第6話(1)
昇降口の前はクラス分け表を確認しようと、生徒たちでごった返している。
藤森要は、生徒たちの群れからだいぶ離れた場所で、ぼんやりとその様子を眺め、大欠伸をした。
「なんで思い出したんだぁ……」
こうしてぼんやりとしていると、どういう訳か思い出す。
子供のころに経験した、一番嫌な思い出。
人間は頭の中が暇になると、嫌な思い出を思い出しやすい生き物なのだと、誰かが言っていたことを思い出す。要は改めて、その通りだなと思う。
その嫌な記憶を振り払うように頭を振った。
ぼんやりとした表情のまま空を仰ぐ。
春の穏やかな日差しが眠りを誘うかのように要の頭上に降り注ぎ、それに応えるかのように再び大欠伸をする。
「カナちゃん」
要は白い手袋をはめた手で目尻を拭いながら、声のする方へ顔を向けた。
「おはよう」
春の穏やかな日差しを背負うように、色白で髪の長い少女が、笑顔で立っていた。
要は「おす」と言っただけで、すぐに顔を逸らす。
少女は要の美しく整った横顔を見つめ、「今日も寝不足?」と訊ねた。
「また明け方近くまでゲームやってたんでしょう?」
昇降口に群がっていた生徒たちが、先ほどより空いてきた。要は両腕を天に向かって突き上げるように伸ばすと、「まあね」と、欠伸交じりに返す。
「親父と竜太が来てんだ。小学校はいいよな。始業式、来週だって」
歳の離れた弟の顔を思い浮かべているのか、要は弟の名を愛おしそうに、薄っすらと笑みを浮かべながら言った。その眩しそうに目を細めた笑みが、少女に向いた。
「歌穂、今日うち来るだろ?竜太が会いたがってるんだ」
突然、自分に向けられた要の笑み。要の美しい横顔に若干見とれていた歌穂と呼ばれた少女は、数回瞬きを繰り返し、「ええ、分かったわ」と笑顔を作って答えた。
人が疎らになった昇降口を見て、要は「そろそろ行くかぁ……」と言って、のんびりと歩き出す。その後ろ姿を、歌穂は一瞥した。
白い手袋をはめた手。
「今年も一年、何事もありませんように」
歌穂は小さく呟くと、要の後を追った。




