第7話(2)
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教室に担任教師が入ってくると、要は終始、目の前に座るニコガミくんを観察していた。不思議なことに、ニコガミくんからは何の「声」も聞こえてこなかった。ただ単に、自分を知らないだけだ、と要は思ったが、これから誰からか噂を聞いて、恐れ嫌うのだろう。そんなことを考えていると、ニコガミくんから紙切れが回ってきた。進路調査書だ。要は小さく息を吐き出すと、鞄を漁った。が、探し物はみつからなかった。そう言えば、と心の中で舌打ちをする。昨晩、竜太の勉強を見るのに筆箱を出して机の上に置きっぱなしにしていたのだ。どうしたものかと悩んだ。こんな時、歌穂が同じクラスならペンを借りることも出来たが、クラスが違うどころか、教室も離れすぎている。要は、仕方が無く進路調査書を丸めて、目の前のニコガミくんの背中を突いた。
ニコガミくんは不思議そうに振り向くと、「何?」と囁いた。
「悪いんだけど、シャープペン貸してくんない?」
要は小さな声で言った。
ニコガミくんは「ああ、うん」と返事をすると、快く貸してくれた。要は礼を言い、調査書に記入事項を書いていった。
ホームルームが終わり、要はシャープペンの背中でニコガミくんの背中を突くと、ニコガミくんは振り向きにっこり微笑んだ。身体を横に向け椅子に座り直し、にこにこと要に微笑む。
「これ、ありがとう。助かった」
「うん」
ニコガミくんはシャープペンを受け取ると、要の手を大きな瞳でじっと見つめてくる。
要は心のどこかで警戒しながらニコガミくんを見ていた。はっきりした二重まぶた、整った鼻梁、口角の上がった薄い唇。顔は小さく童顔だ。背も見るからに小さそうだと思った。
「君は」
ニコガミくんの口が動いた。
「君は、手のモデルかピアノの奏者なの?」
「へ?」
要が気の抜けた声を上げると、ニコガミくんは要の手袋をはめた手を指さす。
「手袋してるから」
「ああ、これは……」
要は驚きながらも、いつもの台詞を言った。
「俺、潔癖性なんだ。すっげえ。だから、手袋いつもはめてんの。ああ、ついでだから言っておくけど、他人に身体触られるのも嫌なんだ。だから、俺に用があるときは触らないで、名前呼んで?」
「そうなんだ」とニコガミくんは、大きな目を益々大きくして驚いて見せた。
「それは大変だよね。わかった。触れないよう、気をつけるよ。あ、でも、さっき大丈夫だった?椅子ぶつけちゃったとき、当たらなかった?あと、僕のペン。あれ、古いやつだったんだけど、平気?」
ニコガミくんは本当に心配そうに言った。が、心の声も、申し訳なかったなあ、と囁いていた。
触れもせず、善の心の声を聞くのは、久しぶりだった。要は益々驚いたが、自然に笑みがこぼれた。
「ああ、平気。手袋してるし」
「そう。よかった。あ、僕は二戸神祐介。元B組。君は?」
「俺は藤森要。元F組」
「よろしく」
「ああ。あ、それより、おたくさ、ニコガミで良いんだ?読み方」
「うん。珍しい名字だから、一瞬読み方分からないよね。でも、見たそのまま」
そう言うと、二戸神祐介はにっこりと口角をあげた。益々、童顔になる。要は二戸神の笑顔を見ながら、心の中で、さてはて、この笑顔がいつまで自分に向けられるだろうか、と思っていた。多く見積もって、せいぜい三日が良いところだろう。
だが、その三日が過ぎても、二戸神の笑顔は変わることなく要に向けられた。誰かしらに色々聞いているはずなのだ。それにも関わらず、何一つ態度を変えず、「心の声」からも、なんの悪態も聞こえては来なかった。
変わった男だった。それでも、要はまだ、心のどこかで二戸神という男を受け入れてはいなかった。いつの間にか、心に壁を作るのが当たり前のようになっていた。誰に理解されなくても良い、自分が認める人達が側にいてくれるだけで良い。それ以上を望むと、裏切られた時のダメージは大きい。だったら、最初から相手を受け入れなければ、傷だってつかない。
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