Section6-3 闇
一寸先も見えない闇の中で、柚音は出口を求めて彷徨っていた。
闇は泥のように纏わりついてくる。地面なんてものも存在していない。移動も泳いでいるような感覚だ。
不思議と呼吸ができるのは、ここが幻獣クロウ・クルワッハの生み出した空間だからか。
底冷えするほど冷たい世界だ。右手に繋いだ小さな手だけが唯一温かさを感じられる。
「アリサちゃん、大丈夫?」
声を出せるということは、やはり空気が存在しているようだ。柚音たちを引きずり込んだように空気も常に入って来ているのかもしれない。ならば、その空気が出入りしているところを見つけることで脱出できるはずだ。
「だ、大丈夫です。気持ち悪いですけど……」
アリサは不安を押し殺すような声でそう答えた。この闇が気持ち悪いのは柚音も同感だ。さっさと抜け出したい。
「! 今、空気が流れた気がした!」
「わたしも感じました! あっちの方です!」
アリサは指を差したのだろうが、闇のせいで柚音には見ることができない。だが、流れの方角はわかる。
足をばたつかせ、手で掻き分け、前へ前へと進んでいく。
しかし――
「あっ……」
空気の流れが、止まった。出入口が閉ざされてしまったのだろうか? やはりクロウ・クルワッハの意思でのみ開閉するようだ。次のチャンスを待たねばならない。
方角は覚えている。
せめてもう少し近づいて――
「柚音さん、ちょっと待って!」
「えっ?」
アリサが柚音の手首を掴んで止めた。声の様子からなにかに焦っている。
「誰か、来ます」
「――ッ!?」
柚音も気づいた。闇が押しのけられるように流動している。それだけじゃない。強大で恐ろしい魔力が前方から近づいてきている。
ドラゴン族のような出鱈目な魔力をしているわけではない。
だのに、柚音は足も手も唇さえも怖気づいたように震えてしまった。
自分では勝てないからという理由とも違う。この感じる力そのものが柚音を屈服させようと凄まじい威圧をかけてくる。気をしっかり持たなければあっさり意識を手放してしまいそうだ。
闇の流動が収まる。
いる。この力の存在が柚音たちの目の前に。
「……爬虫類め。王たる俺をこのような場所に幽閉するとは」
独り言だ。柚音に向けられた言葉じゃない。なのに、その一言一言が柚音に膝をつかせようと働きかけてくる。絶対的な存在を前に本能が平服しろと訴えてくる。
「……ヵ……ァ……」
声が出せない。喉を絞めつけられる感覚に柚音の意識が朦朧とし始めた、その時だった。
「もしかして、グリフォンさん!?」
アリサが歓喜の声を上げた。この威圧感の中で彼女はどうして無事なのか? その疑問が柚音の脳裏に浮かぶと同時に、全身を圧し潰しそうだった圧力がフッと消えた。
「フン。なるほど、そこにいたか」
「グリフォンさん、助けに来てくれたんだ」
柚音はまだ呼吸で精一杯だが……アリサは感極まった、今にも泣き出しそうな声でそう言った。
「もう一人いるな。この感覚は魔術師か? 何者だ? 名乗ることを許可する」
「この人は柚音さんだよ。一緒に捕まってたの」
柚音が声を出せないことを察したらしいアリサが代わりに紹介してくれた。
そこで柚音はようやく気がついた。アリサと、目の前にいる何者かとの間に幻獣契約のリンクが存在している。
――アリサちゃんの契約幻獣?
彼女の言っていた『あの人』とは契約幻獣のことだったようだ。その正体はアリサが言った通りであれば――グリフォン。ドラゴン族複数体を相手取った規格外がいたことを柚音は連盟で聞いていたが、まさか彼がそうなのだろうか?
「まあいい。ついでだ魔術師。貴様が俺に従うのであればここから出してやってもいい」
「……本、当?」
なんとか声が出せるようになった。
「王に二言はない。貴様、どれほどの術が使える?」
「今は、杖がないから、少ししか……」
「チッ、使えんな。だが元より貴様の助けなど不要だ。そこで見ているがいい」
見えないのだが、グリフォンが魔力を高めているのはひしひしと感じる。恐ろしいが、さっきまでのような威圧はない。
空気の流れが生じる。
出入口がもう開いたのかと思ったが、違う。これはグリフォンが生み出している魔力の風だ。
「……す、すごい」
見えなくてもわかる。まるで空間さえも切り裂いてしまいそうな風の力は、この闇を払って光ある場所へと連れて行ってくれそうな希望を柚音に与えてくれた。




