第49話
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
※少し長いですが分割せず投稿します。
祐介と別れ、家に帰りついた時には、もう夜の八時を回っていた。
ひたすら疲れた身体を、とりあえず休ませたかったが、玄関のドアを開けた瞬間、疲れはどこかへ飛び、緊張が襲ってきた。
生唾を飲み込み、静かに靴を脱ぐ。
リビングから、聞きなれた父親の声と弟の声が聞こえる。そして、もう一人。
この声を聞くのは、何年振りだろうか。もう、何十年も昔のように感じる。
要は目を閉じて、リビングから漏れてくる声に耳を澄ませた。
懐かしくも、新鮮で、心が震える。
気がつくと、その場で立ったまま泣いていた。漏れそうになる声を、必死に抑えて。
だが、声は容赦なく喉を押し上げてくる。
ついに要の声は口から漏れ出た。
リビングの笑い声は静まり、代わりに「おかえり」と言う、優しい声が聞こえてきた。
要は顔を上げ、声の主を見る。
穏やかに微笑んだ母親が、そこに立っていた。
涙で滲んで、世界が光り輝いて見える。その眩しさに、顔を顰めると、ますます涙が溢れ出た。
「ただいま……」
やっとの思いで出た言葉は、弱々しく小さな子供のような声だった。
父親は要の肩を抱き寄せた。
「おかえり」
暖かい思いが、要の胸に流れ込む。
母親がここに来た経緯やそれまでの家族の記憶が、ゆっくり穏やかに。
それは、嫌なものではなかった。
それぞれが、色んな事に真正面から向き合い、生きてきた証。
竜太が要の手を取った。
学校での出来事が、要の中に流れ込む。辛いことも楽しいことも全て。それは、何とも愛おしい記憶だった。懸命に生きる弟の、大事な記憶。
要は弟の頭を優しく撫でた。
初めてのことだった。
竜太の驚きと嬉しさが、要の中にダイレクトに流れ込んできた。
リビングの中に入ると、母親が少し戸惑った様子で要に手を伸ばした。
細くきれいな手が、要の濡れた頬に触れた。
母親の暖かい想いが流れ込む。
子供の頃の様に、優しい愛情がこもった想い。
「母さん……。ありがとう」
要は心からそう思い、口にした。
母親は手をそっと離すと、要を抱きしめた。震える泣き声で、「ごめんね」と囁く。
「ずっと、こうしてあげられなくて。ずっと一人にさせて。本当にごめんなさい……」
「母さん……」
母親の記憶。
それは、この五年間を、全て温かな時間に変えるのではないだろうかと思えるほど、要には嬉しく、暖かい記憶だった。
離れて暮らす要を想い、写真を見て泣く日々を送っている母親。
カウンセリングを受けながら、必死に自我と戦う彼女の姿は、美しかった。
辛い思いをしていたのは、自分だけではない。
我が子を、傍に置いておけないことの辛さ、彼女がどれだけ要を愛していたかを、嫌と言うほど感じた。
今日、ここで要の帰りを待つと言い出したのは、母親だった。
その事実が、要は嬉しくもあり、戸惑いでもあった。
母親から離れると、二人はだいぶ涙も落ち着いた。
家族全員が揃うのは、要が家を出て以来だ。
何とも言えない空気が部屋の中を包み込む。気恥しいような、嬉しいような。そんな優しい空気だ。
「今日来たのはね、カナちゃんの誕生日をみんなでお祝いしたかったから。昔みたいに、皆でケーキを囲みたかったの……」
母親が鼻声で、穏やかな笑みを浮かべて話した。
改めてみる彼女は、随分と年を取っていた。綺麗で美しい母。今でも美しさはあるが、要の知る美しさではなかった。
「要、自分の誕生日、無関心だろ?」と、父親が言った。
要は照れるように視線を床に向けた。
母親と要が台所へ向かった。
「お兄ちゃん、ここ座って」
竜太が嬉しそうに要に声をかけた。
竜太にとっては、初めてと言っても良い家族団らん。要にとっては何十年分の時間にも思えた。
「ありがとう」
要は涙線のタガがはずれたかのように、涙を流した。
その涙は美しく、暖かいものだった。
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