Section2-1 夜の都を闊歩する邪悪
ドレッドヘアーの男――コンラッド・アスクウィスは、夜のロンドンを彷徨うように練り歩いていた。
彼が率いる新生『G∴R団』は、かつて世界魔術師連盟が築いた秩序を破壊し、真の意味で魔術の自由化を目標に活動していたテロリスト集団――の名前と理念を継承した全く新しい別組織である。
G∴Rとは〈偉大なる反逆〉の頭文字から取られている。が、コンラッドは別にこのテロ活動が『偉大』だとは微塵も考えていなかった。
「なぁ、ドレイク。仮に連盟が瓦解してよぉ、無秩序な魔術の時代が来たらどうなると思う?」
コンラッドは愉快そうに嗤いながら、後ろを歩く赤毛の男に訊ねた。
「この世の終わりだな。連盟という抑止力がなくなれば、魔術に耐性のない先進国から荒野と化していくだろう」
「そーそー、その通り! 今見えているロンドンの美しい夜景も炎と煙に包まれた廃墟に変わる。最ッ高だろ? まあ、連盟に加入してない『正義感ある組織』もあっから、そう単純にはいかねぇだろうがな」
自分たちだけで成し遂げられるとはコンラッドも思っていない。だが、ここで連盟に噛みついて浅くない傷を与えることができれば、世界中に存在する同じ思想を持つ組織が決起して暴れ回るだろう。全面戦争の果ては、どちらが勝とうと悲惨な世界になる。
「俺ちゃんたちはそんな世紀末みてぇな世界を目指してんのに、組織の名前に『偉大』ってつけてんだ。先代はそーとーにイカれた奴だったんだろうぜ」
「お前とは気が合いそうだな」
「あ、わっかるー? 俺ちゃんもそういう皮肉大好き♪ 将来の夢は『G∴R団』に入ることだったってえのに、俺ちゃんが田舎の小学校で鼻垂れてた頃にぶっ潰されちまってよぉ。いやぁもう悲しくて悲しくて」
ヨヨヨと泣き真似をしてわざとらしく鼻を啜るコンラッド。
「悲しすぎて、うっかり自分で立ち上げちまったぜ!」
元々は辺境で小規模な魔術師の不良集団を率いていたコンラッドだったが、さらなる無秩序を求めて各地の犯罪結社に喧嘩を売っては吸収していった。やがてただの『集団』だったものが『組織』に進化した頃、かつて憧れていたテロ組織の名前を頂戴したのだ。
「強ぇ魔術師だけが生き残れる弱肉強食の世界、か。ククク、そそるじゃねえか。賛同者も集まって連盟の組織を一つ潰せるまでに成長した。これからもっともっとド派手になっていく。ドレイク、てめぇもせいぜい役に立ってもらうぜ?」
「オレの契約者はお前だ。指示には従おう」
ドレイクは人間ではない。ファイヤードレイクという種の幻獣だ。不良集団を纏めるよりも前、田舎の山奥で偶然出会って喧嘩し、契約するに至った右腕的な存在だ。コンラッドは基本的に誰も信用していないが、このドレイクだけは違った。
「お? 俺ちゃん好みのいい女はっけーん♪」
「おい、どこへいく? 次に潰す場所を選定するんじゃなかったのか?」
「んなもんテキトーでいいんだよ! せっかくの夜の街だ。楽しまなきゃ損ってもんだろ?」
コンラッドはそう言って嗤うと、呼子をしていたキャバ嬢に近づき、少し話をしてから路地裏へと連れ込んでいった。
そして十分ほどして出てきたコンラッドの手には、二つの目玉が握られていた。
「ククク、思った通りのいい眼をしてやがる」
「その趣味だけは理解できんな」
「幻獣が人間様の趣味に口出しすんじゃねえよ!」
目玉はいい。生体が持つ最も美しい宝石だ。確かに自分でもイカレ狂った趣味だとは思うが、だからと言って収集をやめるつもりはない。目玉は、コンラッドの扱う魔術にも重要な役割を持つのだから。
と――
「君たち、ちょっといいだろうか?」
「あぁ?」
急に呼び止められて振り返ると、そこには赤い軍服を纏った数人の男が立っていた。王室騎兵隊の軍服だ。赤ということは、イギリス陸軍における序列第一位のライフガーズ連隊になる。
そんな軍人がなぜ夜の街を警邏しているのか?
「なんだぁ? 兄ちゃんたち、ナンパか? 悪ぃが、俺ちゃんにそっちのケはねえぞ?」
おどけて見せるコンラッド。彼らは軍人であり、魔術師だ。
「君は魔術師で、そちらの彼は幻獣だな? 我々は『黄座の近衛団』の者だ。現在、このロンドンは魔術的に厳戒態勢を敷いている。すまないが、名前と所属を確認させてもらおう」
「そいつぁ穏やかじゃねぇな。なにかあったんで?」
「詳しくは言えないが、魔術師のテロリスト集団がロンドンに潜伏している可能性があるのだ」
「そりゃ大変だ。見回りご苦労さん」
手を振ってその場から去ろうとするコンラッドを、魔術師の一人が肩を掴んで引き留める。
「待て、名前と所属を言ってもらおう」
「コンラッド・アスクウィス。新生『G∴R団』の頭やってるもんだ」
「なるほど、新生……え?」
キョトンとした男の両目から、血飛沫が噴き上がった。倒れる仲間を見て他の者たちも怯んだが、流石は訓練されている軍人。すぐに戦闘体勢を取る。
だが、その時には既にドレイクが男たちの背後を取っていた。
夜の街に悲鳴が轟く。
一時間後。
コンラッドはひと気のない廃ビルの中で、床に敷いた布の上に並んだ目玉を数えていた。
「見ろよドレイク! ぶっ殺した魔術師の中に魔眼持ちがいたぜ! ラッキー、俺ちゃんのコレクション行き決定!」
「よかったのか? 『黄座の近衛団』は大魔術師を抱える連盟の中枢組織だ。そこに手を出したってことは、もはや末端から潰していくような真似はできなくなるぞ」
「ビビッてんじゃねえよ。どうせ近い内にそうなる予定だっただろうが」
壁に凭れて溜息をつくドレイクだったが、コンラッドは特に気にすることもなく収穫した目玉をアルコールの入った瓶へと詰めていく。
するとそこへ、カツカツと金属質な靴音が響いた。
「やってくれたな、コンラッド」
「あん? 誰かと思えばオーギュストのオッサンじゃねえか」
建物の影から現れたのは、全身を魔道具の鎧で武装した厳つい顔の中年男性だった。その後ろに引っつくようにして全身真っ白の少女もついてくる。あの少女の白銀色の目玉は美しくて是非ともほしいのだが、幻獣の眼を繰り抜いても基本的にはすぐに消滅してしまう。残念だ。
もっとも、コンラッドとドレイクの二人がかりでも敵わないバケモノだから、手を出したくても出せないが……。
「目立つ行動は組織を潰す時だけにしてもらいたい」
中年の方はオーギュスト・シガン。魔巧傭兵団とかいう、たった一団体で一国相手に魔術戦争を仕掛けられる戦力を持つ組織のトップだ。コンラッドたち新生『G∴R団』の後ろ盾にもなっているが――
「おいおいおい、いくら支援者だろうと調子ぶっこいてっとその目玉繰り抜くぞ?」
「狂犬が。調子に乗っているのはそちらだろう?」
「確かに! 俺ちゃんってば自分たちだけで末端組織潰して気が昂ってたわ! 流石に一人で二つの組織ぶっ潰した歴戦の傭兵に喧嘩売るのは――まだ早ぇ」
ましてや白い少女もいる状況。新生『G∴R団』の全戦力を持ってしても勝てるか怪しいところだ。
「だったら、大人しく言うことを聞いてもらいたいものだが?」
「そりゃできねえ相談だ。俺ちゃんたちはあんたの部下じゃねえ。利害は一致してるが、だからと言って足並み揃えられるほどお利口さんじゃねえんでね。好き勝手にさせてもらうぜ」
「……連盟が本格的に動き出すぞ?」
「望むところよ。寧ろこっちから乗り込んで暴れてやんよ」
「なんだと?」
眉を顰めるオーギュスト。有名な傭兵団の団長にそんな顔をさせたことが誇らしく思うコンラッドである。
「じーつーはーっ! さっきぶっ殺した『黄座の近衛団』を拷問してましてー、連盟の総本山への行き方を聞き出しちゃったんだわこれが! 俺ちゃん超有能!」
立ち上がってバンザイするコンラッドに目を見開いたオーギュストは、眩暈でもしたのか籠手のまま掌を顔に被せた。
「自殺でもするつもりなら止めはせんが……」
「んなわけないっしょ。心配すんなって、オッサン。いきなり本陣に突撃するほど俺ちゃんも馬鹿じゃねえよ。なんつうんだっけ、あの、アレだ。えーと、あーそうそう。ヒットアンドアウェイ! そうやってじわじわ嬲っていくのが俺ちゃん好みなのよ♪」
ギャハハと嗤い、コンラッドは『黄座の近衛団』から聞き出して自作した連盟総本山の地図を眺める。
「てことでまずはー、そうだなぁー……連盟の敷地内にある病院から解体してやるか」




