95.みんなツンデレ
サランが剣を拭いて納刀します。
僕も、愛用してきたショットガンのM870から、シェルラッチを押して残弾をすぽんすぽんと取り出して……。
「ブランさん平気? どこかケガしました?」
「大丈夫勇者さん」
……。
寝転がってたブランさん、むっくりと起き上がって。
「いやあ、腹減ったわ」
あっはっはっは!
お昼ご飯まだですもんね!
三人で座り込んでボーっとしておりますと、どーん、どーんって音が遠くに聞こえてきます。
「どうなってるんでしょうねえ」
「たぶんあのダイノドラゴンが市内で暴れているんだろ。あれ魔法の音だよ」
「怖いですねえ」
「自業自得さ。自分たちの始末は自分たちでさせてやろう」
「そうですね」
「そうだよ。もうこれ以上かかわるのはこりごりだよ」
そう言ってサランがうーんと伸びをします。
「ひどい国だった。でも、これで国のやり方に市民が少しでも嫌気がさしてくれれば、この国も変われるかもな」
「そうなればいいんですけど……」
自慢のゾンビ兵も召喚術も、たった一人の勇者さんにまったく相手になりませんでした。
それを多くの国民が直接見たんです。国がやっていること、間違ってるんだって国民が気付いてくれればいいんですが……。
ブランさんが剣を抜きます。
「……しかしいい剣だ。何をやっても折れないのにびっくりさ」
「普通の人間には絶対に折れないんですけど、勇者さんだったら折ってしまいそうですが」
バールですから。
重量物にひっかけて二人がかりでうーんと引っ張って持ち上げたりしても曲がりもしませんからねバールは。
「いやあ、武器強化の魔法かけるからね。でも、それでも折れる剣は折れる。俺たち剣士はいつだって折れない剣を探し求めてる」
「ドウルさんとの約束でしょ? ちゃんと返してよ?」
サランのダメ押しに苦笑い。
「わかってるわかってる。ただ、名残惜しいだけさ」
そう言って、ブランさんは剣をずーっと眺めていました。
平民の服に着替えてから近隣の河原まで歩きまして、そこでもう一泊キャンプして、その後、魔力が十分回復したブランバーシュさんの転移魔法で一気にトコル村に戻ってきました。
「どうだったね」
「なんとか命を拾いました。この剣のおかげです」
そう言ってブランさんが鍛冶職人のドウルさんに剣を返します。
「ダイノドラゴンを二匹斬りました。さすがです」
「ダイノドラゴン!? お前そんなのと闘ってきたの!?」
ドウルさんが目を丸くします。
そりゃ驚きますよね。
「あー、シン、ちょっといいか」
「はい」
二人で工房の奥に引っ込みます。
「あの鉄棒、もう一本手に入らんか?」
「なんでですか?」
「勇者に貸した剣な、どうもこう、気に入らねえ。ゴミだ。作り直してえ」
「打ち直せばいいのでは?」
「ちょっと試してえこともまだまだあるんだよ。もう一本なんとかなんねえか?」
ニヤニヤニヤニヤ。
「……なんだよ」
「ツンデレって知ってます?」
「知らねえよそんな言葉」
僕はマジックバッグから、もう一本、あのバールを購入しまして、ドウルさんに渡します。
「ありがてえ、感謝するぜ!」
ドウルさん、バールを置いて、勇者の元に戻ります。
「あー、その剣な。失敗作だ。どうも気に入らねえ。欲しけりゃもってけ」
「いいんですか!」
「ああ、そのかわりちゃんと世界を守れよ」
なんでこうアレなんですかね。勇者に使ってもらえりゃ職人冥利に尽きるってもんだ、ぐらい言ってあげればいいじゃないですかもう。
ほらーサランまでニヤニヤしてるじゃないですか。なんだかなあ……。
「お世話になりました」
妙に神妙に、ブランさんが頭を下げます。
トコル村の川の桟橋です。
僕らはこれからここにつないでいたカヌーと川イルカくんと一緒に、村に帰ります。ここでお別れです。
「今更こんなものを渡すのは失礼としか言いようがないが、受け取ってくれ」
そういって革袋を渡してくれます。まあ、金貨でしょうね。
「今回の事、ハンターへの報酬ということであれば」
遠慮なく受け取ります。断るほうが失礼でしょう。
「君らの力はすごい。頼りになる。でも頼れば頼るほど、君らに迷惑がかかる」
その通りです。
こんな力、大っぴらになったら僕ら間違いなく寿命が縮みます。
絶対に今より幸せになれません。
「……もう会うこともないだろう。エルフの村でお二人、幸せに暮らしてくれ」
「もちろんそうしますよ。そこは心配しないでください」
「俺は手柄を全部ひとり占めしちゃうことになるんだが」
「いいんですそんなのは。いつものことです」
ブランさんが右手を出します。
「もし本物の魔王が復活するようなことがあったら、俺は絶対にエルフの村を守る手伝いをさせてもらう。約束する」
「はい、お願いします」
「そして、君らがもう大事件に巻き込まれたりしないように頑張るよ!」
ブランさんの手を握り締めます。
「サランさんも」
そういって、サランとも握手しました。
「最高の旦那さんだ。絶対に手放すなよ」
「当り前よ。大きなお世話だわ」
サランさあ……。
「じゃ、世話になった。ほんとうにありがとう!」
そう言って、勇者ブランバーシュさんは、消えてしまいました。
やれやれ、僕ってなんか、こんなことばっかりだね。
「シンンンンン――――ッ」
「はい……」
「今回だけだからね!」
「はいっ!」
うう、やっぱりハンターは奥さんには勝てません。(※1)
――――――――第十一章 END――――――――
※1.ハンターと奥さん
日本中ハンターの一番の障害は、お役所でも警察でもなく、奥さんである。
およそ猟師の奥さんならば、旦那が鉄砲持って山を歩いて野生動物撃っているなんてことよく思っているわけがなく、一人残らず全員「そんな趣味は今すぐにでも引退してやめてほしい」と思っていることは間違いない。ケガをするかもしれない事故で死ぬかもしれない、鉄砲持ってるなんてやっぱり怖いし、動物の死体持ってくるしそれを庭でスプラッタな解体するし、気持ち悪い肉を食べさせようとしてくるし、許可証の更新時に家に警察が来てパトカーを停めるのでご近所の目が何事かと集まるし、なによりお金がかかってしょうがない。そんな趣味よりパークゴルフでも温泉巡りでも連れて行ってくれるほうが断然いいはずで、旦那の趣味としてはこれ以上ないほど最悪であることは認めなければならない。
実際、銃砲の所持許可の申請時には警察の質問事項に、「家族の賛成は得ているか」という項目があり、これがNOだとNGである。
ハンターはこれらのことを家族に理解してもらい、かつ奥さんの機嫌を取るということがどれほど重要であるかを全員熟知していることは言うまでもない。
次回最終章・最終回「エルフ村の幸せな日々・四十歳の僕」




