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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
151/228

Section3-8 一夜が明けて

 夜が明けた。

 キリアンの死体はこちらで処理して連盟に搬送する手配を整えたが、流石に崩壊した秋幡家をどうにか誤魔化すのは時間的にも技術的にも不可能だった。

 事後処理は葛木家が勝手にやってくれたため騒ぎにはなっていない。それでも住人だった紘也たちが帰ってきたらショックを受けるだろう。

 紘也たちを見張らせている後輩たちによれば、少々トラブルもあったようだが、今は外出先の遊園地にあるホテルに泊まっているのだとか。帰ってくるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。

 それまでに、この街に潜む危険因子は取り除かなければならない。

 キリアンは死んだ。だが、天明朔夜が紘也を狙わないとは限らない。奴は孝一たちの主人を殺す気でいる。それが劉文海だと誤解してくれている内はいいが、もしも秋幡辰久だとバレれば息子の紘也を見過ごすとも思えなかった。

 その天明朔夜の行方は、今のところまだ掴めていない。

「あぁ~、面倒臭いことになってもうたぁ~! 妖刀はまた盗まれちゃいましたてへぺろっ☆ とか報告したらボクが会長にめっちゃ叱られてまうがなぁ~!」

 喫茶店『秦皮(とねりこ)』のテーブルに頭を抱えて突っ伏す劉文海。

「孝一はん頼むで! 絶対あの怖いあんちゃん見つけたってや! 報酬は言い値で払うさかい!」

「わかっている。奴の方もオレたちと接触する気ではいるみたいだったから、時間の問題だろう」

 もう一日この街にいる。天明朔夜はそう言った。今日中のどこかで孝一たちとコンタクトを取って来るに違いない。依頼を無償で引き受けるとも言っていたので、いきなり劉文海を暗殺したりはしないと思いたいところである。

「孝一先輩、ちょっと休んだ方がよくないですか? 徹夜ですよね?」

 マスターの淹れてくれたコーヒーを飲む孝一の顔を、美良山仁菜が心配そうに覗き込んできた。

「問題ない。オレたちはやろうと思えば睡眠を取らず十日は普通に動ける」

「うわぁ……なんか、本当に普通の人間じゃないんですね」

「怖くなったか?」

「ちょっとだけ。で、でもでも! 私だって呪いとかできちゃいますから普通じゃないですよ!」

 その呪いも試してみたが、美良山が天明朔夜の顔を見たのは一瞬だった。うろ覚えの状態では似顔絵は描けない。描けたとしても、妖刀を持つ天明朔夜には効かないだろう。

 ――そもそも奴は妖刀の呪力すら抑え込みやがったからな。

 孝一たち元『ラッフェン・メルダー』の暗殺者には魔力がない。魔力がないということは、魔術的なことに対する耐性が皆無ということでもある。単純な攻撃魔術であれば魔改造で強化された肉体で堪えることもできるが、呪いのような内側から侵す術だと自前の精神力で跳ね返す他ない。

 ヤマタノオロチの〝霊威〟にあてられつつも妖魔化しなかったのは、孝一が精神力だけでなんとか抵抗していたからだ。

 孝一は飲み干したコーヒーのカップをそっとコースターに置く。

「オレはもう一度奴の探索に行ってくる」

「孝一はん、見つけよったらまずボクに連絡してな? 通信用の護符は持っとるやろ?」

「ああ」

 頷いて立ち上がると、孝一は服の内側に隠した装備を確かめてから店の外に出た。

 数メートルほど歩いて立ち止まる。喫茶店『秦皮(とねりこ)』と民家の隙間に後輩の一人が立っていた。

 天明朔夜を追わせている後輩ではない。

「先輩、彼女・・が何者かと接触しました。どうします?」

 怪しい行動を取っていた魔術師見習い――シトロンの動向を探らせていた後輩だ。

「案内してくれ。いい加減に話してもらわないとな」

「こっちです」

 喫茶店の前の通りを中型トラックが通り過ぎる。その一瞬で孝一たちの姿は幻だったかのように消えていた。


        ∞


 空が白み始めた早朝の住宅街は、昨日あれほどの騒ぎがあったにも関わらず静まり返っていた。

 崩壊した秋幡家だけは複数の人間が出入りしている。現場検証をしているのは警察ではなく、黒装束を纏った葛木家の陰陽師たちだ。

 シトロンは彼らに悟られない距離から様子を覗きつつ、スマートフォンでどこかに電話をかけた。

 コール音はしばらく続いた。まだ寝ているのか、それとも周囲の者たちに気取られないように移動しているのか。

 どうやら、後者だったようだ。

『ふにゃあぁ……こんにゃ朝っぱらからにゃんの用にゃ? みゃあまだ眠いにゃ……』

 電話が繋がるや否や、大欠伸と共に迷惑そうな少女の声が聞こえた。

「おはよう、キャシー。そっちの様子はどう?」

『にゃあ。こっちは問題にゃいにゃ。昨日ちょっと秋幡紘也にバレそうににゃったけど、にゃんとか誤魔化したにゃ』

「ならよかったわ。あなたも無事みたいね」

 猫語で喋るキャシーと呼ばれた少女の報告に安堵しつつ、シトロンは手短に要点だけを伝える。

「こっちは決着がついたわ」

『――んにゃ!?』

 予想以上の驚きの声が上がったのでシトロンは思わずスマホを耳から放してしまった。

『本当かにゃご主人!? 本当にもう全部終わったにゃ?』

「少々予定外だったけど、邪魔だったキリアン・アドローバーは始末されたわ」

『じゃあ、みゃあの『秋幡紘也たちを蒼谷市の外に連れ出す』って役目も終了にゃ? よかったにゃ、これでもうウロボロスたちにボコられずに済むにゃ!』

「待って、キャシー。決着はついたけど、今は別の問題が――」

 言い終る前に通話は切れてしまった。かけ直してみるが、次はいくら待っても繋がらなかった。

「……あの子のことだから、すぐ帰ってきそうね」

「どうしますか? 私が現地に飛んで伝えてもよろしいですが」

 溜息をつきながらスマートフォンを仕舞うシトロンの背後から声がかけられた。そこにはシトロンと同じ魔術師連盟のローブを纏った女性が従者のように立っていた。

「もういいわ。電話の向こうから声が聞こえたから、たぶんバレたと思う」

「では」

「うん。予定通り、作戦を第二段階に移行するわ。家が壊れちゃったのはアレだったけど、手間が省けたと思って利用しましょう」

 シトロンはもう一度崩壊した秋幡家を見る。あの状態を秋幡紘也たちが知ってしまう前にある程度の準備を終わらせておかなければならない。

 一つ懸念があるとすれば――

「天明朔夜でしたか? そちらの件はいかがいたしましょう?」

 従者の女性がその懸念を口にする。だが、その件に関しては必ずしもシトロンたちが動かなければいけないわけではない。

「あっちはコウに……諫早孝一に任せておけばいいわ。魔術師見習いの私なんて寧ろいない方がやり易いはずよ」

「私が排除してもよろしいのですよ?」

「あなたに動かれると面倒事が連鎖するのよ。それにたぶん、ウロボロスと戦うことになるわ。今は力を温存しておきなさい」

「……御意」

 従者の女性が頷いたことを認め、シトロンは踵を返した。

「じゃあ、行くわよ。まずは葛木家に――」


「行かせると思うか?」


 ギラリ、と。

 シトロンの首筋にナイフが添えられた。

「――ッ!?」

 全く気づかなかった。否、いるかもしれないと警戒はしていた。

 なのに、諫早孝一は実際にナイフを突きつけるまでシトロンに接近はおろか存在すら気取らせなかった。

「流石、としか言えないわね」

 シトロンは両手を上げつつ感嘆した。

「言え、お前の目的はなんだ? 劉文海の付き添い。キリアン・アドローバー討伐の手伝い。それ以外になにを企んでいる? 美良山は関係してないようだが」

 普段隠されている殺気が一気に放出される。ぶるっとシトロンの華奢な体が無意識に震えた。

 殺されるかもしれない恐怖に堪えながら、シトロンは思考する。

 話しても構わない。寧ろ協力してもらうべきかもしれない。

 けれど、話してしまうと全力で阻止される可能性がある。それでは困る。

「それに、そっちは人間じゃないな?」

 諫早孝一が従者の女性を睨む。

「へえ、わかるの? 魔力を感じられないあなたが?」

「わかるさ。魔導具や術式を探す感覚と同じだ。ただの魔術師とは『臭い』が違う」

 その『臭い』とやらが言葉通り嗅覚的意味ではないことくらいシトロンも知っている。第六感に近い『ラッフェン・メルダー』の暗殺者特有の勘だ。

「なら、こんなことしても無意味だってわかるんじゃないの?」

「なに?」

 諫早孝一が疑問の言葉を返した時には既に、彼の体は上下逆さになって宙を飛んでいた。

「――なっ!?」

 従者の女性が一瞬で諫早孝一をシトロンから引き剥がして投げ飛ばしたのだ。

 空中で体勢を整えて諫早孝一は着地する。そこに彼の後輩と思われる少年が臨戦態勢で駆け寄ってきた。

 身構える従者の女性をシトロンは手で制す。

「これ以上はやめて。葛木家に気づかれてしまうわ」

「御意」

 従者の女性は構えを解いて数歩下がる。それを見てからシトロンは改めて諫早孝一と向き合った。

「秋幡紘也にはちょっかいを出すけれど、別にどうにかしようってわけじゃないわ。だから邪魔をしないでくれる?」

「そう言われてオレたちが『はい、わかりました』なんて答えると思うか?」

 予想通りの回答だ。なにせシトロンは彼らの最優先事項に触れているのだから。

「仕方ない、か」

 溜息をつき、シトロンはそっとフードを取った。

 すると、シトロンの顔を見た孝一の表情が僅かに驚きの色を見せる。

「やっぱり、そうだったか……」

「うん、そういうことよ。お願いだから邪魔をしないで、コウ兄・・・

「ああ、わかった。お前がなにを考えているか知らんが、もう手出しはしないさ」

「いいんですか先輩!?」

 納得した様子の諫早孝一に後輩の少年が驚愕して叫んだ。

「正体がわかったからな。これでオレたちは天明朔夜の件に集中できる」

「……あとでどういうことか教えてくださいよ?」

 諫早孝一は不満そうな後輩をまあまあと宥める。それからフードを被り直したシトロンに一瞥すると、そのまま黙って姿を消した。

「私たちも行くわよ」

 シトロンも改めてそう言って踵を返す。


「まずは、葛木家の宗主に会わないとね」


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