63.オオカミ男とかどういうオカルトですか
「このサープラストと隣のトープルスの間の街道でな、オオカミ男が出るんだよ」
「……それ、オオカミの毛皮をかぶった盗賊じゃないんですかあ?」
「満月の夜にしか出ねえんだ」
「だったらその夜だけ通行止めにすればいいですよね」
「サープラストとトープルスの領兵合同で捜索したんだけどよ、一人やられちまっただけでもうビビっちまってそうしてるよ。もう三日も通行止めさ」
「一日中ですか」
「そう」
何たるヘタレ。満月以外は普通に通行できるんじゃないんですか?
「というわけで二都市の流通は大打撃だ。商人ギルドからもなんとかしろってせっつかれてる」
「次の満月の日までは安全なんじゃないんですか?」
「領兵がやられたのは満月の夜じゃなくてね」
「最初の満月にしか出ないって設定はどうなったんですか」
「細かいぞシン……」
そういうのが矛盾してると突っ込まれるに決まってるじゃないですか。
ちゃんとやってくださいよ……。
「とにかくそれが現れたのが満月の夜からだってことだ」
つまり満月は関係ないと。たまたまでしょうね。
「領兵で出動しても倒せなかったと」
「そうなんだよ。矢は弾くし斬りつけても刃が通らねえらしい」
「じゃあ僕の出番も無いですね」
「お前なあ!」
矢が通らないんじゃ弾丸だって通らないでしょ。
相手したくありませんよ。
「シンのてっぽうは私の矢より強力だけどね」
サラン、そこは黙っていたほうがいいと思うよ。
「……とにかく一度、領主様の話を聞いてくれよ! もしお前らが来たらすぐに屋敷に寄こせって頼まれてんだからよ!」
キリフさんですね。まだ十代。昨年先代当主様が暗殺者のスナイパーのせいでお亡くなりになったばかりです。現当主様です。
僕より若いのにもう領主様。役職で言えば市長ですよ。
エルフの村から一番近いサープラスト。王国でも外れの街です。隣領との流通がストップしたら経済に大打撃ですよね。
さっそく馬車に詰め込まれてですね、領主のお館に来ました。
「来てくれたか! よかった!」
もう大歓迎です。
キリフ様がすぐに来てくれて、サロンに通されます。
お茶だお菓子だやってくれと勧められますのでね、遠慮なくやらせてもらいますよ。サランニッコニコでポリポリやっております。
「去年の国王暗殺未遂の事件では世話になった。あれからすぐに王宮から使者が来てね、僕も、ファアルもすぐに爵位を賜ってね、今は正式なここの領主さ」
「おめでとうございますと言いたいところですが、当主様の御不幸があってのことですからそれを言うのは不謹慎かもしれませんね」
「いや、気を使う必要はないさ。君らのおかげだと思ってるよ」
そう言ってキリフさんがため息をつきます。
いろいろご苦労されていることと思います。
「狼男のことは聞いてるね?」
「はい。どんなやつでしたか」
「領兵の話では遠目には人間。二本足で歩いて毛むくじゃらで顔は狼、立って歩くオオカミだ。動きが速くて……。矢も剣も弾かれる」
「強そうですね」
「……一人やられた。逃げ帰って来たよ」
「トープルスとの合同討伐隊と聞きましたが?」
「まあうまく行ったとは言えないね。申し訳ない」
「で?」
「南門を通行止めにして警備してるよ」
「それだけですか」
「それだけしかやってくれない……」
苦労させられてますね。お若い領主様ですからね。部下にも舐められているわけですか。
「なによりトープルスと連絡が取れないのが痛い。ファアルと話ができればなにか対策も立てられるんだろうけど……」
トープルスの領主、ファアル様とは幼少のころからの幼なじみ。お互い若い領主様で苦労し合っているようですが、力を合わせて頑張っているということなんでしょうね。何とかしてあげたいところです。
「僕が直接トープルスに向かおうと思ってる」
「危ないんじゃないですか!?」
「事あらば領民のために戦う。貴族の義務だ」
ノブレス・オブリージュというやつですか。
「それでなんだが……」
「護衛ですね」
「そう。領兵はアテにならない」
「僕たちだけではさすがに……」
「バリステスの連中にも声をかけてみるか。あいつらならやりそうだ」
ギルドマスターのバルさんがそう言います。
「ぜひお願いします」
御領主様自ら干しレンガ街に出向きまして、みんなでバリステスのホームに行きました。もうびっくりしていましたね。若い領主様直々のご訪問ですからね。
「わざわざこのような所にまいられましてのごこうえいのきわみの……」
「挨拶はいい。かしこまるな」
話を聞いてバリステスメンバーも乗り気になりましてね。
リーダーのバーティールさんは、「シンもいるし大丈夫だろ」とか言います。
いや、僕をあてにするんですか……。
報酬は全員で金貨五十枚。護衛ですからね。
破格ではありますよ。普通護衛ってチームで金貨五~十枚ですから。バリステスが五名、僕らが二名ですから一人七枚ぐらいになりますか。
「では、明日出発」
僕らはそのままバリステスのホームに泊めていただいて、作戦会議と言う名の大飯ぐらいです。七人分の料理を作るサラン……。いろいろとごめんなさい。
翌朝。
四頭立て馬車二台の決死隊。
先頭、御者さん、サラン、僕、バーティールさん、キリフさん。
後続、御者の弓のラントさん、副リーダーミルドさん、回復ニートンさん、魔法使いおネエさん。
閉鎖されている南門を開けさせて隣領トープルス領主、ファウル・ラス・ハクスバル伯爵邸へ向かいます。
領主キリフさんも今日は甲冑を着て剣を下げてます。いざという時戦場に出る心構えのない貴族なんていないんですね。さすがです。
畑が続いて、郊外へ出て、いよいよです。
「報告だともうすぐだ……」
「よし、御者さん、俺と交代。サランは横に座って索敵。シンは後ろで待機」
バーティールさんが御者台に座って、横にサラン。
僕は18インチスラッグ銃身を取り付けたレミントンM870に7発のバックショットをフルチャージして待機。
緊張します。
「止まって」
サランが声をあげてストップ。
「あそこの林。なにか動いた」
びゅ!
黒い影が飛んで、いきなり馬になにか飛びかかりました!
ヒヒ――ン!!
首にしがみつかれ先頭の馬が暴れます!
なんだこれ!
顔がオオカミ、全身毛むくじゃらの灰色のゴリラッぽい!
サランが弓を構え引き絞り、
僕が二人の間に割り込んで銃身を突き出しフォアエンドをジャキンと前後させ!
同時に発射!
ドォン! ビシュッ!
当たった!
矢が弾かれる!
バックショットは狼男の横顔にまともに着弾!
狼男、首をぐんと持っていかれ、馬から落ちそうになります。そのはずみで前二頭の馬が横倒しに転倒!
ドォン!
もう一発! 狼男の胴体に!
狼男、こっちに向き直って口を開け、歯を剝きます!
その顔面にもう一発!
ドォン!!
狼男、顔を押さえて転がり、そのまま四つ足で走って逃げて行ってしまいました……。
……なんて奴。
バックショットを2~3mの距離でまともに三発食らって、まだ逃げられるとは。
信じられない。
「……なんとか追い払えたか」
バーティールさん、槍を持って御者台の上に立ち上がって周りを見回します。
「耳がキーンとするよ……」
ごめんサラン。至近距離で発砲しちゃった。
郊外と言うか、開けた外で散弾銃を発砲するぐらいだと耳栓はいりません。
けっこう平気なもんです。一発二発程度でしたらね。
でも、射手より前にいる人にはとんでもなく大きな音に聞こえます。
「この馬はもうダメだな。いい馬だったが。すまんキリフさん」
バーティールさんが先頭の飛び掛かられた馬の手綱をはずし、馬車から解放します。首から血が出ています。止まりません。
この時代、いや、僕のいた現代もそうですが馬は繊細な動物です。ケガをしたら治療することができません。多くの野生動物のようにケガをするイコール人生の終わりです。足を折った競走馬がその場で安楽死させられてしまうのは治療が不可能だからだと聞いてます。
「はいあ!」
バーティールさんが放した馬の尻を叩くとよろよろと歩いていきます。
「すぐこの場を離れるぞ! シン、後ろに回れ!」
残りの馬を操って二台の馬車を全力疾走。僕が後ろを眺めると、置き去りにされた馬がまた、オオカミ男に飛び掛かられていました。
非情な決断です。でも、バーティールさんの判断はさすがです。
僕はマジックバッグからレミントンM700を取り出して揺れる馬車から後ろに向け……。
馬を撃ちました。
次回「オオカミ男と銀の弾」




