第16話(5)
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
歌穂は以前、要に他の人はどのくらいの頻度で悪口雑言を心の中で言っているのかと聞いたことがある。すると、要は本当に嫌そうに「毎日、毎分、暇さえあれば」と答えた。
「誰かしらの気に入らないところを見つけては思ってる。それが、人間だよ。まあ、俺もその一人か。そういった声が聞こえる度、そいつに対して、バカじゃねえ、とか思ってるしな」
というと、困ったような悲しそうな笑顔を見せた。
歌穂はそれに何も答えることが出来なかった。そして同時に、要の心の強さを知った気がした。
もしも自分が要の立場だったとき、こうして生きていることが出来るかどうかすら、自信がなかった。毎日、人の感情が、それも大半が罵詈雑言ばかり聞こえてきて、その中に、自分の悪口でも聞こえてきた日には、外に出ることが怖くなる。それだけではない。その悪口がどんなものか、誰が言っているのかによっては、生きていることが辛くなるのではないだろうか。しかし、要はそれらの声が聞こえていても、人と接すること、生きることを止めようとしていない。そう考えると、要の強靱な精神に、歌穂は尊敬すら覚えた。
「歌穂?」
名を呼ばれ我に返った歌穂は、「ごめん、なに?」と振り向きざま、拭いていた丼を手から滑らせ、落としてしまった。重い音を立てて床に落ちた丼は、見事に割れた。
「ごめん」
歌穂は慌てて破片を拾おうとしゃがみ込むと、「いいよ、俺がやる」そう言って同時にしゃがみ込んだ要の手が、歌穂の手と触れ合ってしまった。
ふたりは急いで手を引っ込めたが、要は頭を垂れ、片手で目元を覆うと、小さく呻き声を上げた。
「ごめん、歌穂……」
「……」
しばらくして、要が顔を上げた。歌穂の顔は微かに青白く、強張っている。要は顔を歪め、黙ったまま立ち上がり、背を向けた。
「カナちゃん……」
要の背中に、歌穂の擦れ震えた声が弱々しく当たり、要は答えることなく台所を出ると、箒とちりとりを持って戻ってきた。ふたりは黙ったまま割れた丼を片付けた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
同時進行でbooks & cafeが舞台の現代恋愛小説
『光の或る方へ』更新中!
https://book1.adouzi.eu.org/n0998hv/
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




