55.冬になる前に
秋の収穫が真っ盛り。
僕たちも大忙しです。
もちろん畑を守るため。畑のあちこちにわなを仕掛け、パトロールし、害獣を駆除し、侵入を見張ります。
あらゆる動物が夜間に来ます。どいつもこいつも夜行性です。
なので、もっぱら夜見回りをしています。
僕らもだいぶプロっぽくなってきました。
資金も潤沢になりましてね、最近はサーマルスコープも使います。
スコープとは言ってもこちらは望遠鏡。銃に取り付ける物じゃありません。
金貨二十枚もしました……。いや、二十万円で買えるようになったことが驚きですけどね。
温度を映像化しますのでね、真夜中、動物なら見逃しません。
暗視カメラよりこっちのほうが断然発見しやすいです。
もっぱらサランがこれを使って、動物を探してくれます。
ライフルも小動物用に用意しました。最近はレミントンM700バーミントを使っています。
ヘビーバレルで、口径は223レミントン。M16とかに使われてる例の22口径弾です。あいかわらずステンレス銃身ですね。金貨で十一枚もします。
命中精度が高いですよ。これは暗視スコープで真夜中でも200mまでのアライグマやシカの眉間を撃ち抜けます。暗視スコープは金貨六枚。
これもこんな値段で買えるようになったのは驚きです。
昼と夜でスコープを交換するわけにいきませんからね。
ライフルにスコープはつけっぱなしです。一度でも外してしまうとまた試射から調整やり直し。
映画とかでやる、分解したライフルを組み立ててスコープを付けるシーン、あれ全部ウソです。どんなに正確に取り付けても一度外したスコープは絶対に同じ場所に当たりません。
違うスコープが使いたかったら違う銃も買わないといけませんよ。
というわけでこちらは夜間専用ライフルです。
アメリカではもう夜間の害獣駆除は普通のハンターのお仕事になってます。
特別なことじゃありません。
日本では夜間の狩猟は違法なんですよね。絶対やったらいけません。
異世界万歳です。
これを始めた時は一晩でアライグマ三匹、キツネ一匹、イノシシ一頭を仕留めたりしてましたが、一か月も続けると最近はさすがに出なくなりました。
今日はキツネ一匹だけです。もう大丈夫ですね。
村では僕らが獲ったシカ肉やイノシシ肉を干し肉にしたり、ソーセージやハムにしたりと、冬の準備が進んでいます。毛皮は冬の間の寝具にもなります。いくらあっても多すぎることはありません。
この仕事はみんなで共同作業です。
僕らは毎晩徹夜してますのでね、昼間は寝てるんですけど、できたものをどんどん持ってきてくれますね。ありがたいです。
「あんまり獲ったら、来年獲れなくなっちゃうんじゃねえの?」なんて言って村人が笑います。
その辺の手加減は難しいですね。見たらすぐ撃ってますから。
ただ、エルフの村でもハンターはなり手が無くて減少傾向です。
そのため、昔より野生動物は増えているし、農業被害も多くなっていました。
「村は危ない。近寄らないほうがいい」動物にそう認識させるのも目的の一つです。
僕がこの村に来てから、五十年前ぐらいのレベルに戻りそうだ、と村長さんは言います。
僕が家に村のマップを作って、野生動物の出現場所にピンを差して記録してるのを見て驚いてましたね。そんなふうにちゃんと調べるやつ初めて見たと。
まあ、元役場の職員ですから。それぐらいはやりますよ。
レーザーレンジファインダーがありますから、測量が簡単です。
「そろそろかなあ」
「うん」
サランとそんな会話をします。
湖は冬でも凍りませんが、川があちこち凍るんだそうですよ。船が出せなくなります。
雪も積もったりすることがあるそうで、みんなで冬ごもりです。
その前に、一度街に行ったほうがいいですね。
「これ! これで羊毛買ってきてくれ!」
ムラクさんが子羊をつがいで持ってきてくれて、今はラノアさんのヤギ牧場で大きくなっていますけど、羊毛が取れるのは来年ということで、みんながっかりです。
待ちきれない人は毛皮とか農産物とか、売れそうなものを持ってきて僕らに頼みに来ます。羊毛は買ってくるとシングル金貨半枚、ダブルで一枚ぐらいでしょうか。
もうすぐ冬ですしね、温かい羊毛布団で寝たいですよね。
僕には、皆さんが使ってるあのわらの上に敷いた全部キツネの毛皮の敷毛皮のほうが贅沢に見えますが……。
「では頼んだぞ!」
村長さんまでもが羊毛布団のために久しぶりに狩りをしてオオカミの毛皮を集めていましたからね……。
一人でオオカミを捕えてくるって村長何者なんですか。
あいつらいつも群れでしょうが。どうやってんですかいったい。
「今回はなんか責任重大だね、シン」
うわあ……買えなかったらどうしよう。
サランと二人で苦笑いです。
そうして僕らはカヌーで湖に乗り出しました。
「おうっお前ら! 来るの遅すぎ!」
二か月ぶりですからね、サープラストのギルドマスター、バッファロー・バルさんが二階から降りてきて僕らに声をかけます。
「仕事が溜まりまくってるぜ。なにやってたんだよ!」
「……そっちが忙しいときは僕らの村も忙しいに決まってるじゃないですか。おんなじです」
「……そりゃそうか。でも、もうちっとこっちに来てほしいな」
「そっちのハンターを育成すべきでしょう」
「諫言耳が痛い。かといってお前らほど要領よくやれるやつらもいないからな」
この世界で鉄砲使ってるのって僕らだけですもんね。
「はい、全部で金貨二百二十四枚になります」
明細を見ます。
アライグマの毛皮、キツネの毛皮、ウサギの毛皮、シカの毛皮。オオカミの毛皮。
ドライフルーツ、ナッツ数種類、ハムにソーセージ。
あとで村で分けないといけませんからね、この辺の計算もちゃんとやっておかないと。買い取りの明細要求して「そんなの言うのあなたたちが初めてですね」なんてじいさんに驚かれましたね。
普通のハンターはそんなの気にしないってことですかね。
「エルフ産のハムとソーセージ、大人気だよ。もっと大量に仕入れたい」
買い取りじいさんが言いますけど、僕らにとっても冬の間の貴重な食糧です。そんなに数は売れませんよ。
「無理です。僕らが飢えちゃいます」
「残念だ。いい商売になると思うが」
売るほど作れないんですよね。エルフは自給自足ですから。
「まず最初にやってもらいたいのがハトなんだが……」
「もう自分で獲りませんか? てっぽう一丁売ってあげますから」
「え!!」
バルさんと買い取りじいさんが固まります。
前から考えていたんですけどね、空気銃ぐらいなら、譲ってもいいんじゃないかと最近は思います。あれは火薬を使わないし、スプリングで撃ち出すだけですからメンテナンスも年に一度の注油ぐらいでほとんどいりませんし、使い方も簡単です。
それに見ればただの機械だってことがわかります。この世界で空気銃がマネされてたくさん作られるようになったからってたかが知れてます。いくら頑張ってもスプリング式空気銃じゃハトしか獲れませんし、スプリングを作るバネ鋼材だってこの世界にはまだありません。火薬も無いですしね。
ニトロ系の無煙火薬どころか、黒色火薬も無いんです。
この世界魔法がありますから、必要なかったということでしょうかね。
「ほっ……本当か! 俺らでも使えるのか?」
「ええ。僕がいつもハト獲ってるのは、あれは魔道具じゃなくてただの機械ですから」
「じゃ、じゃあ、頼む……」
「いいですよ」
ちょっと表に出て、マジックバッグを出します。
えーと、なににしましょうかね。
「いいのシン?」
サランが大丈夫かという顔をします。
「いいさ。空気銃ってたいして威力無いから人が死んだりするわけないし、ハトを獲るのがせいぜいなのはサランもよく知ってるでしょ。この街からハトを獲る仕事がなくなるだけさ。あれって手間ばっかりかかって儲からないからもう現地の人にやってもらったほうがいいよ」
「だねー」
さて、あらためて何にするかですが、やっぱりプラスチックの材質とかはマズいですよね。まだこの世界にはありませんからね。
鉄と木でできた昔ながらのエアライフルと言うと……。
「RWS ダイアナ M34 4.5mm。ウッドストック」
どこっ。
はい、出てきましたよ。ダイアナ。
昔ながらの中折れ式です。簡単で使いやすいですよ。初めてのエアライフルはコレに限りますね。ブナ材の安っぽいストックがオールドファンを泣かせます。
金貨三枚です。安いですね!
弾はフツーによく当たるFXプレミアムにしましょうか。
弾がちょっと軽めの高速弾なので落下量が少なく初心者でも当てやすいです。
500発入り、四缶買います。銀貨六枚。日本の半値以下ですね。
「はいどうぞ」
「おおおおお――――!!」
バルさん、手に取って大感激です。
「これで俺もハトが獲れるのか!」
「自分でやる気ですかあ!?」
「あったりまえだ!!」
いやあなたギルドマスターですよね?
「……使い方を教えます。弓場に行きましょう」
まずやって見せます。
「これはですね、中にバネが入ってます。そのバネを縮めて、力を蓄えます。そのバネがこの引き金を引くと、びゅんって伸びて、その勢いでこの弾を飛ばします」
「ふむ。けっこう単純な仕掛けなんだな」
「そうです」
空気圧で飛ばしてるんですけど、説明が面倒なんでそこは抜かします。
「こうやって、まず銃身をですね、かっちんと折り曲げて……」
銃身を掴んでがちっと下に回すと、中折れ式なんで銃身が下に下がってチャンバーが見えます。回転角度は120度ぐらいです。テコで強力なスプリングを押し上げながらなので、ちょっと力が要りますよ。中折れ式スプリングエアライフルはこんなふうに銃身そのものがバネを縮めるテコの棒の役割をしています。パーツ数が少なくて実に単純。銃身が固定されてなくて回るわけですからガタがきて命中精度が悪そうですが、そこはドイツ製です。寸分の隙間もなくカッチリ作られている上にスプリングで押さえつけられていますから命中精度は抜群です。
中折れ式ならダイアナ。猟師の常識です。
「そうするとこの穴が見えます。覗いてみてください」
「……よく鉄にこんな長い穴が開けられるな。すげえよこれ」
「ここを弾が通過して飛び出すわけです。弾はコレ。鉛でできてます」
「ちっちゃいな」
「こんなんでもちゃんとハトが落ちますから大丈夫です。この弾をここの穴に詰めます。丸いほうが先なんで前後を間違えないように」
「ふむ」
「それから、この下に折った銃身を戻します。力がいるのは下に折り曲げるときだけで、そのときバネを縮めてますから戻すときはゆっくりと」
「おう」
かちっ。
銃身がぴったり精度よく戻ります。この辺の作りの良さもさすがはドイツ製と言う感じがします。
「この状態ではまだ引き金を引いても発射できません。安全装置がかかってるんです。構えて、撃つ前に、この飛び出してる金具を押し込んで、安全装置解除です。これで引き金を引けば弾が飛び出します」
「おう」
スプリングのエアライフルはこのようにバネを圧縮したときに自動的に安全装置がかかるようになってます。どのメーカーでも同じですね。銃身を折り曲げてる時に引き金を引いちゃうとバネに押されてびゅんって銃身が戻っちゃって壊れることになります。それを防ぐためですね。
安全装置は銃によって違いますが、ダイアナの場合はレシーバーの最後端にあります。
構えてから親指で押し込むと発射準備完了です。
「あとはこう構えてですね、ここの、照星と、照門が凹凸になってますから、重ねるようにして見ます。この二か所が重なったまま、標的に合わせて、安全装置を押し込んでからこの引き金を人差し指で引くと弾が発射です」
バシュッ!
弾が標的から少し下にずれて当たります。ま、新品で未調整ですから。
「うん、その辺はバリスタと同じだな。って今弾が飛んだのか?!」
「はい」
「全然見えなかったぞ!」
「弾のスピードが速いですから」
「……すげえ」
空気銃だと弾速が遅いのでスコープ越しに弾が飛んでいくところが見えたりします。
逆光の時などね。
「はい、じゃ、やってみてください」
バルさん大喜びですね。
弓も相当使えるそうでしてね、すぐに要領がわかりましたね。
「撃つときに人によってクセ(※1)がありますのでね、照準は調整できるようになっています。バルさんだとちょっと右下に当たりますので、ここで調整します。手で回すとカチカチと動きますので、右にずれているときは左に、下にずれているときは上に照門を移動させます。これを少しずつ調整して合わせます」
「わかった!」
さすがですね。すぐ理解してくれました。
「構えるときは力を入れずにゆるく持ってください。あ、左手は握らず、開いたまま乗せるだけ、乗せるだけです。左手は片手で載せて釣り合うところ。重心の場所に当てるといいですよ」
10発も撃たないうちに、もう10mでド真ん中ですよ。たいしたもんです。
「引き金はそっと引いて。がくんと引くと当たりません」
「おう」
「撃つ直前まで引き金に指はかけないで」
「おう」
「取り扱いの時は銃口は絶対に人に向けない。いつも上に向けておくようにして下さい。弾が入っていても、入って無くてもです。間違って人を撃っちゃうってのは弾が入ってないと勘違いしているときが一番多いです」
「これ人に当たるとどうなる?」
さすがにバルさん、コレが危険なものだと思いなおしたようです。
「そりゃあ血が出て大変ですよ。僕はこれで人を撃ったことは無いですけど、ハトが落ちるんですから矢が刺さったぐらいのケガにはなるでしょう」
「死ぬようなことは無いんだな?」
「多分……ハトを落とすのがせいぜいですから」
「お前ゴブリン殺してたよな」
「アレはぜんぜん別物です。売りませんよ」
「……わかってるよ」
「とにかくこれで人を傷つけるような事故が起きないように細心の注意を払ってください。なにかあって禁止されたり取り締まりがされるようになると僕らも仕事ができなくなります」
「確かに」
20mが当てられるようになりました。
「さあ、ハト獲りにいきますか」
「おう!!」
倉庫でハト狙って、当たったり、外れたり、大騒ぎです。
当たってハトがバサバサ落ちて来た時は大喜びでしたね。
こういうのはどこの世界に行っても同じです。
「物を投げるのと同じでしてね、遠くになるほど下に当たるようになります。だから距離がある時はちょっと上を狙います。まあその辺は数撃って、コツを掴んでください」
「いやー! これはいいわ! 最高だよ!」
「バルさんだったらすぐに上手になりますよ」
「俺も最近さっぱり狩りなんて行ってねえ。暇があったら倉庫のハトこれで狩れるなんて最高だぜ!」
大喜びで金貨五枚も出してくれましたよ。
あっはっは。
「弾は二千発ありますのでね、この缶に五百発ずつ入ってます。無くなったら来た時に言ってください。一缶銀貨三枚で譲りますから。僕から買ったことは絶対ないしょですよ」
「いやーありがたい。感謝するぜ」
スコープ無しのオープンサイトであれだけ当てられるバルさんに驚きですよ。
「あと、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「農家さんの?」
「いや……。全く別の話」
……。
嫌な予感しかしませんです。
――――作者注釈――――
※1.クセ
自分の銃は自分で撃って自分で合わせないと照準が合わない。射撃のうまいベテランさんに撃ってもらってスコープをセットしても持ち主に撃ってもらうとなぜか着弾がずれる。
反動がほとんどないはずのポンプやプリチャージのような空気銃でも同様の現象が起きる。もうこれは撃つときのクセか体格のようなものが影響するんだとしか説明のつけようがない。もちろん銃の貸し借りは銃刀法で禁止されているのでスコープの使い方がわからなくても照準のセッティングは人にやってもらおうとは絶対に考えないこと。サポートする人は射撃場の着弾を見て、「上に12クリック、左に4クリックです」とか教えてあげる程度にしよう。
つまり「誰でも当たる銃」は作れない。マンガや映画やドラマみたいに、どんなに腕のいいガンスミスに銃を渡されてもそれで撃っていきなり命中することは絶対にないので、自分で試射は必須である。
次回「異世界のスナイパー」




