67.対ゾンビ戦用猟銃
小学生の時に友達の家でゲームやりました。
あの時はショットガンすげえ! とか思ってましたけど、実際自分で使ってみると弱いんですよねこれ……。
まず弾が散らない!
もうびっくりするぐらい散らない!
5mぐらいでバックショット撃つと的にデコボコの穴がまとまって一つです。
ゲームだと5mも離れたら並んで歩くゾンビさん二人同時に足止めできてたのにね。実際には二人の間をすり抜けちゃいます。同時攻撃とかあんなの無理無理。
散ってないというのはですね。飛んでるクレー撃ってみればわかります。
全く当たりませんから。ゲーム並みに弾、散ってれば撃ち落とせないクレーなんてありませんわ。クレー射撃なんて適当に狙えば当たるとか思ったら大間違いですし、もっと散らせばいいという話でもないです。散ったら散ったでこんどは弾幕をクレーがすり抜けちゃいますからね。
当たっても一粒か二粒。クレーが半割れになってそのまま飛んでいきます。
ぱっと粉々にならないんです。
オリンピック競技になるほど難しいんですクレー射撃は。散弾銃ならなんにでも簡単に当てられると思ったら大間違いです。
で、弱い!
7号ぐらいの弾で30m先の鳥が落ちる程度です。落としたあと食べられます。
ゲームみたいに威力あったら食べるとこありませんよね。当然です。
当たった鳥が吹き飛ぶなんてこともありません。
BBだとキツネは近距離で当たるとちょっと転がりますけど、バックショットでいくら近距離で撃っても、人間が吹き飛ぶなんてことは無くて、ずぶずぶ体に突き刺さる感じです。エルフの誘拐団をバックショットで撃ったことがありますが、即死したのは二人、他は動けなくなる、放っておけば死ぬケガはさせられましたが、ある程度距離をとって撃ったときの散弾銃の威力ってのはその程度です。
実際にショットガンで人間が撃たれたというとドルトン・ギャング団のビル・ドゥーリンがいますが、何メートルで撃たれたのかは知りませんけど、検視写真では胸いっぱいに弾が散らばってましたね。仲間と一緒に逃げたんですが、後で死んで死体が放置されていたそうです。即死はしなかったってことになりますか。
散弾銃のショットシェルってのは散弾の粒の大きさも重さも様々ですが、使ってる火薬量は似たようなものですから威力が倍も違うなんてことはありません。
これがあまりにも違うとオートの散弾銃はうまく動かないことがありますから。
バックショットの直径8.4mmの鉛弾一粒はたったの3.5g
これが3インチマグナムショットシェルで12粒。
40m離れるとシリンダー(チョーク無し)で30cmの円に2~3発しか入りません。
距離が離れるとあっという間に威力が無くなってしまうんです。
20m以内で勝負しないとダメですね。
ゾンビに20m以内に近寄られるって怖いですよね。
人間だったらショットガンで撃たれたら致命傷にならなくてもショックでぶっ倒れてくれますよ。生きてますから。アメリカの警察だって多勢に無勢の時のためにパトカーにショットガン積んでます。対人には最高の武器でしょう。
でも相手がゾンビだとねえ。痛みを感じてくれないからどんどん距離を詰められますよね。ストッピングパワーがいるんです。
そうなるとライフルかなあ……。
でもボルトアクションのライフルではそんなに早く撃てないし。
オートのライフルはそんなに強力な奴は無いし。
M870みたいなポンプアクションのライフルもありますけど(※1)、猟銃のライフルはどれも装弾数が多くても5連発ぐらいしかないし。
しかも長くて取り回しが悪く再装填も時間がかかります。
アメリカ人がみんな大好きM16系のオートライフルなんてどうかというと、論外ですね。
あれ威力が弱すぎます。22口径ですよ? 223レミントンって。
日本じゃ22口径なんてそんな殺傷能力の低い銃での狩猟は禁止です。獲物にケガだけさせて逃げられるか、ハンターが逆に獲物に襲われる危険性のほうが高いからです。
バーミントライフルで223レミントンを使うボルトアクションのレミントンM700を僕もアライグマやキツネに使ってますけど、エネルギーは308ウィンチェスターの半分、ショットガンの弱いやつと同じぐらいです(※2)。銃が重たいせいもありますが反動軽くてすごく撃ちやすいです。小学生でも撃てますね。あれはそういう威力です。
戦争で使う鉄砲って殺すことを目的としてないんですよ。
ケガさせればいいんです。戦闘不能にするための銃ですね。
一人死んだら置いていけますけど、一人ケガされたら置いていけませんよね。当然二人で運ばないといけなくなるでしょう?
つまり一人ケガさせるだけで三人、戦線から脱落させられるんです。戦争で考えた場合そちらのほうがお得ですよね。悪名高い対人地雷なども、片足吹き飛ばすぐらいの威力しかありません。わざとそういう威力にしてあるんです。
半分殺しても敵は降参してくれませんが、三分の一ケガさせれば敵は撤退してくれるわけです。
だから小口径で、弾がいっぱい持てて、沢山撃てるM16みたいな22口径のライフルがありがたがられるんです。フルオートで撃てるアサルトライフルが登場してそうなりました。
あれ狙撃銃代わりに使ってる殺し屋ってどうなんでしょうねえ。(※3)
どんなに理由付けても猟銃か普通にスナイパーライフル使ったほうがいいと思うんですけど。
とにかくあれゾンビに撃つぐらいだったらショットガンのスラッグのほうが威力もあるし口径がでかい分パンチがあります。
……。
そうか、スラッグがいいな。
うん、スラッグでいいんだ。
もし対ゾンビ戦なんてことになったら、いつも使ってた18インチスムースボアのスラッグ銃身に、鉛玉のスラッグで。
散弾銃の12ゲージは直径18.5mmもあります。
50口径(12.7mm)の対物ライフルよりデカいですよ。
近距離の打撃力ならどんな武器より強力なはずです。
うんそれでいこう。
僕がいた北海道では鉛弾禁止でしたからね。なんで実は僕スラッグって撃ったこと無いんですよ。
サボットスラグは銅弾があります。だからそっちばっかり使ってました。
最近は鉛でないスラッグもあるらしいですが。
なーんてことをですね、考えながら、
僕はずーっとエルフ村の郊外で、
崖相手に距離を変えたり弾を変えたりしながら、
朝からずーっとM870撃ってるわけで。
着弾を見るなら土がむき出しになってるガケ相手に撃ち込むのが一番わかりやすいわけで。
「シンー! お弁当!」
サランがやってきました。
「もうさっきからずっと呼んでるのに」
「ごめんごめん耳栓してた」
二人で並んで座って、お弁当にします。
小さい丸いピザを折りたたんで半円にしたようなエルフ料理です。
おいしいですよ。ポットで炒った小麦で麦茶も沸かしてくれます。
麦茶って暖かくしてもおいしいですね。
「サランはゾンビって知ってる?」
「うん」
うわあこの世界にもやっぱりいるんだゾンビ……。
「どんなやつ?」
「見たこと無い。勇者が倒した魔物のうちの一つ。人間とかの死体が埋葬されず放っておかれると悪魔がそれを手下にして死体のまま生き返らせて人間を襲わせる」
「悪魔がいるんだ!」
そっちのほうが大問題!
「悪魔とか魔女とかいろいろ言われてるけどそこはわかんない」
「おとぎ話か……」
「おとぎ話じゃないよ。エルフの昔話にも出てくるもん」
「どんな感じ?」
「えーとね、こうやって……」
サランが立ち上がって、前に手を伸ばして白目をむいて、ヨロヨロしながらあ~う~とか言いながら僕の周りをぐるりと一周します。
あははははははは!!
僕が大笑いするとサランも戻って笑います。
「これをねえ腐った死体がやるんだから気持ち悪いよね」
「そうかあその辺は僕の知ってるゾンビとおんなじだね。サランだったらどうやって倒す?」
「そりゃあ槍振り回して首をすぱんすぱんって刎ねるかな」
それで死ぬのか。
「普通に突き刺したり剣で切ったりするのは痛がらないから効き目ないんだって」
なるほど……。
「ゾンビって人間襲う?」
「うん、食べようとする。噛みつかれて死んだ人はゾンビになる」
「死ななかったら?」
「ならない。ゾンビになるのはゾンビに殺された人だけ」
そりゃよかった。ゾンビに噛まれただけでゾンビに変わるとかものすごい感染拡大になります。病気やウィルス感染じゃなくて、魔法が伝染するとしてもです。
逃げ切ることができれば感染は避けられるということですね。
「僕もゾンビにやられたらゾンビになるのか」
「そうなったら私もゾンビになるよ」
「いやそこは普通に殺して。そんなのちっとも嬉しくない」
「シンは私がゾンビになったら殺す?」
「うん、泣きながら殺す。再婚しないで死ぬまで独身でいるよ」
「そうかあ。だったらゾンビにならないように気を付けなくちゃね」
「ホントそうしてください」
……そうだよ。そうしてもらわないと困る。
「僕はサランのいない生活なんて死ぬほどつらい。でも、サランが僕を守って死んだんだったら、生きないとサランに怒られちゃうよね……」
「……うん」
「それと同じ。僕がゾンビになったら、一緒にゾンビになんかなってほしくない。頼むからね」
「はい」
サランがなんだか嬉しそうに、僕の後ろから抱きついてむにゅむにゅ左右に揺らします。なんだか子供をあやしてるみたいだなあ……。
「なんでゾンビの話になるの?」
「なんとなく、次に来るのはゾンビじゃないかって」
女神様がさあ不吉なこといってましたからねえ。
そんなフラグになりそうなことを話しながら僕らはもりもりと美味しいお弁当を平らげるのでありました。ゾンビの話ぐらいで僕もサランも食欲無くなったりはしませんねえ。あっはっは。
「今日からちょっと狩りのスタイルを変えてみようかと思います」
「はい」
おじいちゃんのレミントンM870に、7連発延長チューブマガジン。18インチスムースボアのスラッグ銃身。照星・照門のオープンサイト。スコープ無し。
もう銃身よりもチューブマガジンのほうが長いです。
装填してあるのは7発のレミントン純正、スラッガー12ゲージ3インチマグナム1オンス(※4)です。エネルギー3,005ft-lbsと僕のライフルの308ウィンチェスターより強力です。
きわめて実戦的です。
クレー用弱装弾からこういった強装弾までトラブルなく撃てるのが手動式M870のいいところ。
「今までライフルで楽をしすぎました。今日からこれを使います」
「さんだんじゅう?」
「うん。でも出てくるのは小さい弾でなくて、スラッグっていう大きな弾が一発だけ」
「強力そう」
「実はライフルより当たらないんだけど、近距離だったらライフルより威力が期待できます」
「私もシンが来るまで弓矢だけで狩りしてたしね。文句はないよ」
「ヘタなことをたくさんすると思います。許してね」
「ゾンビをそれで撃つんだ」
「はい。特訓を兼ねてます」
「うん、シンはね、やっぱりらいふるよりそっちのほうがカッコいいよ」
散弾銃のほうがライフルより銃身が太くて見た目がゴツいです。
それとも、初めて会った時に持ってたのがこっちだったからでしょうか。
なんでサボットスラグのハーフライフルを使わないのかと思いますよね。
あれ高いんですよ。一発3ドル。それに対して普通のスラッグは1ドルちょっとですから。
それにライフル銃身にバックショットを入れて撃つと回転させて撃ち出すもんですから遠心力ですごく散って当たらないんです。
よくライフル銃身で散弾撃つと真ん中がすっぽり抜けたドーナツ状になって飛んでいくと言う人がいますけどウソです。実際撃ってみればわかりますけど散らばる直径が倍ぐらいでかくなるだけでばらけ方は均一です(※5)。弾幕が異常に薄くなるってことで実戦向きではなくなるだけですね。
敵に対していちいち銃身を交換するわけにはいきませんので、これからはスラッグとバックショットをこの銃身一本で使い分けていくことになります。
と、いうわけで、午後からサランと二人でスラッグでシカを追ってみたわけで。
まったく当たらなかったわけで。
矢でシカを仕留めたサランに、ニヤニヤ笑いされてしまったわけで。
おじいちゃんも笑ってますきっと。
だっておじいちゃんが散弾銃で猟をしてた頃は、ハーフライフルのサボットスラグなんてありませんでしたから。普通にスラッグで猟をしてたに決まってますから。
まだまだです僕。
――――作者注釈――――
※1.ポンプアクションのライフル
ポンプアクションのライフルは、ポンプアクション散弾銃の発明者であるブローニングが22LRを使う射的用ライフルのブローニングM1890を設計しており当時のベストセラーとなった。
現在でも生産されているのはレミントンM7600で、最大口径は30-06スプリングフィールド。強力なマグナム弾などは使用できない。M870のような単純なロッキングラグ式ではもちろんなく、通常のライフル同様ロータリーロッキング式なので構造は大変複雑。構造上銃身とレシーバーを一体化すると銃身のお掃除ができないため銃身は分解式。そのせいで命中精度はどうしてもボルトアクションに劣るし、威力も半端だしライフルには散弾銃のような速射性能は最初から求められていないしで人気が無い。
現在この方式のライフルは別にはブローニングBPSがあるのみ。
※2.223レミントンの威力
シンは223レミントンと5.56mmNATOは互換性があり同じものと勘違いしているが、狩猟用スポーツシューティング用として売られている223レミントンと軍用弾である5.56mmNATOではM16A1からM16A2に改良されたときに20%ほど軍用弾のほうが強力になっており、本来混合して使うべきではない。ボルトアクション銃しか持っていないシンにはあまり関係ないが。
実際にはどちらかしか撃てない銃なんてどっちを使う客からも買ってもらえないに決まっているので、現在の米国内ではどちらも撃てる銃がほとんどであり気にしなくてもいいらしい。
なお市販されない正規の軍用銃は当然厳しくバラツキを抑えた軍用弾を使うことだけしか想定されていないのでこれで市販弾が撃てるかどうかは不明。
※3.コレ使ってる殺し屋
連載を始めるにあたって、当時最新だったM16を作画資料として紹介されたのでそれを愛銃としたが、それが狙撃銃ではないとは知らなかった、というエピソードがよく語られている。スナイパーである主人公に軍用アサルトライフルであるM16を使わせたことに対する違和感が連載当初より多く指摘されていたが、作者はそこで愛銃を変更するようなことはせず、後の多くのエピソードでM16を活躍させ、作品中で主人公がそれを選ぶ理由に説得力をもたせてしまったのである。結果的に連載五十年を超えた現在においてなお、M16は主人公の代名詞でありつづけ、引き続き米軍でも使用され続けている。
その先見性にも驚くが、「自分でいいと思った設定は変更しない」姿勢は作家として見習うべき点が多いであろう。
※4. 1オンス(1oz) 重さの単位。28.3グラム。
つまりこのスラッグ弾頭の重量は28.3グラムだということ。
ライフルの308ウィンチェスターで10~12グラムなので倍以上の重さであるが、弾速が毎秒562mとライフルの800mより遅い。
ちなみに16オンスで1ポンド、7000グレインで1ポンドである。
グレインは銃の火薬量や弾頭の重さの単位としてよく使用される。
銃や銃のパーツの重量としてはオンスが使われ、エネルギーではポンドが使われる。
オンスは液体の容量の単位にも使われ、水と薬品では量が異なる。
さらにアメリカと英国でも違う。
よくこれで発狂しないな欧米は。
※5.ドーナツ状
この誤解はなかなか無くならない。有名なサイトや知恵袋やプロの銃砲店店主でもハーフライフルで散弾を撃つとドーナツ状になって飛んでいくため狙ったところに当たらないと書いてしまう人は多い。物理の計算式を見ればわかる通り、遠心力は回転半径に比例する。回転中心にある弾には遠心力はかからないのである。ドーナツ状になるということは中央の弾に大きく遠心力がかかり、外周の弾には弱くかかるなんて物理法則を真っ向から否定するような謎の物理現象が起きていることになるがもちろんそんなオカルトな現象は銃器においても起こらない。
要するにハーフライフルで散弾を撃ったら散りすぎて獲物やクレーがすり抜けてしまい全く当たらなかったためこのような珍説を持ち出して言い訳した人が過去にいたということである。
次回「嫌な予感」




