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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
209/228

Section-6-6 光と闇の激突

 荒れ狂う岩塊の嵐が靄のような闇を豪快に吹き飛ばす。

 壁、天井、建造物。あらゆるものを木っ端微塵に破壊していく巨大な岩は、一つ一つが即死級の殺傷力を持っている。だが、自身の体を闇に変じられるクロウ・クルワッハにそのような物理攻撃は通用しない。

 そんなことはケツァルコアトルもわかっていた。

 効果を期待できる技はある。巨岩の嵐はそれをぶつけるためクロウ・クルワッハに隙を作らせることが目的だが――

「クハッ、おッかねェ力だがオレはには効かねェぞ!」

 闇の三日月が嵐の間隙を突いてケツァルコアトルに迫る。岩を操作して盾にするが、背後に闇の粒子が集結した。

「……ッ」

 振り返ることは許されなかった。闇から伸びた腕がケツァルコアトルの後ろ首を掴んだのだ。鋭い爪が立てられ、白い首肌からつーと赤い液体が流れる。

「てめェがなにを企んでんのかはよォーくわかるぜ。〝金星〟の光をくらッちまッたらオレは無事じャ済まねェからなァ!」

 こちらの正体を見抜かれただけでなく、特性まで熟知している。クロウ・クルワッハは見た目や言動以上に頭が回るようだ。

 ただ暴力的に神々を打ち倒したわけではない、ということか。

「それをわかっていて私と相対しますか……」

「光なんざオレがぶッ殺してきた神々だッて使ッてきたさ。全部オレの闇で呑み込んでやッたがな! 光と闇は一方的な相性関係じャあねェ。単純に強ェ方が勝つんだ!」

「道理でございます」

 ブラックホールのように、闇も強ければ光すら引き寄せて呑み込む。だからこそ、下手に〝金星〟の特性で攻撃しても無駄だとケツァルコアトルは理解していた。

「オレァ闇そのものだ。〝金星〟ごとき限定された光に消されるほど浅くねェ!」

「……甘く見られたものですね」

 ブワッと。

 ケツァルコアトルの背中から輝く羽毛が舞い散った。クロウ・クルワッハが一瞬気を取られた隙に身を捻り、瞬足の蹴りで背後に漂っていた闇を両断する。

 さらに右手を掌底に構え、白い翼をピンと広げて鋭く打ち放つ。

 不可視の風が衝撃となって漂う闇の粒子を吹き飛ばした。

「流石に一筋縄じャいかねェな! だが、同じ風なら奴の方がよッぽどやばかッたぞ!」

 ケツァルコアトルの両隣に闇の球体が出現した。クロウ・クルワッハの〝重積〟によって極大化していくそれは、互いに凄まじい引力を放ってケツァルコアトルを引き裂こうとする。

 抜け出せない。時が経つほど引力は〝重積〟していく。

「やむを得ませんね」

 ケツァルコアトルは自身を淡く輝かせた。〝栄与〟の特性による能力の上方修正。さらに〝金星〟の輝きも解き放つことで、左右の闇球がこれ以上成長する前に搔き消した。

「よォーやく見せたなァ、その力ァ!」

 頭上。巨大な龍の形をした闇が大口を開き、ケツァルコアトルを頭から呑み込まんと襲い掛かってくる。

 クロウ・クルワッハが人化を解いた……わけではなさそうだ。そも、こんな狭い地下空間でドラゴン族が人化を解くなどただの自殺行為。互いに決着はこのままつけることになる。

 だが……いる。あの闇龍の中にクロウ・クルワッハの本体が。

「喰らッてやるよォ! アステカの神ィ!」

「あなた様に喰われるくらいであれば、私は自ら死を選びます」

 並大抵の光ではあの闇のドラゴンは消せないだろう。こちらが〝金星〟の力を使ったからか、クロウ・クルワッハは油断してこのような大技を出してきた。

 ――隙だらけでございます。

 巨大な魔法陣がケツァルコアトルと闇のドラゴンとの間に出現する。全てを灼き焦がすほど強烈に輝く術式は〈明けの明星〉――〝金星〟の特性を組み込んだ星一つ分の輝きである。

「なに!?」

 クロウ・クルワッハの驚く声が聞こえたのも束の間、純白の柱が闇のドラゴンを呆気なく貫いて立ち昇った。トゥアハ・デ・ダナンの天井も易々と貫通し、恐らく地上まで届いていることだろう。

 直撃を受けたならば、ウロボロスのようなデタラメな存在でない限り跡形もなく消滅したはずだ。

 なのに、クロウ・クルワッハの気配は消えていない。

「クハハッ! 足下がお留守になッちまッたなァ!」


 ボゴン! と、ケツァルコアトルの足下からもう一体の闇龍が顎を開いた。


「――なッ!?」

 閉じられる顎を、ケツァルコアトルは光を纏った両手で支えて堪える。

「なぜッて顔してんなァ? もしかして、オレの気配を囮から感じたかァ?」

 その通りだった。だからこそ、ケツァルコアトルは避けずに〈明けの明星〉で迎え撃ったのだ。直前で逃げたのなら感知できる。間違いなく、クロウ・クルワッハは〈明けの明星〉をくらっていた。

 いや、今のクロウ・クルワッハから感じられる気配は、先程までよりずいぶんと希薄。

「まさか、本体の闇を分けたのでございますか?」

「あァ、おかげで力は弱ッちまッたが、なァに問題はない。てめェを喰らえば回復するからよォ!」

「ぐっ……」

 顎が徐々に閉じていく。弱っているとはいえ、ケツァルコアトルが押されるほどの力は残していたらしい。

「どうやらてめェも消耗したみてェだなァ! クハハ、そりャそうだ! あんな一撃、無限の魔力でもねェ限り人化状態で連発なんてできやしねェもんなァ!」

 高らかに哄笑するクロウ・クルワッハ。このままではケツァルコアトルは押し負けてしまう。そうなると迷惑をかけてしまうのは主の柚音や紘也たちだ。

 それだけは避けねばならない。

 たとえ、この身を自ら滅ぼそうとも。


「フン、光が見えると思えば、このような品のない出口だとはな」


 斬ッ! と。

 ケツァルコアトルを喰らおうとしていた闇のドラゴンが、唐突に発生した風の刃で微塵に切り裂かれた。

 散りゆく闇の中から三人の人影が現れる。

「あっ」

 思わず声が漏れた。逆立った青白い髪の男と金髪の少女は知らないが、もう一人。黒髪をサイドテールに結った少女はケツァルコアトルが必死に探していた相手だ。

「ケツァ!」

「我が主……」

 向こうも――秋幡柚音もケツァルコアトルに気づき、目尻に涙を浮かべて駆け寄ってきた。彼女を抱き寄せて無事を確認したケツァルコアトルは、今は感動の再会をしている場合ではないと思い出して視線を前に戻す。

 収束した闇が膝をつくボルサリーノハットの男の姿を取った。それと対峙するのは、金髪少女を後ろに下がらせた青白髪の男。

「クハハ……よくオレの闇から抜け出せたなァ、グリフォン」

「クロウ・クルワッハ、卑しい爬虫類よ。王たる俺に対する数々の無礼だが、特別に許してやろう。貴様の死を持ってな」

 許すと言いつつ怒髪天を衝くような怒りは、ドラゴン族で神でもあるケツァルコアトルでさえも慄かせる威圧感だった。


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