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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-06
227/228

Section2-3 予定外の面会

 病室に近づくにつれ、なにやら楽しげに弾んだ声が廊下にまで漏れ聞こえてきた。

 また母親がアイグレーたちを着せ替え人形にして遊んでいるのだろうか? 病院内なのだからいい大人があまり大声ではしゃがないでもらいたい紘也である。

 息子として恥ずかしいから少しきつめに注意しようと思いつつ、病室の扉をノックする。

「は~い、どうぞ~」

 返事はすぐにあった。

 中に入ると案の定、ふりっふりの可愛い衣装に身を包んだ少女が二人並んでいた。

 ――二人?

「紘也くん紘也くん見てください! お義母様に素敵な服を作っていただいたんですよ!」

「……ウェルシュは白が嫌いです」

 ベッドの前にいたのはヘスペリデス三姉妹ではなく、なぜかウロとウェルシュだった。ウロは青を基調としたどこかミステリアスさを感じさせるゴシックロリータ、ウェルシュはウェディングドレスかと思うくらい真っ白なドレスに身を包んでいる。

 どちらも数時間で作れる代物ではない。恐らく既製品を彼女たちに合うよう手直ししたのだろうが、そんなことより――

「お前ら、柚音と一緒にロンドン観光に行ったんじゃなかったのか?」

 紘也が診察している間、待たせるのも悪いから先に出発してもらっていたはずだ。ロンドン市内で合流するはずだった彼女たちがどうして母親の病室にいるのか、状況がわからない。

「ヘスペリデスから懇願されました。今日の鈴理様の護衛を代わってほしいと」

 ウェルシュが白ドレスのスカートを鬱陶しそうに摘まみながら説明してくれた。紘也は腕を組んで内容を咀嚼してから、平たくした目を母親に向ける。

「……母さん、やっぱりやりすぎてるんじゃないのか?」

「そんなことないわよ。人間も幻獣も変わらない。可愛いお洋服を着て嬉しくない女の子なんていないんだから!」

「世界は母さんの価値観だけで回ってるわけじゃないからね!?」

 自らを着せ替え人形と名乗った時の三姉妹の目が虚ろだったことを、紘也は忘れてはいない。

「はぁ……で、実際のところどうなんだ?」

 溜息をつき、次に紘也はウロに視線をやった。第三者のウロの方が正確に状況を理解しているかもしれないからだ。

「あー、なんか『護衛任務が嫌になったわけじゃない』ってめっちゃ言い訳してましたね。昔はそこの腐れ火竜と交代でやってたらしいんですよ。それがヘスペリデスだけになったからここ数ヶ月碌に休暇を取れてないそうで、思いっ切り羽を伸ばしてショッピングしたいとかなんとか」

「なるほど、つまり親父がブラックだったわけだな」

 三姉妹だからその中で交代勤務すればいいようにも思えるが、ヘスペリデスは三人揃って初めて本領を発揮できるタイプの幻獣だ。

「代わりに柚音様の護衛を引き受けてくれるそうです。あとウェルシュは腐ってません」

「そうか……うちの母が迷惑かけた分、楽しんでほしいな」

「迷惑なんてかけてないわよー」

 病人が元気そうにプンスカ怒っているが、紘也はスルーする。元々柚音にはケツァルコアトルとついでにケットシーもついているし、仮になにかあっても心配いらないだろう。トゥアハ・デ・ダナンみたいなことは早々起こらないはずだ。

「ところで紘也、こーんな可愛い子と契約してたなんてどうしてお母さんに言ってくれなかったの?」

「折を見て紹介するつもりだったんだよ……」

 やかましいウロを引き合わせると容体に響くかもしれないと思っていた紘也だが、どうやら別の病気を活性化させてしまったようで溜息しか出ない。

「まあいいわ。ウロちゃんたちから会いに来てくれたのだから。それはそうと、なにか彼女たちに言うことがあるんじゃない?」

 ニッコニコ、もといニッヤニヤしている母親に促されるまま紘也は改めてウロとウェルシュを見た。どうやら『感想を言え』と訴えているらしい。


挿絵(By みてみん)


「似合っているな。お前ら見てくれだけはいいから」

「まあ、どうしてこんな素直じゃない子に育ってしまったの? 辰久さんならべた褒めなのに。親の顔が見てみたい」

「鏡ならそこにあるぞ」

 病室備え付けの鏡を指差す紘也。確かにこういう部分はどちらにも似ていないと自分でも思う。思春期だからか、それとも一人暮らしが長いからか。

「お義母様お義母様! これでも普段の五百倍は素直ですよ! やっぱりお義母様の前だからですかね? えへへ、それでも紘也くんに褒められたらほっぺが緩みますねぇ♪」

「……マスターが似合っていると言うのでしたら、ウェルシュは白も好きになるように頑張ります」

 お世辞四割、皮肉六割の誉め言葉で嬉しそうにしている幻獣たちがチョロすぎる。

「あ、待ってウロちゃんちょっと後ろ向いて」

「はいお義母様!」

「やっぱりここをもうちょっと手直しした方がよさそうね。うふふ、もっともっと可愛くなるわよ」

「それは紘也くんが襲いたくなるくらいですかね?」

「なるなる」

「なるか!?」

 裁縫道具を取り出して物凄い勢いでウロの衣装を直していく母親。手の動きが早すぎて残像すら見える。一応余命が通告されている人間とは思えない元気さだ。

 と、ウェルシュが紘也の服の裾を引っ張った。

「……マスター、診察結果はどうだったのですか?」

「あっ、それあたしも気になってました!」

「どうっていうか……まあ、健康には異常なかったよ」

「そりゃあ、あたしの血を飲んで半不老不死になってるでしょうし当然ですね」

「知ってたのかよ!?」

 スルーできず思わずツッコンだが、そもそもウロボロスの特性なのだから知らない方がおかしい。それを黙っていたことについては後でじっくり尋問するべきだろう。

 母親が裁縫の手を止めて紘也を向いた。

「え? 紘也、そんなことになってるの?」

「いや、母さん、これはそのえーと……」

「すごいわね、半不老不死! ほぼ永久的に可愛い物を追い求められるなんて羨ましいわ!」

 暢気にも屈託なく微笑む母親に紘也は思わずずっこけそうになった。

「いや、息子がおかしな体になってるんだぞ? もっとなんかこう、あるだろ? 不安とか恐怖とか、そういうマイナス面のなんかが」

「え? だって半不老不死くらいなら魔術師にも割といるでしょう? 母さんはそこまで特別だとは思わないけど」

「えぇ……」

 あの父あればこの母ありということか。人間辞めた連中に混じっているとわけのわからない価値観になってしまうのかもしれない。紘也も気をつけよう。

 そうこうしている間にウロの衣装の修正が終わった。紘也には正直なにが変わったのかさっぱりわからないが、母親が満足そうにしているからスルーする。

「あ、みんなはお昼どうするつもり? 味はともかく見た目がすごいスターゲイジーパイのお店知ってるんだけど、みんなで行かない?」

 裁縫道具を片づけた母親が両手を合わせて提案してきた。昼食にはまだ少し早い時間だが、柚音と合流してロンドン観光する予定はもうキャンセルになったと思っていい。だったら母親と共に食事をするのも悪くない選択だろう。

「その店は院内にあるのか?」

「ロンドン市内よ」

「……親父に連れて行ってもらったのか?」

「ちょっと前にこっそり抜け出した時に見つけたのよ」

「この病人アクティブすぎる!?」

 紘也は理解した。なぜ母親に護衛が四六時中張りついているのかを。大魔術師の妻だからということで深く考えていなかったが、なるほどこれでは確かに護衛と称した監視役が必要不可欠である。

「スターゲイジーパイ……ウェルシュはあまり好きではありません」

「アレですよね。魚が畑の野菜みたいにニョキキデデーン! って生えてるイギリス料理。あたしは食べたことないので興味あります」

「そうよ。味はともかく見た目はインパクトすごいの。味はともかく」

 そんなところにはあまり連れて行ってほしくない紘也だったが、せっかくイギリスに来ているのだから経験しておくのも悪くない気がしてきた。とはいえ、母親を外に連れ出していいのか病院に許可を取らねばならない。


 だが、そんな余裕などないことを紘也は数秒後に思い知ることとなる。


「あん? なんですかこの魔力?」

「ウロ、どうしたんだ?」

「……マスター、幻獣の臭いがします」

 ウロとウェルシュが急に警戒態勢を取った。ここは魔術師が管理している病院だからそういうこともある……というわけではないことは彼女たちの表情を見れば察せられた。


 そして、次の瞬間――

 病院のどこかから、耳を劈く爆発音が轟いた。


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