69.ゾンビ屋敷
困ったときは神頼みです。
マジックバッグで無線機出して、ナノテスさんに聞いてみましょう。
「ナノテスさんナノテスさん、こちら中島。応答願います」
……。
「ナノテスさんナノテスさん、こちら中島、応答願います」
”はーいこちらナノテスでーす!”
……無線機で神託する女神様ってどうなのかと思いますね。毎回毎回。
「そういやナノテスさん、前にマジックバッグから取り出した銃にはナノテスさんの加護がかかるって言ってましたよね?」
”加護じゃありませんよ祝福です”
「どういう効果があるんですか?」
”敵の負の魔法を突破できます”
ダークサイドですか。どこのジュダイの騎士ですか。
「ゾンビに当たったらどうなります?」
”普通の人間に当たったぐらい効くとは思いますが、まあそれはゾンビにかかってる魔法次第ですかね”
「ゾンビって普通の攻撃だと?」
”撃たれたり斬られたりって感覚がありませんからそのまま襲ってきますよね”
「そのゾンビが現れたんです。ハトなんですけど」
”はい。黒魔術でそれを作り出してる奴がいるってことになりますね”
「やっぱりか……」
黒幕がいるんですか。どんなやつですかね。
「いったい犯人は誰なんです」
”それは後のお楽しみと言うことに”
「おいいいいいいい! そんな展開も演出もいらんから――――!」
”だって中島さんゾンビ相手に戦うために一生懸命練習してたじゃないですか”
……バレてましたか。
「あれはナノテスさんが『これでゾンビも大丈夫ですね』なんて明らかにフラグとしか思えないようなことを言うから!」
”全米のガンナッツ(※1)がゾンビと戦うことを夢見て日々武装して訓練してるんですから、少しは喜んでくれても……”
「夢見てません! そんなのどう考えても悪夢でしょうが!」
”じゃ、頑張ってください。通信終わり!”
「えっちょっとちょっと待って待って! 聞きたいことはそこじゃなくて!」
「シーン!!」
パカラッパカラッパカラッ。
サランが馬で走ってきました。
「突き止めたよ! はずれの村のボロ屋敷!」
……だからなんでバイオな展開になるんですか!
もうツタが絡まって庭も荒れ放題の放置された屋敷です。
窓とか板が打ち付けられています。
「ジニアル男爵の古屋敷だ。ホラあそこ見ろ」
バルさんが指さしたところを見ると裏山が土砂崩れで屋敷が半分埋まっています。
「台風が来た時にああなって放棄されてな」
うーん、もったいないですね。
「人が出入りした跡があるね」
うん、確かに。足跡。
「女だな……。一人だ」
ピンヒールっぽい。おしゃれなお方ですかね。
「ハトは?」
「あそこから中に入った」
屋根裏部屋の窓が開きっぱなしになってます。
ゾンビハトの鳩舎になっちゃってますね。
あそこから飛ばしたわけか。
「……ハトは帰巣本能が強いです。例えば自分で鳩舎を作って、そこで飼っているハトを鳥かごに入れて、どこでも知らない土地に連れて行ってから放しても必ずもとの鳩舎に戻ってきます」
「そうなのか?」
「はい。僕のいたところじゃ、それでハトに手紙を持たせてやり取りする伝書バトってのがありました」
「ハトが手紙咥えてるのかよ!」
「そうじゃなくて、ハトの足に小さな入れ物を縛り付けて、連絡したいことを書いた丸めた小さい紙を入れておく程度なんですけど」
「……伝書バトか。そりゃあ便利そうだな。俺らでもやってみるか」
伝書バトはローマ帝国時代の前から無線が発明された後でも第二次世界大戦まで使われてました。
この世界では誰も思いつかなかったってことですか。それとも僕の世界のハトよりこの世界のハトは利口なのかもしれませんね。もっといい餌場があるとか、環境がいいとか、天敵がいないとか、そういう場所を見つけても目もくれずに戻ってきてくれるハトっていないのかもしれません。
「つまり犯人は、街で教会とかギルドとかでハトを捕まえて、こちらに運び、ゾンビ化して飛ばしたってことになります。ハトは毎日巣と餌場を往復しますから」
「どういう目的で?」
「そりゃあ感染させて教会とギルドをゾンビだらけにしてやろうって考えの持ち主でしょう」
「教会とギルドに恨みがあるやつってことになるか?」
「はい、もしかしたら」
「教会に恨みがあるやつもギルドに恨みがあるやつもいるかもしれねえけどよ、教会とギルド両方にってのはちょっと心当たりがねえな」
「他にも狙われてるところがいっぱいあるかもしれません。同時多発テロですね」
「同時多発?」
「国家転覆とかを企むときは本当の目標以外も同時に攻撃するんです。手が回らないように。都市機能をマヒさせて。本当の狙いは別にあります」
「……お前妙なことに詳しいな」
9.11ですね。
アメリカ同時多発テロもそうでした。
今回はゾンビ化を狙ったバイオテロ。でもハトには人間への攻撃性がありません。
肉食ではありませんし。
……フン害を狙った拡散作戦なのかも。
フンからも感染するのかな? バイオのゲームだとネズミで感染が増えてましたよね。
ハトも別名を「空飛ぶネズミ」というほど伝染病関連では畜産農家さんたちに嫌われていますから。
「ハトはテスト。まだ準備段階だったのかもしれません」
「踏み込むか?」
バルさんが腰の剣を叩いて言います。
「仕方ないですね。応援呼ぶ時間がもったいないです」
マジックバッグを出してサランに聞きます。
「サランは何を使う?」
「私も剣。屋敷の中だと槍振れないから」
サランが背負ってた弓と矢筒を収納してから特製バールの剣を出して渡します。そういえば実戦投入はこれが初めてですか。
僕は使い慣れたレミントンM870にスムースボアスラッグ銃身、装弾は……。
やっぱりスラッグにしましょうか。
フォアエンドを引いて排莢口から薬室に一発入れてから元に戻し、シャカシャカと7発チューブ弾倉に装填します。
こういう場合、馬鹿正直に正面玄関ホールから踏み込むのはダメでしょう。
出入口から入ってくる敵を出入口で待ち構えるなんて誰でもやります。突入は相手が想定していないところから侵入すべきでしょう。そんなこと素人の僕にだってわかります。
ここで初めてゲームの経験が生きてきます。
ゾンビは囲まれたら負けです。距離を取って一方的に攻撃できるように迎撃すべきです。
バイオプレイしておいてよかったです!
「みんな後ろに。これ付けて」
「なんだこりゃ」
「耳栓です。大きな音しますから」
スポンジ状の耳栓ですね。低反発ウレタンなので耳にぴったりしますよ。
人の会話ぐらいならちょっと大きい声出せば聞き取れますが、銃声の爆音はちゃんと防いでくれます。
こういうのは射撃専用な必要は全然ありません。ホームセンターで売ってる普通の工事、工場現場用とかで十分です。イヤーマフとかアイプロテクターとかも全部ホームセンターで買うのがお勧めです。銃砲店で買うと五倍の値段がしますからね。
まだ土砂に埋まっていない観音開きの東側一階の窓の蝶番を二か所、ショットガンで吹き飛ばす!(※2)
ドウン!
ドウン!
「私から!」
窓を引きはがしてサランが飛び込みます。
続いて僕と、バルさん。
サランがマグライトで室内を照らします。
バルさんがカーテンを引きちぎって部屋を明るくします。
家具とか全部運び出された後でしょうね。生活感のないがらんとした埃だらけの広い部屋です。
扉を開けて廊下を見ます。
うぁう……。ぐぁうううん……。
何か近づいてきます。扉を開けっぱなしにしたまま部屋の奥に戻ります。
「ここで迎え撃ちましょう。この部屋に入ってきたらまず僕が撃ちます。近寄ってくるようなら二人で切り伏せてください」
「わかった」
「了解」
ずりっ。ずりっ。
引きずるような音がして部屋に入って来たのは……。
ゾンビだ――――――――!!
本物だ――――――――!
もうゲーマーだったら大歓喜なんでしょうがね。
僕にはただただ、気持ち悪いだけです!
腐りかけた匂い、ボロボロの衣服、めくれて崩れた皮膚、白い白濁した目。うつろに開いた口からヨダレではないなにかの肉汁!
ぎぎぎぎっと音がしそうなゆっくりさでこっちに顔を向けます。
動きはかなり鈍そうです。
ドウン! ジャキッ!
一発頭に撃ち込んでみます。
バタッ。
後ろに倒れました。
室内で銃を発砲すると、明らかに部屋の気圧が一瞬ぐんと上がるのが全身で感じることができますね。一瞬身が縮むような。不思議な感覚です。
耳栓がなかったら大変です。
もう一体!
続けて入ってきたゾンビの、これも頭を狙います。
近距離ですから、照星、照門合わせて撃てばはずしっこありません。
ドウン! ジャキッ!
うぎゃ――――頭飛ばしたのにフラフラこっちくるううううう――――!
ちょっとパニックになりかけたところでサランが剣を振り降ろしました!
さすが僕の嫁さん!
すげえパワー!
どさっと袈裟に斬り伏せる勢いで押し返し、これも後ろに倒れて動かなくなります。
接近してみてみると頭が右半分吹き飛んでる。
この程度じゃすぐには動きが止まりませんか……。
一人倒して調子乗っちゃったか。「はずしっこありません」とか言ってもちゃんと狙わないとダメなものはダメですね。
でもさすがスラッグ。接近戦でのパンチ力はライフルを上回るかもしれません。
サランの剣も、ちゃんとナノテスさんの祝福が効いてるようです。一撃でした。
「ありがとサラン」
「任せて」
「俺にも出番……」
いやそんなの無いほうがいいでしょバルさん。
「進もう。サラン、後ろからライトで照らして」
「これがゾンビ……。私も初めて見たよ。本当に腐った死体が動いてるんだね」
「こりゃあ葬式の時に着せる埋葬用のスーツだな。墓場から掘り起こした死体かもしれねえな」
「死体をゾンビにできるんだったらだいぶ数いるかもしれませんね。沢山作れますから」
「怖いこと言うなよシン」
一番東側の部屋から侵入しましたので、一つ一つの部屋のドアを開けっぱなしにして中をうかがっていきます。中央から踏み込んで前後で挟まれるなんてアホなことはしたくありませんからね。隅っこの部屋から一つ一つクリアしていくほうがいいんです。
なんか仕掛けがないのかな? カギのかかった部屋とか。
そーんな、ゲーム脳的なことを、ちょっと考えちゃったりします。
最初の二体だけであとは出てきません。
慎重に進みます。
大きな扉。
歩いた距離からして正面玄関ホールでしょう。
カギがかかっていないので、慎重に、ゆっくり開けます。
煤けて掃除もされていない窓とからまったツタのせいでホールも薄暗いです。
ゆらり……。
なにか立ち上がりました。剣を振りあげるシルエット!
すかさず!
ドウン! ジャキッ!
ドウン! ジャキッ!
ドウン! ジャキッ!
ドウン! ジャキッ!
四連射してやると転倒しました!
なんの遠慮がいるんですか!
先制攻撃一択です!
駆け寄って、倒れた頭に!
ドウン! ジャキッ!
……動かなくなりました。
「コイツ……勇者じゃね?」
バルさんがかすれた声で言います。
――――作者注釈――――
※1.ガンナッツ
ガンマニア、というか、日本流に言えば「銃オタク」だろうか。
ただし向こうのガンマニアは当然実銃。
アメリカ人という奴は「街がゾンビだらけになったらどうしよう」と本気で心配しているらしく、実際に「ゾンビ専用弾」までもが製品化されている。それもライトフィールドとかの一応名の通った一流の会社が大真面目に。消費者のニーズに応え過ぎである。
もちろん訴訟社会のアメリカらしく、パッケージには「ゾンビ以外には撃たないでください」と書いてある。
※2.蝶番
「特殊部隊では室内への突入の際ショットガンでドアを吹き飛ばす。そのため必ずショットガン携帯の隊員がいて、ドアの錠前を撃つ。どんなドアでも開けられるショットガンのことを『マスターキー』と呼ぶ」なんて知識を持っている方はご注意。
撃つのはカギのあるほうの反対側、蝶番である。ちょっと考えればわかる通りカギがかかってる状態でカギやドアノブを撃っても「壊れたカギがかかってるドア」に変化するだけで状況はまったく好転しない。
次回「やっぱりアンタか!」




