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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-06
220/228

Section1-5 親子の再会

 ロンドン中を行ったり来たりする無駄に工程の多いルートを辿り、紘也たちはようやく世界魔術師連盟の総本山へと到着した。

 どこにあるかもわからない駅で電車を降りると、『霧の都』と呼ぶに相応しい濃霧が視界を白く染める。霧は駅から出ると不自然に晴れ渡り、ロンドンと似た情景の街が姿を現した。

「ここは魔術師たちの隠された街『アリアンロッド』。そして、目の前にあるアレが世界魔術師連盟の本部になる建物よ」

「おお……」

 柚音が指差した先に紘也は感嘆の声を漏らす。そこには緑の芝生に白亜の城壁、そして天高く聳える古く豪奢な時計塔があった。

 ビッグ・ベンを模しているのか、それともビッグ・ベンがこれを模されたものなのか。ゴシック復興様式で設計された時計塔は見る者を圧倒する荘厳な雰囲気を纏っている。四方に取りつけられている大時計は全て別々の時間を指しており、それがどのような魔術的な意味を持っているのかは紘也にもわからない。

 時計塔の直下には七芒星(セプタグラム)の形をした宮殿が構えられている。軽々しく踏み込むことを躊躇った紘也が、ただただぽかんと時計塔を見上げていると――ゴゴゴゴゴゴ!

 宮殿の大門が厳かな音を立てて開いていく。

 カツカツと乾いた靴音が響く。紫紺のローブを翻し、宮殿の中から現れた男がバッ! と大仰に両腕を広げた。


「紘也しょーねーん!! パッパだよーーーーッ!!」


 全力で回れ右したくなった。

 でも、ここで帰っては意味がない。紘也はぐっと我慢の子。呼吸を整えてから意を決して父親に向かって歩み出す。

「親父」

「紘也少年!」

 直接会うのはいつぶりだろうか。少なくとも幻獣騒動が起こってからはこれが初めてだ。言いたいことはいろいろある。聞きたいことも、やりたいことも。とにかく父親と再会することがこれからの紘也の道を決める重大なターニングポイントとなるだろう。

「親父!」

「息子よ!」

 久方ぶりに出会った親子は、感動のあまり互いを力強く抱き締め――


「このクソ親父がぁあああああああッ!!」

「ぐべらぁあああああああああああッ!?」


 ――ることはなく、息子のグーパンチが父親の顔面にクリティカルヒットするのだった。

「なんでどうしていきなり殴るのよ紘也少年!?」

「ほう、殴られる理由がわからないと? 知ってるか? 昭和のテレビは殴ると直るらしいんだ」

「おっさんはそんな古代遺物じゃないわい!?」

 けろっと起き上がる辰久。流石は大魔術師。紘也のただのパンチなど大して効いている様子はない。

「ちぇー、時間置いて感動の再会をすればぶん殴られず済むと思ってたのに」

「やっぱ殴られる自覚はあったようだな」

 ちゅくんと可愛く唇を尖らせる無精髭の中年に紘也は殺意の薪をくべられる。普通のパンチが効かないなら確実に効果のある一撃に切り替えればいい。

 だが紘也が次の拳を振り上げる前に、一つの人影が間に割って入った。

「お兄、その辺にして! これ以上パパを殴るなら私が相手するわ!」

 柚音だった。辰久を庇って両腕を広げる妹の姿に、紘也の殺意は急速に鎮火していく。

「なんで柚音はこんなの相手にファザコンを拗らせたのか……」

 普通はこの年頃の娘は父親を毛嫌いするものでは? 今世紀最大の謎の一つである。

「わかったよ。このくらいにしといてやる。一発殴るミッションは達成したから」

「お父様を殴るのは決定事項だったの!?」

「だってそのためにロンドンまで来たんだし」

「あっれー!? そんな目的だったっけ!?」

 もちろん、それはついでだ。しかし達成しなければクエストクリア扱いにならないミッションでもある。

「紘也くん紘也くん、もしかしなくてもこのお方が……」

 衝撃的な親子の再会に呆然としていたウロがようやく口を開いて紘也に訊ねてきた。

「ああ、非常に認めたくないが俺の親父。世界魔術師連盟の大魔術師――秋幡辰久だ」

 瞬間、ウロの姿勢がピシッと正しくなった。ネコを被るつもり満々のようだ。

「彼女たちが紘也少年の契約幻獣ね。あら~、おっさんに似て可愛い娘ばっかり集めちゃって」

「あぁ?」

「なんでもないのでその振り上げた拳は仕舞ってちょ」

 何度も言い訳しているが、紘也が自分から契約したわけじゃない。ウロもウェルシュも山田も全て成り行きだったのだ。

「お義父様!」

 ズサーッ! とウロが辰久の前でスライディング正座をした。

「初めましてお義父様! あたしはウロボロスと申します! 紘 也 く ん を あ た し に く だ さ い !!」

「お、おう、聞いていた以上に元気な娘みたいだぁね」

 あの父親を引かせるとは流石はウロである。

「……初めまして、元マスター。ウェルシュはウェルシュです」

「ちょ、ウェルシュは初めましてじゃないよね!? 『元マスター』って言ってるよね!?」

《ふん。吾は人間などに挨拶するつもりなどない》

「あ、山田ちゃんだっけ?」

《ヤマタノオロチだ!》

「ば、ばばばバンシーですぅ! ふぇえええええ滅さないで滅さないで!?」

「滅さないよ!?」

「あとお前は俺の契約幻獣じゃないからな。まだ野良だからな」

 連盟に保護してもらうために連れてきたバンシーだが、なんだかこのまま紘也が引き取らされるような気がしてならない。なんとしても阻止せねば。

「なかなか個性的な娘たちだぁね。まったくうらやまけしからん! おっさんのウェルシュまで寝取っちゃってまあ」

「魔力干渉パンチ」

「アバババババババババババババババババババババババ!?」

「お兄やめて! パパが感電してる漫画のキャラみたいになってるから!」

 幻獣ウロボロスにもダメージが入る魔力干渉は、大魔術師の父親にも効果絶大だった。

「ぐだぐだでございますね。辰久様、このような玄関先で立ち話もなんでしょう。皆様を客室に案内されてはいかがですか?」

 ケツァルコアトルが執事然と手を叩いて混沌を極めた場を収めた。これだけ人数いてまともな奴がケツァルコアトルしかいない。紘也も含めて。

「悪い親父、俺は先に行きたい場所がある」

「ん? あー……そっか、そうだぁね」

 紘也の目を見て意図を察した辰久が神妙な顔になる。ここでお茶らけない辺りは、流石に弁えているようだ。

 もっとも、弁えない蛇もいるが。

「どこですか紘也くん? もちろんあたしもドビャズバゴヒャーンってお供しますとも!」

「いや、俺一人がいい。ウロたちは柚音に連盟の中でも案内してもらっててくれ」

「そんな殺生な!? あたしは紘也くんと一緒に観光したいんですよ!?」

「はいはい、パパとお兄以外は中に入って入って」

 柚音に背中を押される形でウロたちが時計塔宮殿の中へと入っていく。まだウロは不満そうに「紘也くーん!?」と叫んでいたが、その声も門が閉じると聞こえなくなった。

 残されたのは、紘也と辰久の二人だけ。

「まったく紘也少年はせっかちだぁね。覚悟は本当に決まってるの?」

「ああ、さっさと会わないとまた揺らいでしまいそうだ」

「オーケーオーケー、お父様についてきんしゃい」

 言われ、紘也は辰久の背中を追って連盟本部を後にした。だが、周囲を霧に包まれた隠れ里的な街からは離れない。

 アリアンロッド――『銀の円盤』を意味するウェールズ神話における月の女神を冠した街は、その名の通り円形の造りをしている。遠くは濃霧によって見えないが、恐らくロンドンの三分の一ほどの面積はあるだろう。

 紘也と辰久は時計塔宮殿からバスに乗り込み、十分ほど揺られて目的地へと辿り着く。赤煉瓦造りの五階建てをした大きな建物がそれだ。

 立ち止まって建物を見上げる紘也を、辰久は口元を緩めて眺めている。

「なんだよ、親父。ニヤニヤして気持ち悪い」

「いやね、息子がずいぶんと成長したなぁと感慨に耽っていたのよ」

「まあ、おかげさまで魔力干渉の腕は上がったかな」

「それ以外もだぁよ」

 おどけるように肩を竦め、辰久は建物――連盟が運営する魔術病院へと入っていく。紘也は改めて建物を見上げると、大きく息を吸い込んで気合いを入れた。


「やっと、母さんに会えるんだ……」


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