Section6-1 ドルイド・モルフェッサ
トゥアハ・デ・ダナンの大賢者――ドルイド・モルフェッサは、ウロボロスとその契約者が乗り込んで来るやすぐに玉座の間から離れていた。
「あってはならん……あってはならんのじゃ……」
通路を速足で進みながら譫言のように呟く。
「儂の理想郷を……トゥアハ・デ・ダナンを……あのような奴らに壊されるなどあってはならん!」
神話の時代。
戦いに敗れ、逃げ込んだ先で築き上げた国とはいえ、モルフェッサにとっては数千年生きた中で最も幸せな時間がそこにあった。
仲間と笑い、酒を酌み交わし、一人の女性に恋もした。人と幻獣が手を取り合って一から造り上げた国はまさに宝だったと言える。
一歩外に出れば神魔の大戦に巻き込まれる時代だったが、外界と隔絶されたトゥアハ・デ・ダナンならば永遠にその平和が続くと思っていた。
――人間に裏切られるまでは。
国が安定していくにつれて人間たちは支配欲を強めていった。奴らはモルフェッサたちを差別的な目で見るようになり、やがて幻獣を排斥する方法で国の乗っ取りを企てた。
内乱が始まった。
トゥアハ・デ・ダナンに逃げ込むような幻獣は大して強い力を持っていない。神魔と比べては取るに足らない存在とはいえ、人間の魔術師に抵抗できるはずもなくほとんどの者が蹂躙されていった。
そして、たったの三日で国を統治していた女神をも討ち取られてしまった。彼女はモルフェッサが愛した女性でもあった。
モルフェッサたちドルイドは彼女の最後の言葉に従い、四宝を持って外界へと逃げ、トゥアハ・デ・ダナンを封印したのだ。
人間全てが悪ではないことは理解している。現に他のドルイドたちは最小限ながらも人間と関わりを持って今も暮らしているはずだ。だが、頭ではわかっていてもモルフェッサには受け入れられなかった。他のドルイドたちとも距離を置き、人間には関わらず、山奥の小屋で数千年を孤独に生きた。
無論、その時間をただただ無駄に過ごしたわけではない。
いつかトゥアハ・デ・ダナンを再興する機会を待ち望み、他の四宝がなくとも封印を解けるように準備と研究を重ねていた。
やがてそれは功を成し、モルフェッサは一人でトゥアハ・デ・ダナンへと戻ってみた。人間たちはとっくに滅びていたようで、寂寞とした無人の遺跡が広がっているだけだった。
人間がいないことは幸いだったものの、滅びた故郷に自分一人だけが立っていることにモルフェッサはなんとも言えない虚無感を覚えてしまった。
そこからはどうにもモチベーションが上がらず、無気力に年月を費やすことになった。あの時感じた寂しさを引きずり、関わるまいと思っていた人間たちの里へも下りたりした。
金など当然なく、ドルイドの秘薬などを売っていたらマフィアに目をつけられてしまった。あれやこれやと借金まで作らされ、薄れていた人間への敵愾心が蘇った。よくしてくれた人間もいたが、結局、モルフェッサは山奥へと戻ることにしたのだ。
そして、再びこの世界に幻獣たちが溢れ返る日がやってきた。
好機だと思った。消えかけていた望郷の念に火が灯った。だが、下手に行動を起こすと魔術師連盟に邪魔されてしまう。どうするか思い悩んでいたモルフェッサの前に、予想していなかった客が訪ねてきた。
暗黒竜クロウ・クルワッハだ。
どういうわけかトゥアハ・デ・ダナンの存在を知っていた奴の協力を得ることで、数多くの幻獣たちを集めることができた。彼らがこの世界で生きるために必要な人間も攫い、今度は反乱が起きないよう家畜として管理することにした。
国が再びあの時の賑わいを取り戻そうとしている。
その矢先でぶち壊しにされては堪ったものではない。
いつか敵が来ることは想定していた。クロウ・クルワッハは便利で優秀だが信用できない。ならばこの国を守れるのはモルフェッサしかいない。
「あのお飾りの王がどれほど時間を稼いでくれるかじゃが……」
ケットシーを王へと担ぎ上げたのは単に御しやすいと思ったからだ。王自体を、ではなく、民となる知能の乏しい幻獣たちと奴の契約者である魔術師を、だ。
「あの金髪の娘はドラゴン族じゃったからのう、デュラハンがついておっても持って数分といったところか。じゃが――」
とある部屋へと辿り着き、モルフェッサは特大サイズの魔石を手に取る。
「我が『兵器』を稼働する時間としては、充分じゃ」




