また出番が来たのです。
飛んでいった古代赤竜の後を追うように私達は木立の中を歩いていきます。
走るなんてはしたないのでこれが正しい姿なのです。
それに、真のヒロインは最後に現れるものと決まっています。
この時間差を大事にしたいじゃないですか!
「主、さっさと行こうよ。赤が気になるし」
クロちゃんはこの美学に理解が無いようです。
しかし、相手が同族なのですから気持ちも判ります。
「大丈夫ですよ。あの程度の攻撃で何とかなるほど、古代竜は弱くはないでしょ?」
「それはそうだけど、主の蹴りは詐欺だから、心配だよ」
さり気なく酷いこと言われた気がします。
「わたしの蹴りの何処が詐欺なのです。とても優しく、まるで天使のような慈愛に満ちた蹴りだったですよ?」
「……うん、そうだね」
クロちゃんの反応が冷たいです。
天使本人が言ってるのですから間違いはありませんよね?
ならば他の人に――
「エクレアさん。私の蹴りはどうでしたか?」
エクレアさんは話し掛けられると思っていなかったらしく、エルフ特有の長耳をピクリとさせて驚くと、言い辛そうに目を幾分泳がせています。
しかし、私がジーっと期待するように見ていたら、やっと口を開いてくれました。
「ええと、ユイ様、まさに夜空を切り裂く流星のような蹴りだったかと――」
「……それは、誉められている気がしないのですが?」
思わずジト目になってしまいました。
確かに流星は綺麗ですけど、切り裂くという単語はどうみても暴力的に聞こえます。
夜空を煌くなら、私の仕草が素敵と取れたのですが、明らかに違いますよね!
「その……実際凄かったですから!」
「何が凄かったのですか?」
私の非難する口調に、エクレアさんは少し顔を引き攣らると、急にハッと気付いたような表情に変りました。
「あれです。ユイ様の可愛い仕草がとても綺麗で流星のようにすぐ終わってしまったのが残念だったのです」
「そうですか――やはり私は可愛いのですね! 仕方ありませんねぇもう」
エクレアさんたら、照れてしまいますよ!
そのエクレアさんは胸に手を当ててふぅと息を吐いています。
急にどうしたのですかね?
あっ! 判りました。
これはきっと、胸の大きさが気になるのでしょう。
エクレアさんはエルフ族特有の華奢な体付きです。胸も残念なものなのです。
女の子が悩むのは仕方ありませんね。
私も昔は寄せて――無いです! そんなことはした記憶がありません。
女は胸じゃないと声を大にして言います。
それに現在の私の胸は良い感じに出ているのです。
まるで問題がありませんね。
その間、クロちゃんはというと呆れたように肩を竦めていました。
暫く歩いていくと、森の木々が途切れ広場みたいになっている場所がありました。
1本の大樹があり、その周りには本来草が生い茂っていたのでしょうが、焼け焦げて土が現されています。
残された大樹も引き裂かれたように削られ、少し押せば傾きそうに見えました。
ちょっと押してみたいのは可憐な乙女心ですよね。
更に近付くと、大樹の木陰に緑色の髪をした人が座っているのを発見しました。
疲れているみたいです。
「古代緑竜様!」
エクレアさんが驚いたように叫びました。
古代緑竜は初めから気付いていたようで私達の方を見ています。
「おお、あれが緑ちゃんですか、クロちゃんに似ているような」
「そうかな? 僕の方が断然カッコイイと思うけどね」
クロちゃんが自信満々です。
そんなことを話しながら緑ちゃんの側まで近付くと、その間に緑ちゃんも立ち上がって私達に警戒した目を向けています。
近くで見た緑ちゃんは、緑色のロングヘアに緑色の目をした、13歳ぐらいの美少年でした。
クロちゃんの方が多少年上に見えますが、温厚そうな顔付きといい、きっと優しい古代竜なのでしょうね。
緑ちゃんは、クロちゃんを見た瞬間、えっと目を丸くしました。
「大きな力が近付いてきたと思ってたけど、なんでクロ兄さんがいるの?」
「緑、久しぶり、お前と赤が悪さするから、助けてとこのエルフのエクレアに言われてきた」
クロちゃんに紹介されたエクレアさんは緑ちゃんに向けて丁寧に頭を下げました。
「そうなんだ、君がエクレアさんかな? エルフの皆には迷惑かけてるね」
「いえ、リョクオウ様、とんでもありません」
エクレアさんが慌てて両手を振って否定します。
「言われ無くても判るよ。実際この状況はボクも困っているぐらいなんだからね――でも、やっと納得した。放り投げた筈のアカネちゃんが凄い勢いで此方に向かってきたばかりか、通り越してアッチの方まで飛んでいったのだから……クロ兄さんが何かしたのでしょ?」
リョクオウさんだからリョクちゃんの視線の先には一本の道が出来ていました。
木がその部分だけ削られたように千切れ飛んでいて酷いことになっています。
だ、誰がしたんでしょうね?
「うん? 僕は何もしてないよ? したのは主」
「へ?」
クロちゃんのその言葉にリョクちゃんは間の抜けた顔を披露します。
ちょっと可愛いですね。
しかし、紹介されたからには私も華麗な名乗りをして名誉挽回――
「だから、やったのは僕のマスターでユイ様だよ」
その瞬間、クロちゃんに先を越されました。
むぅ! クロちゃんを恨めしそうに睨みます。
「主、どうせ可愛く見せようとか変なこと考えてたでしょ? 時間かかりそうだから僕が紹介した」
「酷いですよクロちゃん。私の見せ場なんですよ! やっとラスボスまで到着したのに、名乗りを上げる前に倒される勇者みたいじゃないですか!」
「主はどっちかというと勇者より、お姫様だから大丈夫」
お姫様……そのクロちゃんの言葉には少し嬉しいものがあります。
女の子はお姫様に憧れるものなのです。
白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのが定番ですよね!
私がふふふと喜んでる間に、
「ええ? クロ兄の主って、どういうこと? クロ兄より強い者なんてこの世に居ないじゃない?」
リョクちゃんが驚いたようにクロちゃんを問い詰めます。
クロちゃんはふっと鼻で笑いました。
「緑、さっき強い力を感じたと言ったな? それは僕じゃない、僕の主を見てみるといいよ?」
「あ、うん……」
「はい!」
勿論私は此処ですよと手を上げてアピールします。
リョクちゃんは、素直に私を注視すると……「うぇ」口を半開きにし、そのままお地蔵さんのように固まりました。
「……またこのパターンですか――どうしてこう皆固まるのでしょうね?」
この状況にしたクロちゃんを非難するように見ます。
「だって、主は天然だから気付いてないだろうけど、実際主から駄々漏れになっている力は凄いんだよ。力あるものなら恐れ慄く程にね」
「ふーん。そうなんですか? でもクロちゃんはそんな風になりませんよね?」
「それはね。主が僕を身内だと思ってるからだよ。他の者と違いその力は僕に与えられているんだ。じゃなかったら古代竜である僕が主と同じ量の食事で満足出来る訳が無いよ」
「なるほど、世の中奥が深いんですね」
「主が気にしなすぎなんだよ。そういうところが好きなんだけどね」
「え? 今最後になんて言いました?」
ツンデレのクロちゃんにしては珍しく素直なのです。
これは、追求しなくてはいきませんよね!
そのクロちゃんは一気に顔が赤くなりました。
黒い瞳が弱々しくなる様は、抱きしめたく成るほどです。
「あ、主は気にしなすぎなんだよ――かな」
「むふふ、嘘は良くないですよ。その後にちゃんと聞きました!」
「主って意地悪だよね!」
「そんなことは無いですよ。クロちゃんの口からもう一度聞きたいだけです」
人の悪い顔を浮べてクロちゃんに微笑みます。
「う、うう」
「ほらぁ、早くぅ」
唸り声を上げて戸惑うクロちゃんに、私は機嫌良く催促します。
目と目が交差し私の笑顔がクロちゃんの瞳に写りました。
そこで、クロちゃんが折れます。
「ああ、もう! 主のことが好きなんだよ。これでいい!」
おおっ真っ赤な面積が首の方まで広がっています。
やはりクロちゃんは可愛いですね!
「ええ、これだけでも此処に来た甲斐があったものですね」
「もう! 主覚えておいてよね!」
「はい、クロちゃんが好きと言ったことは絶対忘れないですよ」
「それはいいの!」
全くクロちゃんは素直じゃありませんね。
さて、良い事も聞けたことですし、本来の役目を果たしますか。
私は此処に仲裁に来たのですよ。
ですが、このままリョクちゃんが固まっていると話になりません。
「ええと、エクレアさん。いつものやっちゃってください!」
「ええええええええ!!」
私がイイ顔で宣言すると、エクレアさんが絶叫して首を嫌ですとばかりに左右に振っています。
何故でしょう、適材適所だと思うのですが。
「エクレアさんは、モンちゃんを何度もこの状況から復帰させているじゃないですか、今回もアレをして欲しいだけですよ?」
「そう言われましても……女王様と違い、リョクオウ様に手を上げるなんてとても恐れ多くて…・・・」
モンちゃん実は嫌われてるのでしょうか?
しかし、このままという訳にはいかないのです。
「まぁまぁ、気にする事はないですよ。試しに同じ古代竜ですしクロちゃんで練習してみますか?」
「僕は嫌だ。エクレアさっさとやれ」
「はぅ……」
クロちゃんはお前がやらないから僕にとばっちりが来るんだとばかりに、目に力を込めてエクレアさんを睨んでいます。
お蔭でエクレアさんが萎縮して半泣き状態です。
「うーん。ならこうしましょう! エクレアさんの1発芸でリョクちゃんを復活させて下さい」
「な、やります! 今すぐ起こします!」
何故かエクレアさんが急にやる気になりました。
自分で言ったことですが、急な変化に少し驚きます。
又、耳が動くのを見たかったのに、残念です。
「では、どうぞですよ!」
「はい……それでは」
エクレアさんが、手にスリッパを持ち、思い切り腕を振り上げます。
本当に何処に隠し持っているのでしょう。
そして、スパコーンという音と共に、
「なっ! 痛~~」
リョクちゃんの悲鳴が聞こえました。
エクレアさんはすぐに移動し、私の背中に隠れるようにしてその様子を伺っています。 相変わらず、エクレアさんのこの技は凄いですね!




