる。

 柊永はあっという間に妻をベットに乗せてしまった。 


「あーびっくりした…………もう」

「怒るな、今日から俺はリキだ」

「え?」

「リキは愛情を隠さねえだろ。俺もリキになる」


 今夜突然リキになると宣言した柊永は、ベットに乗せた秋生にまた飛びかかった。

 秋生にずっしり圧し掛かると、秋生の顔をいっぱいペロペロなめ、秋生の匂いを思いきりクンクン嗅ぐ。


「はあ……参った。柊永ワンコはリキより強烈だ」

「当たり前だ、俺の秋生愛はリキと比べものになんねえぞ。それにリキは浮気性だ。今日は秋生より谷口の猫に夢中だった」

「そういえばそうだったね……」

「秋生、男は人間だって犬だって一途じゃなきゃいけねえんだ。秋生だけの俺はリキより遥かにいい男だぞ。秋生はリキより俺をいっぱい可愛がるべきじゃねえか?」

「ふふ……そうだね、わかった。じゃあこれから柊永ワンコをいっぱい可愛がる」


 リキになると言いながらリキより可愛がれと言う柊永におかしく笑った秋生は、反撃することに決めた。

 今度は秋生が柊永にずっしり圧し掛かると、柊永の顔をいっぱいペロペロなめ、柊永の匂いを思いきりクンクン嗅ぐ。


「はあ……俺も参った。秋生ワンコはマジでやべえ」

「満足した?」

「逆だ、すっかり火がついた。やっぱり俺は人間の男に戻る」


 犬になった秋生にいっぱい可愛がられた柊永はあっさり犬をやめ、秋生の身体を夢中で愛し始めた。


「私はまだ犬なのに……」

「メス犬はこんなに胸でかくねえぞ。尻も出てねえ。秋生はやっぱり人間の女だ。人間の男をこんなに興奮させる。秋生、俺の興奮に触るか?」

「……柊永もやっぱり人間の男だね。セクハラ」

「セクハラ?……確かに俺はセクハラ男かもな。自分の女にセクハラするのが大好きだ」

「私はセクハラ男いやだ…………柊永、普通に私を大好きになって」

「……無理だ、秋生をこんなに愛してる」

「あ、柊永が子供になっちゃった」


 いつも秋生に愛の言葉を求めてばかりの柊永が、久しぶりに愛の言葉を伝えた。

 柊永の口は秋生へ愛を伝えながら、柊永の目から秋生へ涙を零す。

 秋生を愛する柊永はとても素直で泣き虫で、秋生の愛しい子供にもなってくれる。


「柊永おいで」


 今は母になった秋生が優しく胸に包んだ柊永をとても可愛がり始めた。




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