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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
197/228

Section5-3 地下都市へ潜入

 時は少し流れ――地下都市の外れに存在する小さな儀式場。

 その中心に野球ボールほどの光球が出現したかと思えば、それは次第に大きさを増し、中から三人の人物を輩出した。

「ふぇええええええん、結局連れて来ちゃったよぅ!?」

 三人の内、灰色のローブを纏った少女――バンシーは大粒の涙を流しながら悲しそうに崩れ落ちた。彼女が手に持っていた地球儀に似た魔導具が砕け散る。転移の力を全て使い切って壊れたようだ。

「おら立ちやがれ! あんたの案内はここからでしょうが!」

「ふぇええええええん!?」

 気の強そうなペールブロンドの少女――ウロボロスがバンシーの首根っこを掴んで無理やり立ち上がらせた。抵抗しても無駄だと知っているバンシーは泣き喚くことしかできない。

「ウロ、もう少し丁寧に扱ってやれ」

 そんな様子に、紘也は溜息をついてウロを窘めるのだった。

「優しさ! やっぱりこの人間ちょっと優しい?」

「泣き声で敵に気づかれたら面倒だ」

「だと思ったよふぇえええええん!?」

 いくら紘也が聖人のような心を持っているとはいえ、敵にかける情けなどない。広すぎる地下都市を案内させるのに、このバンシーを力で脅しつけるのは非効率に思えたのだ。

 幸い、儀式場付近には誰もいない。松明で灯された石造りの一室は、遺跡のような古めかしさと湿った空気で満ちている。なにか罠があっても怖いからその辺の物には触らない方がよさそうだ。

「ふぇえええええん!?」

「あーもう、うっさいですね。紘也くん紘也くん、もうこいつ口を塞いじゃいませんか?」

「ああ、それもアリだな。必要な時に必要なことだけ喋らせよう」

「やっぱりこの人たち鬼だよぉふえええんごももぐっ!?」

 性懲りもなく泣こうとしていたバンシーの口に、ウロがどこからともなく取り出した猿轡を噛ませた。「んーんー!?」と唸るバンシーを余所に、二人は作戦会議へと移る。

「それで紘也くん、これからどうしますか? 腐れ火竜たちを待ちますか?」

 転移の魔導具は質量制限で紘也たち三人までしか利用できなかったのだ。ウェルシュたちは別の手段を見つけた葛木修吾か、後からやってくる父親たちと一緒に乗り込む手筈となっている。

 敵地に紘也とウロの二人だけでは少々心許ないが――

「いや、俺たちはこのまま先行しよう。ウェルシュたちがいつ来られるかわからないからな」

 柚音たちがどうなっているのかわからない以上、事は急いだ方がいい。

「だったらば腐れ火竜たちに出番はありませんね! この進撃のウロボロスさんがあらゆる敵をアジトごとズグババグォーン! って吞み込んでやりますとも!」

「言っとくが、柚音や他に攫われた人がどこにいるかわかるまでは大人しくしてくれよ。下手に暴れてこの空間が崩壊したらサミングじゃ済まさないからな!」

「わ、わかってますよぅ。いくらウロボロスさんでもそんな早まったことはしませんよやだなぁもう」

「俺の目を見て答えろ」

 手をチョキにしてチラつかせると、ウロは冷や汗をたっぷり掻いてそっぽを向いた。これはしっかり手綱を握っていなければなにをやらかすかわかったものじゃない。片時たりともウロから目を離さないようにしようと心に誓う紘也だった。

 ウロは紘也の視線から逃れるようにバンシーへと近づいた。

「さて、まずはあんたたちが攫った人間がどこにいるのか教えてもらいましょうか」

「んーんー!?」

「やっぱりイチイチそれ外すの面倒だな……」

 猿轡を噛ませていては聞きたいことを聞くのにも手間が必要になってしまう。仕方ないからそれはもう外してやることにした。

「おらおら、キリキリ吐きやがれってんです。柚音ちゃんたちはどこですか? ああ、泣いたら喰っちまいますよ?」

 ウロがバンシーの胸倉を掴んで持ち上げる。結局はそういう感じになってしまうようだが、ウロボロスに『喰う』と脅されては流石のバンシーも泣き声を引っ込めざるを得なかったらしい。ひぐ、と嗚咽だけ漏らす。

「ふぇ……その人は、私が攫ったわけじゃないので」

「全くわからないってことはないだろ? 人間を閉じ込めている場所があるはずだ」

 紘也は手振りでウロに命じてバンシーを放させた。地下都市が実際どのくらい広いのか紘也たちには見当もつかないのだ。故に彼女の案内役は必須なわけで、まだウロに喰わせるわけにはいかない。なにより、人型の存在を喰らうシーンなんて絶対見たくない紘也である。

「えっと、トゥアハ・デ・ダナンには現在三つの『牧場(ファーム)』がありますぅ。たぶん、そのどこかじゃないかなって思いますぅ」

 どうにか泣き声を上げずに説明してくれたバンシーの言葉に、紘也は引っ掛かりを覚えた。

「牧場だと?」

 バンシーは間違いなくそう言った。ただ閉じ込めているだけなら牢獄や収容所のような表現になるはずだ。

「あんたらまさか、人間を家畜にしてんですか!?」

「ひぃいん!? こ、こここ殺さないように管理して魔力を定期的に貰っているだけですぅ!?」

「それを家畜って言うんですよ!?」

 ウロに胸倉をぐわんぐわんされてバンシーは再び泣きそうになっていた。種族の特性とはいえ涙腺が緩すぎる。

「一カ所ずつ案内しろ。具体的にどう動くかの判断はそこを見てから決める」

「ううぅ、わかりましたぁ。大人しく、あなたたちに従いますぅ……」

 命じられ、バンシーは渋々といった様子で歩き出す。

「あ、隙をついて逃げられては面倒なので首輪しときますね」

「バレた!? ふぇええええんこれじゃ私が家畜ですぅうううううう!?」

 ウロに首輪を嵌められ、実は逞しくも逃げようとしていたらしいバンシーは全力で涙目になるのだった。


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