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「一年前から結婚式の準備をしてきたのに、最後の最後でこんな顔にっ……! ずっとずっと楽しみにしてたのに……!」
ぽろぽろと泣き出す女性の肩を、エリーナはそっと抱く。
艶のある滑らかな髪からは、女性が丁寧に手入れを続けてきたことがうかがえる。エリーナの胸は痛んだ。
「一週間前までは何ともなかったと言ったな。何か心当たりはあるのか?」
「ええ。実は一週間前、少しでも綺麗になりたくて美容サロンへ行ったの。お勧めされたエステの施術を受けたわ。その日は特に異変はなかったのだけど、翌日からかゆみが止まらなくなって、その次の日の朝にはこうなっていて……」
「エステが原因の可能性もあるな。店には相談したか?」
「すぐにお店に駆け込んだわ。でも、『施術から時間が経っているから、うちが原因ではない』って取り合ってもらえなくて」
その後街の診療所を受診して皮膚炎だと診断されるが、一般的な炎症を抑える薬を塗って様子を見るしか無いと告げられる。
それから三日ほど経って今日に至るが、発疹はよくなるどころか悪化しているという。
不信感を抱いた女性がよくよく調べてみると、同様の被害を受けている客が他にもいることがわかった。女性と同じように対応をしてもらえず、泣き寝入りしているらしい。
「貴族様も通う隠れ家サロンと聞いていたから、悪い評判なんてあると思ってなくて。……その子たちも、自分だけだと思ってたみたいで、驚いていました。考えたくないけど、平民だからって適当な施術をされたのかもしれません。……グスッ」
女性はシュバルツが差し出したハンカチで涙を拭うと、悔しそうに唇を噛む。
「顔だけじゃなくて首も胸元も、エステを受けた場所全部がこんな状態なの。エステが原因じゃないはずがないんです。彼と結婚が決まって……人生で一番綺麗な自分で迎えたくて、貯金をはたいて受けた施術だったのに……。悔しい……っ」
再び涙を滲ませる女性。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったな。教えてくれるか?」
「あっ……、ごめんなさい。メグ・ハートよ」
「メグ、この一週間不安な日々を過ごして辛かっただろう。もう大丈夫だ」
エリーナは腕を伸ばし、そっとメグの頬に触れる。
皮膚の表面に魔力を滑らせて状態を確認すると、ふとした違和感を覚えた。
「……ちなみに、そのエステっていうのはどんなものなんだ? ただの美容施術ではないようだが」
「――! どうして分かったのかしら」
驚いたメグは目を瞬かせる。
「魔法使い様が趣味でやられている、知る人ぞ知る美容サロンなの。相手が魔法使い様では『責任を取ってくれ』って食い下がることも出来なくて……」
「なるほど。施術した部位から魔力を感じるのはそういうわけか」
エリーナは女性の患部に触れながら、しばらく何事かを考え込む。
メグが緊張した面持ちでその様子を見つめていることに気がつくと、エリーナは安心させるように表情を改める。
「すまない、不安にさせてしまったか? 肌はすぐに治すことができるから、先にやってしまおうか」
「えっ、本当!?」
「ああ。――中級治癒」
呪文とともに現れる淡い光。それはメグの全身を優しく包みこんでいく。
「わっ……!? これは魔法!? あなたは魔法使い様だったの?」
「ふふ。その昔、魔法を嗜んだことがあってな」
光が消えると、メグのひどい湿疹はすっかり元通りになっていた。
彼女は信じられないという表情で破顔する。
「ありがとう……ありがとう……っ! これでドレスが着られるわ!」
「この程度なんでもない」
ほんとうは人生で二回目の治癒魔法だったから、ちょっぴり緊張していたのだが。
照れくさそうに鼻の下をこするエリーナである。
「ときにメグ。一つ頼みがあるんだが、その美容サロンの場所を教えてくれないか? これ以上被害者が出ないように一言注意したい。それと、少し気になることがある」
「それは構わないけど、相手は魔法使い様よ? 逆らったら命の保証はないわ。大丈夫なの?」
「なに、構わん。同じ魔法に生きる者同士、話せば分かってくれると信じている」
そばに控えるシュバルツが非常に物言いたげな顔をしたが、彼は開きかけた唇を閉じた。
「善は急げだ。今から時間はあるか?」
「ええ。あっ、先に治してもらった代金を――」
慌てて財布を取り出すメグだが、中を見て眉を下げる。
「ごめんなさい。まさかこんなに高度な治療をしてもらえると思ってなくて、これしか持っていないの。必ず全額払うから、何回かに分けてもらえないかしら?」
「代金は相談内容にかかわらず、一律で銅貨一枚もらうことにしている」
「ええっ!?」
驚愕するメグに、エリーナは首を傾げる。
「高かったか? ならば鉄貨一枚でいい」
「いやいやいやっ! 魔法使い様に治癒魔法をお願いすると、最低でも大金貨百枚はかかるのよ!? 銅貨一枚は安すぎるわ!」
「儲けを出そうとは考えていない。シュバルツに不自由させないだけの生活費と、家賃分が確保できればそれでいいからな」
その言葉に、シュバルツがむっとした顔で口を挟む。
「もう牢獄の生活じゃないんだ。俺だって俺自身のことくらいどうにでもできる。それより自分のことを考えろ」
「私もなあ、金を使うあてがないんだよ。魂が肉体に馴染んできたから、食事も朝露と宵の星くずだけで充分になってきたし」
魔女は食物ではなく自然からもたらされるエネルギーを糧として生きる。
エレンディラだった時代も彼女自身は食事を必要としなかったが、なんとなく見栄えが良いので毎食豪華なごちそうをつくらせ、鑑賞だけして廃棄させていた。
食べ物を粗末にしたことも彼女が犯した罪の一つである。輪廻している間はつねに飢えていて、満足に食べられた人生はなかった。
「……まったく。どうなってんだよ、おまえの身体は」
シュバルツが呆れたようにこぼす。
エリーナは、そんな彼を見上げて幸せそうに笑う。
「だが、シュバルツが作る料理だけは不思議と美味く感じるんだ。また何か作ってくれないか?」
「……っ」
不意打ちのような言葉に、シュバルツは頬を赤く染める。
「おや、どうした? 顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「やっ、やめろ。身体を近づけるな」
背伸びしてシュバルツのおでこに触れようとするエリーナをいなしていると、メグが「あのー……」と気まずそうに呼びかける。
「時間はあると言ったけど、明日の準備もしたいから、早めだと助かるわ。勝手でごめんなさい」
「ああメグ、すまないな」
エリーナはにこやかに振り返る。
「とにかく代金は銅貨一枚で構わない。銅貨一枚を持たない者、払うことが難しい者は、いつか余裕ができたときに払うということで構わない。だから、困っている人にどんどんこの店を紹介してもらえると助かる」
「もちろん。こんな良心的なお店ならば、みんな大助かりよ」
「では、さっそく出かけるとしよう」
店の外に『休憩中』の札をかけて戸締まりをする。一行は悪質美容サロンを目指して出発した。




