第35話
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
※少し長いですが、分割せず公開します。
出だしに不快な表現があります。苦手な方は回避してください。
トイレの中で、要は先ほど食べたものを吐き出していた。
全身で息をする。唾液と共に涙や鼻水が出て、それをトイレットペーパーで拭う。
たった今見たヴィジョンを思い出そうとするだけで、全身鳥肌が立った。身体が震え、何も考えたくはなかった。
要は、自分を必死に落ち着かせてからトイレを出た。二階へ行こうと階段に目を向けると、祐介が階段に座っていて、要の姿を見るなり立ち上がり、不安と困惑の混じった顔をした。要は自分が今、どんな表情をしているのか分からなからず、また、どんな表情をすればいいのかも、分からなかった。
二人は黙って二階へ上がり、祐介の部屋に入ると、祐介は要の正面に座り何も話しかけないで、ただ黙ったまま要を見つめた。
暫くして、要が弱々しい声を出した。
「ごめん、今日は帰るわ」
「要」
「今度、ちゃんと話す」
鞄の中に自分の荷物を乱暴に詰め込むと、部屋を出る。その後を、祐介がついて歩いたが、玄関を出るまで要は一度も祐介の顔をまともに見ようとはしなかった。
「また、電話するわ」
「……大丈夫?」
心配そうに囁く祐介の声に、要は軽く手を挙げて家を出て行った。
祐介の家からだいぶ離れた場所に来ると、道路脇によってその場にしゃがみ込み、苦しそうに咳を繰り返す。
口元を押さえ、空嘔吐を繰り返すが、道行く人は不審そうに遠巻きから見ているだけで、誰一人介抱しようと近寄る者は居なかった。要にとってはその方が有り難かった。気分の悪さが落ち着くと、よろよろと立ち上がり、歩き出した。
調べなくてはいけないことがある。
そう、自分に言い聞かせ、一歩ずつ歩く足に力が入り始める。顔を上げたその表情は、先程の苦しげな顔とは違っていた。
ふと、若い女の笑い声が耳に付いて、要はなぜか、そちらに顔を向けると、その瞳が、大きく見開く。
「あいつ……」
要の眼の先には、歌穂が付き合っている塾講師の男が、若い女と腕を組んで歩いていた。
ふつふつと、腹の底から怒りが湧いてきた。それでなくても気分が悪いのに、輪をかけるように気分が悪くなった。
「おい、あんた」
気がつくと、要は男に声を掛けていた。
男は不審そうに要を見た。
「随分と色んな女に手ぇ出してんだな」
「はぁ?なんだ、お前」
「佐伯歌穂」
男の顔が一瞬青ざめ、歪んだ。心の中は、焦りで言葉が言葉ではなくなっている。男は生唾を飲み込むと、開き直るかの様に口を歪ませた。
「はあ?誰だ?知らないね」
「知らねぇだ……」
要は握った拳を、思い切り男の腹に押し込んだ。
その瞬間に脳裏に流れたヴィジョン。
妻子がいながら、幾人もの少女と関係を持っていた。その中に、歌穂の姿もあった。
通りがざわついた。女が金切り声をあげて叫ぶ。
「二度と、歌穂に近寄るな」
そう言い捨てると、要はその場を去った。
屈むようにして動かない男の隣に、女が「大丈夫?」と何度も声をかけていた。だが、誰一人、要を追いかけて来る者はいなかった。
我、関せず。
どいつもこいつも。全く、今の俺には都合がいい時代だ、と、自分の心に悪態をつき、自分の心に向って唾を吐きだした。
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