Section1-4 緊急幹部会
世界魔術師連盟は『魔術の発展と秩序の守護』を理念とし、百を超える大小様々な魔術結社が集まって運営されている組織だ。
総本山はロンドン。連盟の中核となっている魔術結社『神の玉座』の党首を〈盟主〉に置き、各組織から選出された魔術師の中で最も優れていると評価された七名が最高幹部――『大魔術師』を名乗ることが許される。
その大魔術師の一人――秋幡辰久は現在、連盟本部の会議室に呼び出されていた。
盟主を交えた緊急の幹部会議である。
「ひい、ふう、みい……ちょっとちょっと、緊急とはいえおっさん含めても四人しか参加してないじゃないの。幹部会の参加率どうにかなんないもんかねぇ?」
辰久は円卓に着いている人影を数えてわざとらしく嘆いてみせた。人影は文字通りの『人影』であり、実際にそこに誰かがいるわけではない。彼らは世界各地から魔術で遠隔参加しているに過ぎないのだ。辰久の姿も向こうには人影として認識されている。
[呼びつけないと確実にサボるあなたがそれを言うとは草が生えます]
『ふむ、大魔術師の過半数が参加しているだけ奇跡であろう』
【早く終わらせてくれないか。ボクは研究の途中だったのだ】
慇懃無礼な男性の声、貫禄ある老爺の声、どこか幼さの残る少女の声が人影から発せられる。音質の悪いマイクで喋っているように時折ノイズが混じっていた。
と、円卓にもう一つの人影が現れる。
〈時間になりました。これより緊急幹部会を始めます。不参加の方にはいつも通り、結果だけを後で通達しましょう〉
邪気を一切感じさせない透き通るような若い女性の声だった。辰久は眉を顰める。大魔術師の中にこのような声をしている者はいない。だが、聞き覚えのない声でもない。
「おや? 今日は盟主の代理ちゃんかい?」
辰久が知っている盟主の声はもっとしわがれた老婆のものだ。彼女は盟主の孫であり、時折代理として幹部会に参加していた。
〈いえ、秋幡辰久様。もう代理ではありません。先日の定例党首会でわたくしが正式に盟主を引き継いだことはお知らせしたはずですが……?〉
「え? なにそれおっさん聞いてない」
[あなたは会議をサボるだけでなく、通達も碌に確認していないのですか? 大草原不可避ですね]
「だっていつもどうでもいいことばっかりじゃーん」
定例党首会は幹部会とは違い、連盟に加盟している全ての組織のトップが参加する。それぞれの活動報告や研究結果の発表など、辰久にとってはぶっちゃけ退屈でしかないのだ。
だが、盟主が代替わりしていたのなら確認を怠った辰久のミスである。おめでとうの一言でも言っておきたいところだが、今は緊急幹部会。それは今度直接会った時にでも伝えることにする。
「んで、なんでわざわざおっさんを呼んだの? 今日はちょっと忙しいんだけど」
緊急とはいえ、名指しで召集することなど滅多にない。前回は確か『朝明けの福音』が復活宣言をした時。その前は幻獣界の扉が盛大に開いた時……けっこうあった。しかも辰久が関わっている案件ばっかり。
[『銀湾の柱』が潰されました。弱小とはいえ、ロンドンの魔術的守護を担っている組織の一つです。草も生えません]
『これで英国を拠点とする連盟加入組織が三つ消されたことになるの』
【そこはローの管轄だったはずだ。なぜ本人が来ていないんだい?】
辰久もその件は流石にスルーできず耳に入っている。連盟の懲罰師としていつでも出動できるように部下にも伝えていたが、ここに呼ばれたということは進展があったのだろう。
〈『黄座の近衛団』団長――大魔術師ロードリック・アッシュクロフト様は当事件の捜査のため欠席しております。そのロードリック様より報告がありまして〉
盟主代理、もとい盟主の人影が辰久を真っ直ぐ見たような気がした。
〈犯人は、『新生G∴R団』を名乗っているようです〉
他の人影も一斉に存在しないはずの視線を辰久に向けた。
「あー……」
その組織名は知っている。かつて連盟が敷いた秩序を壊すため活動していた過激派テロリスト集団だ。辰久たちが確実に根こそぎ潰したはずの組織が、また復活した。それは呼び出されてしかるべき案件である。
[ククク。『朝明けの福音』の時もそうですが、あなたは詰めが甘すぎてまったく草ですね]
慇懃無礼な声に呆れの色が混じる。彼は南アメリカを拠点とする魔術結社『星望の血閥』の党首――クラウディオ・ラモン・レオン。なにかと嫌味な性格で辰久はあまり好きじゃない。
「いやいや、『福音』については相手が一枚上手だったっておっさんも認めるよ。でもねぇ、『G∴R団』は控え目に言っても脳筋なヤンキー組織だったわけだぁよ? 構成員のリストとも合致したし、それ以外も徹底的に洗い出した。残党なんているはずないんだわ」
『ふむ、つまりその名を騙った全く別の勢力ということかの?』
「理解があって助かるねぇ、猴老師」
老爺の声の人影は長い髭を擦るような動作をする。彼は東アジアの魔術業界を牛耳る巨大シンジケート『黑龍』の総帥――猴明。落ち着いた物腰で常に一歩引いた立ち位置から物事を俯瞰している仙人である。
【この中年は幻獣事件でもやらかしている。ボクはとても信用できないね】
「ちょいィイイッ!? アレは元々あんたの実験を手伝った結果でしょーよ!? なにしれっとおっさんだけの責任にしちゃってんの!? お婆ちゃんついにボケちゃったの!?」
【ほわぁああああっ!? 誰がロリババアだボクはまだ三百十二歳だよ!?】
「充分ロリババアだぁよ!?」
バンバンと子供のように机を叩く幼い人影は、ワシリーサ・バーバ=ヤーダ。世界中の魔女と男魔女を束ねる『ヘキセン魔道学会』の学長である。
「あんたの発明した〈四の蘊奥〉とかいう胡散臭い術式に欠陥があったのが悪いんだい! おっさんたちが迅速に対処しなかったら今頃もっと幻獣被害は酷いことになってたんだぞ!」
【フン、ボクの術式を扱い切れなかった君が未熟だっただけさ!】
画期的な術式を編み出したと言って辰久に接触し、幻獣界のマナエネルギーをこの世界に定着させる実験を行わせた黒幕が彼女だ。その術式には多種多様な魔術師の魔力を注ぐ必要があったため、古今東西から実力者が集まっている辰久の組織に声がかかったのだが、責任まで全て押しつけられては堪ったものではない。何気にノリノリだったことは棚に上げておく。
〈そ、そこまでにしてください。今は過去の話を掘り返して糾弾している時ではありません〉
盟主に仲裁され、辰久とワシリーサはぷいっと互いに顔を背けた。
[クク、いい年したおっさんと婆さんが十六やそこらの小娘に諫められるとは。草が生えすぎて山羊でも飼えそうです]
『まったくだの』
肩を竦めるクラウディオと猴にガンを飛ばすも、辰久はそれ以上なにも言わずに椅子の背凭れに行儀悪く体を預けた。
コホン、と可愛らしい咳払いが盟主の人影から発せられる。
〈では、盟主として命じます。〝正義〟の魔術結社『天光』首領――秋幡辰久様。連盟懲罰師として我々魔術師の秩序を脅かす『新生G∴R団』を殲滅してください〉
まだ若いながらも凛とした声音で命令する盟主に、辰久は微かに先代の面影を見た。口元に笑みを浮かべ、姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「御意。その任務、承りま――あ、でもおっさん先約があるんだったわ」
〈え?〉
言葉の途中で顔を上げた辰久に、盟主はぽかーんとした空気を纏った。
「俺の息子が来るんだ」
〈え? え? む、息子さんですか……?〉
「そうそう。紘也少年って言うんだけどね。やっべそろそろ時間だ! じゃあおっさんはこれで!」
〈ちょ、待って〉
椅子から立ち上がって会議室から去ろうとする辰久に、盟主の人影はあたふたした様子で手を伸ばす。当然、届きはしない。
「まあ調査は部下にやらせとくから、そいつらは見つけ次第ぶっ潰すんでご安心を。ロードリック青年にもそんな感じで伝えといてねん♪」
最後にそれだけ言い残し、辰久は足早に退室していくのだった。




