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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
142/228

Section2-7 猫娘の不審

 西日も完全に落ち、夜の闇がブルーオーシャンワールドを支配する。

 海水湖で幻獣ギュウキを撃破した紘也たちは、予約していた遊園地内のホテルの部屋で休んでいた。そもそも客は紘也たちしかいないので、予約する必要性は皆無だったが。

「遊園地とは思えんくらい真っ暗だな……」

 紘也は部屋の窓から夜景を眺めて感想を呟いた。

 オンボロ遊園地だがホテルだけは立派……ということは残念ながらなかった。外観は色褪せ、壁には罅が入り、内装も電気がつくだけでもありがたい状態である。紙一重で廃ビルと呼ばなくて済むレベル。

「紘也くん紘也くん、晩ご飯はどうしますか? 今日はけっこう力使いましたからあたしもうお腹と背中がペタホカヒョーンってくっつきそうです」

 変な擬音語を口にしながらウロが両手でお腹を押さえた。きゅるるるるっと可愛い音が鳴る。

「腹の虫も大暴れだな」

「い、今のあたしじゃあないですよ!?」

 ウロにしては珍しく顔を赤らめて抗議してきた。だが紘也の耳はしっかり聞いたのである。ウロの押さえたお腹から可愛らしい音が――

 きゅるるるるぅ。

「……マスター、お腹がすきました」

「こっちか」

 紘也の服を摘まんでくいくいと引っ張っているウェルシュが音源だった。彼女はちょっと前にコーヒーカップのお婆ちゃんから煎餅をごちそうになっているはずだが、ドラゴンの胃袋はそんなものじゃ満足しないらしい。

「晩飯か……近くにコンビニなんてあるわけないしなぁ」

 このホテルのサービスにディナーはない。なんなら朝食すら出ない。従業員はなぜかお年寄りばかりで、十八時を回れば一人残らずどこかへ帰宅してしまうらしい。出勤時間も気紛れ。意味がわからない。

「ホテルの厨房を使わせてもらうか。食材があるとも思えないけど」

「最悪ケットシーを食べましょう」

「お前は俺を殺す気か?」

「……じゅるり」

「そしてウェルシュは涎を拭こうな!」

 この二匹には未だケットシーは食材にしか見えていないのだろうか。仮に重度の猫アレルギーである紘也がそんなもの口にしたら余裕で死ねると思う。

《なんでもよいから早く吾に供物を寄越せ。人間の雄》

 カビの生えた布団の上にちょこんと座った和服幼女が偉そうに命令してきた。お化け屋敷で失神していたところを回収してきたのだが、目覚めるなり本気でめんどくさい山田である。

《供物がないなら魔力でもよいぞ?》

「まあ、缶詰くらいならあるだろ」

《人間の雄。缶詰ではなく魔力でよいぞ?》

「そういえばケットシーはどこ行ったんだ?」

 ケットシーは『キャシー』と呼べと言っていたが、正直慣れないから紘也はやめていた。ちなみに布団の上で《魔力……》と未練がましく呟いている山田はもちろんスルー。

「さっき『お花を摘んでくるにゃ』とかウザいこと言って出て行きましたよ」

 そう言ってウロが部屋の出入口を指差した。確かにそれは想像しただけで大変ウザい。

「ついでに探してくるか。あいつには一言文句が言いたい」

「ん? 紘也くんなんかケットシーに不満が?」

 ケットシーに不満。そんなもん数えるのが億劫なほどあり過ぎるが、今この時点で紘也が言いたいことは一つ。

「あいつ、なんで部屋一つしか取ってないんだよ!」

 そう、空き部屋など腐るほどあるだろうに、紘也たちに割り当てられたのは五人一部屋だった。女子とは認めたくないが幻獣四体と同じ部屋で寝るとなると身の危険がやばい。いろんな意味で。

「なにが不満なんですか! 同じ布団で肌と肌をくっつけてポカポカイチャイチャしながら朝を迎えましょうはぁはぁげへへ!」

「……マスターと同じ布団……同じ布団……」

《そうか。人間の雄が寝ている隙に魔力を奪えばクックック……》

 紘也の徹夜が確定した。

「俺の布団に指一本侵入してきたら刺す。――いいな?」

 グリフォンの〝王威〟もかくやという殺気に幻獣たちが正座したところで、紘也は食料を探しにホテルの厨房へと向かった。


        ∞


 誰とも擦れ違うことのない廊下を歩き、エレベーターは動かないので非常階段を使って一階まで下りる。

 ホテルの入口から見て左手側に食堂がある。遊園地の従業員が昼食を取る場所になっているらしい。本来は宿泊客に料理を振る舞う場所ではないのかという疑問は、もう思っても口には出さないことにした。

 そもそもこの遊園地が機能していること自体、紘也には不思議でならなかった。

「割と食べるものはあるな」

 紘也は厨房を漁っていくつかのレトルト食品と缶詰、米に小麦粉に各種調味料、あとお菓子類を発見した。賞味期限も大丈夫そうだ。勝手に持ち出すのは悪い気がするので、一応簡単なメモとお金を置いておくことにする。

 ガスコンロを捻ると、カチリと音がして青い炎が点火した。

「よし、ガスも通ってるな。レンジもあるからなんとかなりそうだ」

 レトルト食品や缶詰をそのまま食べるのも味気ない。ここは紘也流にアレンジして料理と呼べる物に仕上げよう。腕が鳴る。

「まず米を炊いて……それからコンビーフをほぐしてハンバーグに……あとツナ缶で簡単なスープでも……ん?」

 目の前にある材料でメニューを組み立てていると、食堂の外から声が聞こえた。


「――じょうぶ――順調――いってる――そうにゃ――」


 ケットシーだった。

 ロビーのソファにぼふっと腰を下ろし、携帯電話を猫耳に当てて誰かと会話している様子である。魔術師連盟の関係者だろうか? まさか封印されているはずのご主人ということはあるまい。

「……」

 気になったので、紘也は少し近づいて聞き耳を立てることにした。盗み聞き。ケットシーに対してだとこれっぽっちも罪悪感を覚えない不思議。


「ご主人――そっち――終わるにゃ――今晩――」


 まだ遠くてよく聞こえない。紘也は忍び足でさらに近づくことにした。ただし、猫アレルギーが発動する圏内には入れないから、そんなに近づけないのだが……。

「――了解したにゃ」

 紘也が猫アレルギーを警戒している間にケットシーは通話を切ってしまった。仕方ないので声をかけることにする。

「なにを了解したんだ?」

「ふぁにゃあっ!? に、ににに人間!? にゃんでこんにゃところにいるにゃ!?」

 めっちゃ動揺した。それはもう、髪の毛が逆立って直立になるくらいケットシーは動揺していた。

「誰と電話してたんだ?」

「えっと……みゃあたちの上司にゃ。ご、ご主人と連絡がつかにゃくにゃったから心配してかけてきたようにゃよ」

「本当は?」

「本当にゃ!?」

 紘也がジト目で睨むとケットシーは物凄い勢いで目を泳がせた。怪し過ぎる。

「とにかく人間には関係にゃいことにゃ! それよりみゃあはお腹がすいたにゃ! ご飯はまだかにゃ?」

 あからさまに話題を逸らしにかかってきたケットシーだが――ゴトン! 彼女のシャツの中からなにか丸い物体が三つほど落ちてきた。

 さんま缶だった。

「……」

「……」

「……」

「……お前、実は一人で缶詰食べようとしてたな?」

「ち、違うにゃみんにゃで食べようと思って持って帰ろうとしてたにゃ!?」

「じゃあその口元についたさんまの身はなんだ?」

「しまった食べカスがッ――あっ」

 口元を腕で拭ったケットシーは嵌められたことに気づき顔を青くした。紘也は諦めたように溜息をつく。電話の件も誤魔化されたことにして、まずは食事が先だろう。

 その後でじっくり尋問すればいい。

「別に怒ってないから部屋に戻ってろ。晩飯作って持っていくから」

「わ、わかったにゃ。……人間のご飯おいしいから楽しみにゃ♪」

 こくりと頷き、ケットシーは逃げるように非常階段を上って行った。紘也のご飯が楽しみなのは本当のようで、その足取りはどこか弾んでいた。


 そして、紘也が料理を作って部屋に戻ると――

 さんま缶の件がここでもバレたらしく、ケットシーは袋叩きに遭って気絶していた。


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