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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-06
224/228

Section1-9 魔術師との戦い

 怒鳴り声は、明らかに紘也に向けて放たれていた。

 振り返ると、顔を真っ赤にした若い男が割れたビール瓶を片手に蟹股で近寄ってきていた。他の人たちと似た黒いローブを纏っていることから、彼も父親の組織に所属する魔術師だとわかる。

「俺に、なんか用ですか?」

 酷く怒っている様子だ。刺激しないように丁寧な口調を心がける。無意識になにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか、と不安になる紘也。

 男は焦点の合わない目で紘也にメンチを切ると――

「主任の息子らからって、ひょうひに乗っへんじゃれえろヒック!」

「質の悪い酔っ払いだった!?」

 絡み酒という奴か。よくよく見れば、先程紘也にあまりいい顔をしていなかった連中の一人だ。酒が入ったことで理性のタガが外れたのだろう。面倒臭い。

「まじゅちゅちでもれえ奴を、らんでうちの組織総れで歓迎しれえといけれえんら!」

「やめとけってお前!? 飲みすぎだ!?」

「うるへえ!!」

 周りが男を引き離そうとするが、割れたビール瓶を振り回すせいで近寄れない。そのビール瓶の切っ先が、紘也にビシリと向けられる。

「決闘ひろ! おれが勝ったらぁ……ヒック……さっさとジャパンに帰るこっら!」

「いや、決闘って言われてもなぁ」

 さっき自分で『魔術師じゃない』って認めていた相手になにを言っているのだろうか? 酔っ払いの思考回路はさっぱり理解できない。

 助けを求めて周囲を見回すと、酒樽にどかりと腰かけていたウロがグッとサムズアップした。

「いいじゃないですか、紘也くん! これはアレですよ。異世界転生でよくある『冒険者ギルドに登録しようとする新人にクソ雑魚先輩がいちゃもんつけて絡んできたけど秒で返り討ち俺ツエェエエ』な展開です!」

「なにお前も酔ってんの?」

 樽をジョッキ代わりにして酒を煽る蟒蛇の言葉も酔っ払いと変わらない。「逃げんのか? ああん?」と酒臭い息を振り撒いて詰め寄ってくる男から離れようとする紘也だったが、後ろから誰かが両肩に手を置いてきて引き留められてしまった。

「ウロちゃんの言う通りだぁよ。いいんでないの、決闘」

「親父!? あんたの部下だろうが!? 諫めろよ!?」

 まさかの父親だった。息子が酔っ払いに絡まれているのに助けるどころか、煽ってくるとはどういう了見なのだろう。

「まあまあ、彼みたいな新人の中には紘也少年をよく思ってない奴もいるんだ。うちの組織はぶっちゃければ戦闘集団。力こそすべて……ってわけじゃあねえけんど、勝とうが負けようが『俺の息子』が()()()()なのか見せときゃ溜飲も下がるってもんだぁよ」

「……」

 紘也は死ぬ程メンドーな顔をする。要するに、よくわからん実力の人間を素直に歓迎できないってことだ。それがたとえボスの身内だろうとも。

 別に歓迎されたいわけでもないが、ここで拒否しても絶対にまた絡んでくる。それもこの酔っ払いだけじゃなく他の奴らが一人ずつやってくる可能性が高い。だとすれば、組織の人間が一堂に会しているこの場でハッキリさせておいた方が確かに得ではありそうだ。

「……元々、母さんに会うだけが目的じゃなかったもんな」

 寧ろ、そちらはついでのようなものだった。大切な人を守るために紘也自身が強くならないといけない。そう考えてロンドンまでやってきたのだ。

「わかった。やってやるよ、決闘」

 今の自分がどこまでやれるのか。それを測るための丁度いい相手と思うことにする紘也である。

 周りの人たちがテーブルを片して壁際へと下がっていく。大広間の中心には紘也と酔っ払い男、そして公正に審判を務める魔術師――戻ってきたらしい例の副官さんだけが残された。

「えーと、ルール説明をします。基本的になんでもありです。術式も武器も自由に使ってください。先に相手に一撃入れるか降参させた方が勝ちとします。もちろん、殺しはご法度です」

 副官さんが淡々と事務的にルールを告げる。酔っ払いの頭に入るのか心配だが、紘也が勝てばなんの問題もない。

「あ、申し遅れました。私は審判を務めます――」

「紘也しょーねーん!! 結界を張ったから建物が壊れることはないぞ!! だから二人とも好きなだけ暴れてくれていいよん♪」

「あたしの固種結界もあるから誰にも邪魔はさせませんよ! 思いっ切りぶっ飛ばしちゃってください紘也くん!」

 サムズアップとウインクを決める父親。その隣に並んだウロが全く同じポーズをしている。全力でこの状況を楽しんでいる似た者同士に、決闘前なのにどっと疲れが押し寄せてきた紘也である。なんか副官さんが膨れっ面になっているが、気にしないことにした。

「改めて、秋幡紘也だ」

 外野はスルーして紘也は決闘相手の酔っ払い男に視線を向ける。

「魔術結社『天光』及び世界魔術師連盟懲罰部――第玖番隊所属、ジョージ・ハンソン。新人につき、序列はない」

「……ん?」

 紘也は違和感を覚える。男――ジョージはさっきまで呂律が回らない酔っ払いだったのに、急にシラフのようなハッキリとした口調になった。フラフラと危なげだった体幹も大木のようにしっかりしている。

 最初から、酔ってなどいなかった?

 だとすればそれは、この状況を作り出すための演技。そういえば、やけに周囲の対応が早かった気がする。父親の結界も、恐らく前以てすぐに発動できるように仕掛けていたのだろう。

「……親父、図ったな?」

「はてさて、なんのことやら」

 はぐらかされたが、答えはそれでも充分。紘也の実力を一番見たかったのは父親だったということだ。

「余所見してんじゃねえぞ! 俺がお前を気に入らねえのは本当のことだ!」

 ジョージがローブの内側から杖を取り出し、素早く短く呪文を唱えた。赤い魔法陣が杖の尖端に展開され、ボーリング玉サイズの火球が紘也に向かって射出される。

 ゲームでいうところのファイアボール。基礎的な黒魔術だ。

 速いが、対応できないほどじゃない。直線軌道の術であるため、紘也は即座に横へ飛んでかわす。火球は外野に襲いかかる前に結界に阻まれて霧散した。

 威力も並。恐らく威嚇射撃のつもりだったのだろう。

「ハン! 魔術を捨てて一般人に堕ちたらしいってのに、そこそこ動けるじゃねえか! だが、その程度で魔術師に勝とうなんざ百年早ぇんだよ!」

 ジョージが続いて三つの火球を同時に射出してくる。術式の並列起動。新人と言っても戦闘集団。魔術の練度はやはり高い。

 紘也は魔力を操作して全身に〝循環〟させ、疑似的な身体強化術を纏う。三つの火球をそれぞれ丁寧に避け、一気に相手の懐に入るため床を蹴る――直前、間髪入れずさらに火球が三つ。今度は時間差で撃ち出されていることに気づく。

 避けて、避けて、また避ける。

「……チッ」

 苛立たしげなジョージの舌打ちが聞こえる。

「逃げてばっかりか情けねえ! 雑魚が! ちったあ反撃してみろや!」

 魔術を使えない紘也が攻撃するには相手に近づく必要がある。だが、こうも弾幕を張られていては難しい。向こうにも接近戦にさせまいという意図はあるのだろう。

「ほらやっちゃってください紘也くん! そこです! 今です!」

 一撃決着のルール上、このまま避けてばかりじゃ紘也の負け確。トゥアハ・デ・ダナンでの時のように魔力を流せるロープでもあれば遠隔操作も可能だが、決闘しやすいように余計な物は全て取っ払われてしまっている。

「あーもう惜しい! 次のチャンスが来ますよ紘也くん! ドチュジュゴゴーン! バコガガボーン! ってやっちゃいましょう!」

 唯一相手と接しているのは床くらいだが、魔力を流しても面が広すぎて相手に届く前に拡散してしまうだろう。そもそも相手は立ち止まって床に手をついている隙なんて与えてくれない。

 いや――

 一つだけ、ある。この状況から紘也が有効打を与えられる可能性が。

「フレー! フレー! ひーろーやーくん! 頑張れ頑張れひーろーやーくん! イエーイ!」

「外野やかましい!?」

 耳にキンキン響く声援という名の騒音をスルーし切れず、紘也はつい後ろを振り向いて叫んでしまった。


「止まったな。ようやく諦めたか?」


 その隙をジョージは見逃さなかった。術式の並列起動はそのままに、特大の火球が放たれる。ちょっと横に跳んだ程度では避けられないサイズが、ごうごうと燃え盛りながら紘也に向かって迫ってくる。

「いや、諦めたんじゃない。ようやく反撃できる糸口を掴んだだけだ」

 迫る特大火球を、紘也は避けない。


 直撃。爆散。


「っしゃあああああっ! なんか最後イキってやがったが俺の勝ちだ! どうですか、主任! 俺の実力ならもっと上の任務を――」

「あー、ジョージ青年。決着の判定は審判が下す。まだ、終わっちゃいねえぞ」

「は?」

 両拳を振り上げてガッツポーズを取っていたジョージだったが、にやりと笑った辰久の言葉に表情がフリーズする。

 炎が散った中から、無傷の紘也が姿を現した。

「ふ、防ぎやがったのか!? どうやって!? いやでも、一撃は一撃だろ!?」

「彼は直撃の寸前に火球の魔力を乱して掻き消しました。当たっていない上にダメージも入っていなければ、『一撃』とは言えませんね」

「馬鹿な……そんなこと一般人にできるわけが……」

 審判の冷静な分析にジョージが一歩たじろぐ。頬が引き攣り、目を大きく見開いて、冷や汗まで搔いていた。


挿絵(By みてみん)


「にょははははは! 彼いい反応しますね! そうです! その顔が見たかった!」

 相変わらずやかましい外野はスルーして、紘也は伸ばした手をぎゅっと握る。

「――掴んだぞ、お前の魔力」

「なに?」

 魔力干渉。

 当然のことだが、火球にはジョージの魔力が込められている。術式として撃ち出されていたとしても、魔力は微かな残滓となってしばらく本人と繋がっているものだ。

 そのいつ千切れてもおかしくない細く脆い〝糸〟に、紘也の魔力を流し込む。それはジョージの魔力の残滓を伝って本人へと届く。避けようがない、必中の魔力干渉。

 あとは、いつも通り。


「アババババババババババババババババババッッッ!?」


 ジョージの魔術回路をめっちゃくちゃに搔き乱してやるだけだ。大魔術師にも効く攻撃を、新人が耐えられるはずもなく――

「嘘……だろ……」

 膝から崩れ落ちたジョージは、電気ショックを受けたように白目を剥いてビクンビクンと痙攣していた。

「決着ですね。勝者、秋幡紘也!」

 審判の副官さんが宣言すると――ワーッ!! 周囲の人々から紘也を讃える歓声が巻き上がるのだった。


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