58.ハクスバル家、再び ※
「こんにちはー。ハト駆除をやってますハンターのラクーンヘッドと申します。ハトの駆除にご用はありませんか?」
隣領、トープルスのハクスバル家にまでやってきました。
今日は迷彩服じゃなくてですね、いかにもハンターと言う感じのちょっと荒っぽい感じの服にですね、弓矢、パチンコを装備して、忘れちゃいけないアライグマの帽子で正門から衛兵の方に声をかけます。
「あー、聞いたことあるよ! たぬき頭だっけ? 以前お世話になったねえ!」
話が早いですね。
「執事さんを呼んでくる。ちょっと待ってな。うちもいろいろあってね」
……ドキドキです。
トープルスのハクスバル家。いろいろ因縁があります。
以前、テラスのドバト駆除をした、だけの関係ではありません。
エルフの誘拐事件で首領がここの次期当主のドラ息子、ファルース・ラ・ハクスバルだったことがあります。
大変に不幸な事故で、シャンデリアの下敷きになって死んだあの貴族です。
御当主はドラ息子のお父様、ファンデル・ラ・ハクスバル伯爵。
今回殺害されたのはこのファンデル伯爵ということです。
ということは、次男、ファアル様が現当主ということになりますか……。
まだ二十代と聞いてましたが。
執事さんがやってきました。
もちろん別の人です。
前に案内してくれた執事さんは、サランを誘拐しようとして僕がショットガンで撃ち、バルさんが止めを刺してしまいました。
どういう因縁ですか……。
今回の執事さんは、メガネをかけた中年で、切れ者風ですね。
優しい感じはいたしません。
「ふむ、たぬき頭のハンターの話は先代執事より聞いている。どういう話の訪問かね?」
「ハトというのはですね、帰巣本能が非常に強く、一度巣と決めたところは何度でも戻ってきます。根気よく駆除を続ける必要がありまして、執事さんから定期的に来るようにと依頼を受けておりまして、それで久々にこの街に来ましたので顔を出しました。あの、以前対応してくれた白髪の執事さんは?」
「彼は引退した。当主も代替わりしたので現筆頭執事は私だ。ファアル様付だったので諸君らとはこれが初めての顔合わせだな。テラスのハトは少々お痛が過ぎるようで、奥様が寝込んでおられる今がちょうどいいかもしれん……」
前の執事さんは引退ということですか。
まあそれならそれで。
奥様はお気の毒です。長男に御当主が亡くなられたのです。無理もありませんね。
「よし、お願いするよ。門を開けよ」
そうして中に案内されました。
「テラスでしたか、お花が見事でした」
「奥様が寝込まれてからは少々汚れておる。ちょうどよかった」
うーん、相変わらずの惨状ですね。
十羽ぐらいのハトでも、こうなりますわ……。
ハトを可愛がって、エサなど与えてはいけないんですよ、奥様……。
さっそく、始めます。
空気銃のダイアナ・M52を取り出して、ハトを撃ちます。
バサバサバサッ!
ハトが落ちてきました!
「お見事! すごいなその魔道具は!」
「魔道具ではありません。見ればわかると思いますが、ただの機械です」
「そうなのか……。変わった物を使う。それにしても凄い」
「お願いがあります」
「なにか?」
「これを御当主様に渡してほしいのです」
「……キリフ様の紹介状?」
「はい」
「承った」
サープラスト現領主代行、キリフ・ラ・アルタース様から預かった紹介状を渡します。
何が書いてあるんでしょうか。
そのままハト駆除を続けます。
四羽ほど獲れましたね。サランが次々に袋に入れていきます。
「ラクーンヘッドと言うのはお前たちか?」
ずかずかと背が高い金髪の美男子が入ってきましたよ。
現当主、ファアル様でしょうか。
「この手紙に書かれていることは本当か!?」
「いえ、僕らもなにが書かれているか知りませんが……」
当然です。貴族の手紙を勝手に見るわけがありません。
「む……。それもそうか。話がしたい」
「ここで。内密に、人払いをして、でお願いできますか」
「心得た。すぐに掃除をさせよう。サバス! そこのテーブルを」
「はい」
サバスチャンですかね? 執事さん。
使用人を呼びに行って、バケツに水を汲んだメイドさんたちが大勢来まして、泣きそうな顔しながらハトのフンを拭いて(申し訳ありません!)綺麗にしていきました。
その間も僕らはハトの駆除を続けます。
「……変わった道具を使う。魔道具か?」
「いえ、これはただの機械でしてね、よくできていますが」
「ふーむ……。素晴らしい。あれほどしつこかったハトがこうも簡単に……」
「奥様にはハトに餌をやるのを御自重なさるように申し上げていただけませんか。ハトを呼び寄せるとすぐにこのようになります」
「そうさせよう……。いや、母上はもうこのテラスには入らないだろう」
「もうハトに懲りられましたか」
「父上がここで殺された。母上とここで花を眺めながらお茶を楽しんでいる時に」
……うわあ。
……最悪ですね……。
ハト駆除がひと段落したところで、お茶と菓子が運ばれ、一休みです。
「サバス」
「はい」
「すまん、お前も退席してくれ」
「ファアル様!」
「重大事項なのだ。命令だ」
「……はい」
僕とサランと、ファアル様だけになりました。
「書簡を見せていただけますか?」
「読み書きができるのにハンターをやっているのか。珍しいな」
遠慮なく見せてくれます。
この者たちは貴族連続暗殺事件の捜査をしている。犯人逮捕のために協力してやってほしい。この者たちが申すことはすべて正しい。それは保証する。信用して疑うな。そんなことが簡潔に書いてあります。
「……ファアル様はキリフ様とご交流がおありで?」
「隣の領だからな。幼少のころからの付き合いだ。幼なじみと言っていい。俺お前の仲さ。身分関係なしの数少ない友人だな」
「そうでしたか」
「キリフの親父の当主キハル殿はがめつい方でな。好きになれなかったが、キリフはいいやつでね。今は二人とも当主を暗殺され、いきなり当主代行になってしまって、忙しすぎてロクに話もできん……。お互い苦労させられる。サバスが良く助けてくれている。実は我が家は不幸続きでね、半年前も兄上がいきなり事故で亡くなって、私が次代当主に決まったばかりなのにまたこの騒ぎだ。まあ兄上はあちこちに恨みを買うような嫌われ者だったしあれは歓迎する声は正直多かった。私もほっとしたぐらいさ。これで我が家は潰れずに済むってね。でもまさかこのタイミングで私が当主代行とは……。半年前までは、思っても見なかった」
……苦労がにじみ出ておりますな。当事者として申し訳なく思います。
あの事故起こしたの実は僕です。ごめんなさい。
でも、あのバカ息子が跡を継ぐより、何倍もこちらのほうがよかったでしょう。
「あ、今の話し無し。聞かなかったことに。兄上は病死」
「へ?」
「君らには理解が難しいかもしれないが、貴族たるものその死は名誉ある死でなければならない。戦の中で死ぬとか、野盗強盗から領民を守って死んだとか、決闘でもいい。事故なんて無為な死は最も恥すべき死に方なんだ。兄の死因は病死ということになっている。くれぐれも口外しないでくれ。」
僕のやったことはなかったことになってるんですね。
とりあえずその件は忘れましょう。
難しいような気がします。僕にとってそのことがいつまでもファアルさんへの負い目になるかもしれません。でも僕を殺そうとし、妻を辱めようとした男であり、生かしておくとこの後何度でもエルフ村に害をなすだろう人物でした。
墓にまで持っていく、僕とサランの秘密です。
「御当主は、教会に対して何を申し立てておりました?」
「やはりそこか。教会が領民に新たに課そうとしていた新税に強固に反対しておられた」
「なるほど……」
「邪魔なものは消す。残された者は脅す。『天罰ですぞ』と申してな」
「最悪ですね」
「まったくだ。父上が目の前で死んだ母上は寝込んでしまって、今は貴族にも教会の暴走を抑えるタガがはずれかかってる」
「父上が亡くなられたのはいつ?」
「ひと月前。一連の貴族暗殺事件の最初の被害者と言っていい」
「時間は?」
「午後三時のお茶の時間。母上とここでお茶を楽しもうとしていたころだ」
そんな場所で平然とお茶とお菓子を嗜んでいるファアル様、なかなかです。
「ちょうど、あの鐘が鳴っている時ではありませんでしたか?」
「……まさにその通り」
「ファンデル様はまるで体が弾けるように、魔法で中から爆発するように?」
「……凄惨だった。このテラスも母上も、みんな血まみれになるほど」
立ち上がって鐘を見上げる。
僕らもあそこからシャンデリアを撃ち落としました。距離150m。
考えることは一緒ですが、なにも対物ライフルを使う距離でもないでしょう……。
犯人の異常性がわかります。
いや、武器が対物ライフルしか持ってないのかもしれません。
「隣領のアルタース公が亡くなられたときも、同じような状況だったと?」
「はい。三時のお茶の時間に、書斎のデスクに座っているところを頭を撃ち抜かれました」
「撃ち抜かれた? 撃ち抜かれたと申したな」
「はい」
「犯人はこの屋敷に侵入した魔法使いと思っておったが?」
「違います。事件当時、ファンデル様はどこに座っておられました?」
「この場所」
ここでいう上座。つまりテラスの花が一面に見渡せる、今ファアル様が座っておられる席そのままというわけですか。
「失礼します」
僕は席を立ち、ファアル様と、150m先の鐘突き堂を重ね合わせてみます。
弾道がこの方向だとすると……。
「あった」
テラスの柵の板の角が半円状にえぐれています。
12.7mmの弾丸が当たった跡です。
「……なにか?」
「犯人は、あの鐘突き堂から魔法の弾を撃ち出して、ファンデル様を射抜き、ファンデル様の体を貫通した礫がここに当たりました」
12.7mmのフルメタルジャケット弾ですからね。
150mの近距離から撃てば簡単に貫通してしまいます。
ファアル様が歩み寄って、柵が弾けているところを確認します。
「……本当か? そんなことがあり得るのか?」
「僕が席に座ってみます。そこからあの鐘突き堂を眺めてみてください」
ファアル様が座っていた椅子に僕が腰かけます。
頭を下げて僕を見上げたファアル様が頷きます。
「確かに。一直線だ……。父上の体を通り抜けて」
「通り抜けた弾丸は庭のどこかに突き刺さったかと」
「あそこだ。芝生がめくれている。気が付かなかったな。モグラだと思っていた」
テラスから見下ろせる芝生の一か所に土がめくれあがっている所があります。
「掘り起こしてください。多分弾丸があります」
「わかった」
三人でテラスを出て、ファアルさんがサバスさんに指示します。
使用人が出てきてスコップで慎重に芝生の跡を掘り起こします。
「あった……」
50cm以上食い込んでいましたよ。
人間一人の体をまき散らしておいて、なんというパワーですか。
先が少し潰れライフルマークが刻まれた12.7mmのフルメタルジャケット弾。
もう間違いないです。
「……協力させてほしい。なんでも言ってくれ」
よかったです。ここでも信頼を得ることができました。
次回「決戦、王都ジュリアール」




