Section1-1 到着、〝霧の都〟ロンドン
ロンドン・ヒースロー空港。
世界魔術師連盟が手配したチャーター便で到着した紘也たちは、一般客に紛れて自動化ゲートで入国審査を済ませると、荷物を受け取り、税関を抜けてロビーへと出ていた。
他の客の邪魔にならないよう壁際に寄り、紘也はぐっと伸びをする。
「はぁ、やっとついたな。なんかずいぶんと遠回りしたけど」
普通にロンドンへ向かうつもりが、途中で野良幻獣に襲われて妹の柚音が攫われてしまったのだ。追いかけるとそこはアイルランドであり、人類家畜化計画的なやべー陰謀を企てていた幻獣たちをなんやかんやでぶちのめすという盛大な道草を食って今に至る。なんやかんやは、なんやかんやだ。
「ですね。日本を出てから体感で四年と七カ月くらいかかった気がしますね」
「なんでそんなに具体的なんだ?」
紘也は隣に並んだ緩やかに波打つペールブロンドをした少女に呆れの視線を向けた。
幻獣ウロボロス。
己の尾を食んだ蛇として描かれることが多いチート特性満載の〝無限の大蛇〟だ。イギリス気分にでも浸りたいのか、オシャレなティーカップにそこらの自販機で買った紅茶を注いで優雅に啜っている。
「……マスター、お土産を買うならこれがウェルシュのおススメです」
と、紅い二股ツインテールをした少女がトテテテと駆け寄ってきた。その手にはクッキーやチョコレートが詰められているらしいロンドンバス缶が大事そうに抱えられている。
「気が早えよ! 今来たばっかりだぞ!」
幻獣ウェルシュ・ドラゴン。
彼女は元々父親の契約幻獣だった〝ウェールズの赤き竜〟だ。世界に溢れ返った野良幻獣から守るために今は紘也と契約を交わしているのだが、基本スペックは優秀なのにウロボロスへの対抗心が強いせいでいろいろと残念なドラゴンである。
《むむ? 向こうで売られている『ピムス』とは酒か! これは是非とも飲んでみなくてはじゅるり》
「おい戻れ山田!? 英国でもお前の見た目じゃ売ってもらえないから!?」
青い和服を纏った幼女が酒類を売っているエリアへと吸い込まれていくのを、紘也は慌てて襟首を掴んで引き留めた。幼女に見えても正体は幻獣ヤマタノオロチ。〝巨大なる霊威ある者〟と称される酒癖の悪い日本神話の大蛇だ。しかしウロボロスに喰われたことで力を失い、今では小学生にすら泣かされる大草原不可避の肩書となってしまっていた。
まだロンドンに着いたばかりだというのに、契約幻獣たちのフリーダムな振る舞いに先が思いやられる紘也である。
「ふぇえええええええええん!? 人込みに流さる怖いよぉおおおおおおおッ!?」
「おいそこのアンデッドを回収しろ!?」
もとい、契約幻獣だけではなかった。灰色のフードとマントを纏った少女が涙目になって人の波に攫われている。彼女は幻獣バンシー――死者の出現を泣いて知らせる妖精で、紘也たちが叩き潰した野良幻獣の組織『トゥアハ・デ・ダナン』の構成員だった。なのになぜかアイルランドから紘也たちについてきてしまい、処遇をどうするか決めかねている悩みの種の一つだ。
ウロとウェルシュが流れていくバンシーを捕獲するのを確認して胸撫で下ろしていると、後ろから愉快そうな笑い声が聞こえた。
「にゃはは! 着いて早々ぐっだぐだだにゃあ、人間!」
「ケットシーも口を閉じてください。他のお客様にご迷惑でございます」
「酷いにゃ!?」
紘也たちから数歩離れたところで爆笑していた猫耳少女は幻獣ケットシー。それを諫めている若葉色の髪にコートを着た女性は幻獣ケツァルコアトル。どちらも紘也の妹である秋幡柚音の契約幻獣だ。
その妹はスマホでどこかに連絡を取っていた。世界魔術師連盟の見習いとして活動している柚音は、勝手の知らないロンドンの地を案内してくれるガイド役でもある。恐らく到着したことを連盟に報告しているのだろう。
「お兄、一応すぐに連盟本部へ行くことはできるけど、どうする?」
「それならさっさと行こう。先に荷物を置いときたいけど、ホテルは親父が手配することになってるし」
大魔術師である父親だが、普段のテキトーな性格を見て育った紘也からすると手配を忘れている可能性も大いにあり得るから困る。連盟の施設を使わせてもらうにしても大魔術師の許可が必要。だからロンドンでなにをするにしても、まずは連盟本部に赴いて父親と会わなければならない。
「じゃあまずはバディントン駅に行くわよ。そこから乗り換えてウエストミニスター駅で降りて――」
「てことは、ビッグ・ベンの近くなのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
柚音の曖昧な回答に紘也は眉を顰めた。
「どういうことだ?」
「魔術的に決められたルートを辿らないと到着できないのよ。同じ場所を何度も行ったり来たりもして、気がついたら連盟本部に着いてるの。だから実際どの辺にあるのか私たちみたいな見習いにはさっぱりわからないってわけ」
「めんどくさ!? いや、セキュリティの関係ってのはわかるけども」
おおよそ一般人が偶然迷い込むこともなさそうなほど複雑なルートだ。辿っている途中で転移魔術のようなものが発動し、全く違う場所もしくは異空間に飛ばされる。そんなところだろう。よくできている。
「とにかく、いつも案内できるわけじゃないからちゃんと覚えてよ? まあ、お兄なら心配ないと思うけど。バディントン駅へはターミナル3から電車が出てるわ」
「ターミナル3ね。えーと、案内板は……ん?」
キョロキョロと首を巡らせて施設案内を探す紘也は、ふとロビーに設置されていた大型モニターに目が留まった。モニターではアイドルらしい三人組の少女が空港案内をする動画が映し出されている。
「紘也くん紘也くん、実はアイドルがお好きなんですか? なんならあたしがフリッフリの衣装着てもいいんですよ?」
「着んでいい! そういうわけじゃないが、なんとなく気になってな」
アイドルだから当然全員が美少女なのだが、それだけで紘也の目に留まるようなことはない。問題はそのアイドルたちが奇抜な格好をしているところだ。
一人は、純白のビキニに巨大なイカの足をフレアスカートみたいなデザインにして穿いている少女。白い髪は先端に行くにつれて赤みがかり、左右から二房長く伸びている。生意気そうな印象を受ける黒い瞳は、なんとなく不本意でアイドルをやっているようにも見えた。
二人目は、大きなアネモネの花飾りを頭につけた少女。若草色の長い髪に深緑のマント、全体的に植物をモチーフとしたデザインの衣装を着こなし、元気いっぱいな様子で一生懸命さが伝わってくる。
最後の一人は、英国のアイドルなのに日本の巫女装束を纏った少女だった。黄金色の髪には狐耳がピョコンと飛び出し、腰の辺りに九本のもふもふした尻尾を取りつけた、あざとすぎるほど獣萌えな衣装。彼女が一番ノリノリな様子で歌とかも熱唱していた。
三人とも十代前半~半ばといったところか。
最近のイギリスはあーいうのが流行っているのだろうか?
「彼女たちは人気急上昇中のアイドルグループ『ファンタズマゴリア』でございます。左からクララ様、アララ様、タマ様です」
そこはかとなく妖しく思っていると、横からケツァルコアトルが簡単に教えてくれた。
「意外だな。あんたがアイドルに詳しいなんて」
「いえ、それほどでもございません。紘也様も滞在中に彼女たちとお会いになることもあるかと思われます」
「俺も別に興味があるわけじゃねえよ」
ロンドンに来た目的はアイドルに会うためなんかじゃない。紘也自身がもっと強くなり、襲って来る脅威から自分や周りを守れるだけの力を手に入れること。そして紘也のせいで何年も入院生活を送らせてしまっている母親と会い、けじめをつけるためだ。
紘也はモニターから目を離し、改めて一緒に旅をしてきた幻獣たちを見る。
「いいかお前ら、どうやら行き方がめちゃくちゃ複雑らしいから絶対逸れるなよ! 絶対だぞ! フリじゃないからな! ロンドンに来ていきなり迷子とか笑い話にもならんことするなよ!」
「「「はーい!」」」
「お兄、なんか引率の先生みたい」
苦笑を浮かべる妹に案内される形で、紘也たちはぞろぞろとスタート地点となるバディントン駅へと向かうためにターミナル3を目指すのだった。
そして、ニ十分後。
山田とバンシーとウェルシュとケットシーが、揃って迷子になるのだった。




