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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-02
66/228

Section4-4 覚悟の力

 宝剣強盗――日下部朝彦は祭壇の最上に屹立していた。

 眼前には山嶺のごとく聳える見事な氷の塊。祭壇に立つと、氷中に眠る美しく神秘的な女性と視点の高さが同じになる。

 彼女は五代目『生贄の姫巫女』。朝彦と夕亜の曾祖母にあたる人だ。

「曾お婆様、あなたは何十年とこの位置から変わらぬ景色を見下ろしていたのだろう」

 曾祖母のことに詳しいわけでもないが、朝彦は御先祖にはこれでも最大限の敬意を払っている。けれど朝彦は各地から宝剣を奪取し日下部家に泥を塗ってしまった。大切な家族を救うためとはいえ、罪を犯した。

「俺はもはや日下部を名乗るつもりはない。だから俺の罪は俺だけのものだ」

 夕亜や日下部家の者たちには計画を伝えていたが、皆が自分と同じ罪を背負う必要はないし、背負わせない。悪役は一人で充分だ。そして――

「ここまでやったからには、退くわけにはいかない」

 朝彦は天才だった。術者としての能力は歴代日下部家宗主すら遥かに凌駕している。といってもそれは封術以外の話で、封術の才能は全て夕亜に受け継がれたのではと思えるほどからっきしだった。日下部家は封術師の一族。封術ができなければ宗家の長男だろうが他がどれほど優れていようが周りから疎まれる。

 妹に嫉妬したこともあった。だが、そんな環境を引っ繰り返したのも妹だった。夕亜は皆に朝彦を理解してもらうため、時には説得し時には行動で示した。その結果時間はかかったが日下部家に朝彦の居場所が作られたのだ。

 その時に悟った。朝彦が封術以外の才能に恵まれたのは、夕亜を忌まわしき呪縛から解き放つためだと。

「俺は、なにがなんでも成功させなければならない」

 しかし邪魔がいる。その邪魔者どもは封印を解くことには賛成したが、たかが二人の一般人のためだけにタイミングをずらせと訴えてきた。今この瞬間のために練ってきた計画を、そんな主張のせいで崩されるわけにはいかない。

 背後では日下部家の皆が邪魔者を食い止めてくれている。だが朝彦はそんな彼らの戦闘については気にかけない。防衛に関して封術師と比肩する者はそうはいないからだ。無視することは彼らを信頼している証拠でもある。

 静かに、御先祖に語りかけるように朝彦は言葉を紡ぐ。

「曾お婆様、日下部家に伝わる封印の儀はあなたの代で終わりだ」 

 朝彦はゆっくりとした動作で腕を薙ぐ。すると円運動する四本の宝剣が空中で静止し、四本全てがその切っ先を氷中の女性へと向ける。

「俺は必ず彼の妖魔を滅ぼす。そしてあなたも永久の呪縛から解放しよう。――行け!」

 その言葉を合図に、四本の宝剣が一斉に氷へと突貫した。


        ∞


 ウェルシュはヤタガラスと対峙していた。

 黒い鳥翼と赤い竜翼。二つの羽ばたきの音が空洞内に木霊している。真紅の瞳に三本足の怪鳥を捉え、ウェルシュは宣告する。

「ウェルシュには時間がありません。早々に決着をつけます」

 六つの炎が、ウェルシュを取り囲むように六つの魔法陣を描いた。それぞれの魔法陣の照準をヤタガラスに合わせ、〈拒絶の炎〉を一斉放射する。

「むっ!」

 素早く反応したヤタガラスは急旋回で火炎流をかわそうとする。だが飛び回るには空洞内は狭い。全てをかわし切れずに両翼を掠めた。じゅわっと熱したフライパンに水滴を振ったような音を立て、ヤタガラスの翼の一部が焼失する。

「――」

 声にならない悲鳴を上げるヤタガラスだが、飛行能力はまだ失われていないようだ。ウェルシュは追撃を仕掛けるために同じ魔法陣を同じ数だけ展開する。というより炎熱光線の魔法陣は六つまでしか同時展開できない。そこはウェルシュの今後の課題だった。理想は数も陣の大きさも倍である。

「同じ技を何度も食らう我ではない!」

 ヤタガラスの全身が白光に包まれる。また目眩ましかと思ったが違う。リング状に収斂していく光は、〝陽〟の特性が付加した個種結界を発動させたわけではない。

 あれがなにかはわからないけれど、ウェルシュは魔法陣の発動を急くことにした。しかしそれよりも早く――

「――!?」

 白光が衝撃波と化してウェルシュに押し寄せ、その華奢な体を跳ね飛ばした。

 壁に叩きつけられる寸前にウェルシュは翼の羽ばたきでブレーキをかける。即座に〈守護の炎〉を纏ったことが幸いし衝撃波によるダメージは皆無だった。〝拒絶〟と〝守護〟の切り替えの速さには自信があるウェルシュである。

「ふむ、お主にはどうやら二種類の性質の炎があるようだな。そして魔法陣が消えたところを見るに、それらは同時には使用できない」

 もう敵に悟られてしまった。でもそこだけわかっても対処はできまい。ウェルシュは沈黙を守り、肯定も否定もせずに〈拒絶の炎〉を掌に生成する。

「我の目的は時間稼ぎだ。お主の炎が攻撃と防御に分かれているのならば、防御の方だけ使わせればよい」

 ヤタガラスの両翼から夥しい数の〈太陽の羽根〉が発射される。ウェルシュは掌の炎を一旦消してもう一度〈守護の炎〉を身に纏う。ヤタガラスがいくら〈太陽の羽根〉を連弾しようとも、ウェルシュの〝守護〟は破られない。それは幾度と攻撃を受けた経験から判断している。

 が、敵の狙いはウェルシュに傷をつけることではない。あくまで時間稼ぎ。〈守護の炎〉で攻撃を防いでいる間は、ウェルシュは反撃に転じられない。

「……止まない」

 その証拠に〈太陽の羽根〉は一呼吸の間も与えることなく射出され続けている。ウェルシュを空中に磔にし、戦闘を膠着させている。〈守護の炎〉を纏ったまま移動できないわけではないけれど、無数の輝く羽根による圧力は凄まじく、ウェルシュの膂力を持ってしても徐々にしか前に進めない。

「……本気のようです」

 ヤタガラスは全力、いや限界を超えてまでウェルシュを足止めしようとしている。そうでなければこのような攻撃などウェルシュは一瞬で跳ね返していた。

「無論」

 ウェルシュの呟きが聞こえたのか、ヤタガラスが嘴を開いた。しかしその声に余裕はなく、喋るだけで命を削っているような労苦があった。

「我の心は、我が主と同一。夕亜殿を確実に救うために、この命を賭している」

「ウェルシュも、マスターも夕亜様を見殺しにするつもりはありません。孝一様と愛沙様を巻き込みたくないだけです。退いてください」

「それはできん。我らにとっては時間との勝負なのだ」

 契約幻獣とはいえどうしてそこまでするのか、という愚問をウェルシュは排除した。ヤタガラスもウェルシュと同じ、マスターのことが大好きなのだ。そこにどんな経緯があるかは知らないが、ヤタガラスは絶対に自分の意思を曲げることはないだろう。

「たとえ我が魔力が尽きようともお主はここに留めておく。恨みたければ恨むといい」

 ヤタガラスは文字通り命懸けだ。このまま〈太陽の羽根〉を射出し続けていれば、やがて魔力が枯渇しマナの乖離が始まってしまう。その覚悟が伝わってくる。

 ならば、ウェルシュも勝負に出るしかない。

「攻撃は最大の防御と言います。ウェルシュはそれを実行しようと思います」

 言うや否や、ウェルシュは身を包んでいた〈守護の炎〉を解除した。瞬間、無数の輝く羽根がウェルシュの体に突き刺さる。焼けるような痛みに堪えながら、ウェルシュは魔力を練り特大の魔法陣を中空に描画する。

「な、なにをする気だ?」

「ウェルシュの炎はヤタガラスの全てを〝拒絶〟します」

 ヤタガラスを〝拒絶〟の対象に、

〈太陽の羽根〉を〝拒絶〟の対象に、

 過去に見た〝陽〟の白光を〝拒絶〟の対象に、

 灰燼すら残さない〈拒絶の炎〉を、ウェルシュは真紅の魔法陣から撃ち放つ。

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