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91.正教国侵入


 サランは頭にスカーフをかぶって、耳も隠してしまいましょう。

 僕は元々目立たない小男ですから、まあ普通に。

 ブランさんは一応目立たないと思われる黒服にマント、アライグマの帽子。


「よし、市内に侵入。さ、手つないで」

 三人で輪になって手をつないで、ブランさんが「ジャンプ!」と唱えると城壁の裏、物置小屋みたいなところの陰に飛びました。

 凄い魔法ですよね。さすが勇者。


「あと数回使ったら俺倒れそう」

 エルフ村から一気に正教国、それに連続テレポ。魔力消費が大きいんでしょうか。

 今夜はちゃーんと宿を取って休みたいところです。

「まず服屋さんに行ってブランさんの服ですね。怪しすぎますそれ」

「お金どうしよう、この国の通貨でないと」

「はいはいはい金貨入れて」

 僕がマジックバッグ出して口を開いてブランさんの金袋から金貨二十枚ほど入れてもらいます。


「両替、ラルトラン正教国の通貨で」


 ……この国の金貨が三十二枚入ってました。

 なんだこの交換レート。つまり僕等がいたジュリアール王国の通貨のほうが価値があるということになります。同じ金貨なのにこの差はせつないです。国力の差が出てますな。

 つまりラルトラン正教国よりジュリアール王国のほうが経済、国力、信用度共に圧倒しているということです。あるいは金の含有量が少なくて価値が低く見られている、その程度の通貨しか発行できないということなのかもしれません。その程度の国力でよくいちゃもん付けてくる気になるな正教国……。


「なんという便利かばん。凄すぎるよ」

 ブランさんも驚きですよね。

 僕らも正教国の金貨を五十枚ほど用意して二十五枚ずつサランと分けて持っておきます。

「はいはいはい装備を一度全部コレに入れて」

「いや俺は一応自分の収納空間があるから」

「いいんです。一度入れといてください」


 ブランさんとサランのバール剣を収納。

 そしてまた出して、ブランさんに渡します。

 これでブランさんの剣には女神ナノテスさんの祝福がかかりました。

 なにか妙な闇の力とかにぶち当たっても突破できます。ヤバいことがあっても安心ですよ。

 ま、これは黙っておきましょう。


 サランには護身用に短剣。スカートの中に隠します。

 僕は……まあいいか。なにかあったら出せばいいし。

 ソウドオフショットガン、さすがに隠せません。

 ブランさんは自分の収納空間とやらに剣をしまい、これも短剣だけ目立たないように身に付けます。


 物置小屋の裏から出て、街に出ます。

 きれいな街です。美しいと言っていい作りです。

 見事な大理石の建物が並びます。レンガ造りの家もちゃんと漆喰が塗ってあってレンガむき出しの建物なんてありません。

 でも歩いている人たちはみな、活気があると言うわけでもなくすごく静かなんですよね。


「……教会の権力が強いからな。圧政と言ってもいい。そういう国さ」

「そうなんですか」

「この国には王がいない。正勇者教会の大教皇をトップに厳格な身分制度がある。いやな国さ」

 でしょうねえ……。


 大きい服屋に入りましてね、ブランさんの衣服を整えます。

 うん、かなりマシになりました。木綿のシャツにチョッキ、いい感じのお兄さんというところです。ちょっと大きめのつば広帽子をかぶってもらい、顔を目立たないようにしておきます。

 この世界情報が行き渡ることも無く市民が勇者の顔を知っているわけがありません。相当な上層部でも知らないはずです。手配されてるとかも無いですから。犯罪者じゃないんですし。


 ま、そんなとこで僕らは街を方々歩き回って、様子を探りました。

 いざという時の逃走経路、合流場所をいくつか、そしてメインの闘技場。

 作戦の前にちゃんと地形を把握しておきませんとね。


 大した大きさではありませんね。

 三千人ぐらい収容できるって程度でしょうか。



 闘技場の周りをぐるりと一定間隔で兵士が守っております。

「ひっ!」


 サランがその兵士を見てびっくりします。

「どうしたの?」

「あ……あれ、おかしくない?」


 おかしいです。

 微動もせず立ってますが、顔色が悪すぎます。まるで死人のように……。

 目も開いていますが、白濁してこれも死体のよう。


「ゾンビ兵だよ」

「ゾンビ兵!」

「この国では若くして死んだ者は教会で葬られた後、死体に保存処理をして魔法で復活させ兵として使役するんだ」

「なんてことを……」

「死者への冒涜でしょうそんなの!」


 ブランさんが首を振ります。

「いや、死してなおこの国を守る兵となる。名誉なこととされている」

 最悪です……。


「……自分たちでは闘うのが嫌だから、そんなことをゾンビにさせているの?」

「そうさ」

「なんというヘタレ国です」

「その上召喚術を奨励し、ダイノドラゴンを使役できるようにまで発達させたり、もう何考えてんだか……。そんな邪悪なことばかりやってよく正教国なんて名乗れるもんだよな」

「ほんと教会ってロクな奴がいませんね……」

「ま、そういうわけで明日はこいつらがみんな俺たちに襲ってくるってこともありうる。覚えといて」


 覚えとけって言われましてもねえ。

 まあ僕らの武器には女神ナノテス様の加護があるから、ゾンビ倒せないことは無いですが、数が数だとやっかいですよこれは。



「おにいちゃん! おにいちゃん、返事をしてっ」


 一人のゾンビ兵士に女の子が縋り付いて泣いております。

 街を歩いていて、偶然自分の家族を見つけてしまったのでしょうか。

 物言わずただ立ち尽くすゾンビ兵。

 少女が泣き崩れ、座り込んでしまいました。

 なんて残酷な光景でしょう。

 ひどすぎます。


 誰も立ち止まらず、誰も少女を見ず。

 静かな街で、ただ少女の泣き声だけが響きます。


「……行こう。今はどうしようもない」

 女の子、僧服を着た妙な大人に、引きずられて行ってしまいました……。




 明日には正教国おかかえ召喚士VS王国のニセ勇者の試合があります。

 看板に大きくそう書いてあります。

 ニセ勇者なんですって、ブランさん。

 不憫です……。


「明日には誰が本物の勇者か、はっきりさせてやりましょうね」

「おう、任せろ!」


 闘技場の前の立て看板になにか書いてあります。


「『王国のニセ勇者は未だ現れずわれらの術に恐れをなして逃げている。この試合、明日の昼十二時、定刻までにニセ勇者が現れなければ我ら正教国の勝利とし、正式にわが国が次代勇者の正統なる後継者と宣言する!』って書いてあるよ……」

「なにそれ」

 サランはちょっと、読み書きが怪しい所がありますので、読んであげます。


「……まあ言わせてやれ。でもこれはちょっと腹立つな」


 三人で看板を見上げてあきれます。



 公園まで行ってベンチに腰掛け、マジックバッグを開きます。


「ニセ勇者さん、ちょっとこの紙に一文書いてくれませんかね」

「ニセ勇者って誰だ」

「はいはい不貞腐れない。『勇者は誰の挑戦も受ける。定刻に参上つかまつる。ブランバーシュ』って」

「予告状か。そりゃいいな!」


 そうして、すらすらとインクと羽ペンでニヤニヤしながら書いております。



「えーと、あそこがいいかな」


 通りを挟んで宿屋さんの裏からこっそり入り、水場からの階段を上って屋上の物干し場に上りました。


 マジックバッグからサランの弓と矢を取り出します。

 矢にさっきの予告状を細く折りたたんで結び、サランに渡します。


「あの立て看板にこれを突き刺して」

「了解!」


 ぎりぎりぎりぎり……びしゅっ!



 サランの矢が見事な弧を描いてゆるやかに飛び、カツーン! と立て看板のド真ん中に突き刺さりました! 矢文(やぶみ)による予告状です。


「お見事!」

 ブランさんが拍手します。

「細工は上々、あとは明日のお楽しみってわけだ」

「さ、騒ぎになる前に逃げ出しましょう!」



「ちょっと待って。もう一矢」


 サランがそう言って、ギリギリと矢を引き絞ります。

 本気の矢です。今度は立て看板を砕き飛ばしてしまいそうなパワーです。


 びしゅっ!

 猛烈な勢いで矢が放たれ、真っすぐに飛んでいきました!


 さっき女の子が縋り付いていたゾンビ兵の眉間を貫きます!

 ガラガラガラッ。

 甲冑に身を包まれたゾンビ兵が砕け落ちるようにバラバラになって地に落ちました。弓の腕すげえ……。それにナノテス様の祝福も。


「あんなの許せないよ」

「うん、賛成」

 ちゃんと死体に還ってもらって、葬ってもらいましょう。


「えっえっえっ! どういうこと? なんで一撃でゾンビ兵が崩れるの!?」

「そりゃヒミツです。さ、急ぎますよ」

 そうして僕らは大慌てで宿屋裏から退散しました。



次回「狙撃ポイント」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3人それぞれ役割が違うのが良い感じですね。矢文格好いい。 [気になる点] 教会がゾンビ使役しているのを是としているの、宗教観が違う感じで良いですね。魔物召喚とかしているあたり悪魔崇拝とかし…
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