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想いを秘めた少女の話

――――私は、貴方に昔会ったことがあります、と言ったら、お兄さんはどんな顔をするのかな。


 私の家はお金持ちだった。

 そう開き直って言えるようになったのは比較的最近のことで、昔の私は人からそれを言われることを過剰に気にしていた。実際に何か言われることは少なかったけど、お金持ちなんだと思われること自体が嫌だった。自分のことながら、自意識過剰気味な子供だったと思う。


 そんなある日のこと。

 私は商店街の周りで友達と遊んでいた。友達もお店の子ども達だったから、もしかしたら親に何か言われて私と仲良くしているんじゃないかと思うと不安だったけど、そんなこと聞けるわけないから、いつも考えないようにして笑っていた。


 この辺の子ども達はいつも適当に集まって遊んでいたから、たまに誰かの友達だったり、その友達の友達だったりが混じっていることもあったけど、基本は商店街の子達が中心だったから特に困ることもなかった。その日も私の知らない子が数人混じっていたけど、特に気にせずかくれんぼをすることにした。


 鬼に見つからないように、逃げ始めて、すぐにいつものメンバーとはぐれた。

 こういう時、やっぱり私と一緒にいるのは楽しくないのかな、なんて考えてしまう。

 そんな考えを振り払いつつ、私は適当な店の壁裏に隠れた。実際、もっといい隠れ場所はいくつか思いついたけど、やめておいた。見つけてもらえなかったら嫌だから。

 そのあとは無事に鬼に見つかり、鬼についていって他の子達を見つけていた。


 よし、それじゃあもう一回やろう、と誰かが言った。

 私はかくれんぼを始める前にたまたま人数を数えていたから、一人足りないことに気付いていた。

 よく考えると、今日初めて見た子が一人いなかった。

 その子を連れて来た子は気付いているようだったけど、この場のリーダーは上級生なので、言い出せないみたいだ。


 私はその子に、私が連れてくるからと伝えてその場を離れた。まぁ、私くらいがいなくなったところで特に困らないだろう。


 探していた子は、公園にいた。

 公園のベンチに座り、のんびりとソフトクリームを食べていた。

 ぽかんとその様子を見ていた私は、首を振ってその子に話かけた。


 見た目からその子は上級生みたいだったから、少し緊張したけど、次第にその緊張はほぐれていった。

不思議なところのある人だった。

 つっけどんで、こっちを拒否するような言葉を使うけど、その実彼の目はとても優しかった。気遣うような視線に、この人は妹でもいるのかな、となんとなく思った。


 少し話をしていると、私の普段の振る舞いについて突っ込まれた。

 普段だったら何のこと? と誤魔化していたと思うけど、その時は何故かつい、私のことを何も知らないこの子なら、と思ってしまった。


 私が悩みを話すと、彼は下らない、とでもいうように鼻で笑った。

 他の人にされていたらムッとしていたかもしれないけど、彼にされても不思議と嫌な気分にはならなかった。

 むしろ私にとっては切実な問題でも、この人にとっては笑い飛ばせるような話なんだということが分かって、少し嬉しかった。


 彼のことが気になった私は、彼に案内を頼まれて、引き受けた。

 私の知る近所の色々な場所を紹介して歩く途中、彼が言っていた。


「君は馬鹿だよ、考えすぎだ。人の目を気にして生きても、人は助けてくれないし、そもそも誰もそこまで君を気にしちゃいない。なんで、人よりお金持っていたら奢らなきゃいけなくなるんだ。そんなのお金持ちの家に生まれてラッキー、くらいに思えばいいんだよ。例えば、見た目がかわいかったり、足が速かったりするのと一緒でしょ。気にしてもしょうがないよ。だいたい、そんなことで嫌ってくる奴のことなんて、ほっとけばいいんだよ」


 今から冷静に考えると、もしかしたら大したことは言っていなかったかもしれない。当たり前か、その子も私より幾らかは年上だったかもしれないけど、所詮は小学生だっただろうから。

 でも、その時の私は間違いなく、その言葉に救われた。

 こんな私でも良いんだと思えた。

 視界が一気に広がったように感じた。

 自分の家のことで他人に引け目を感じていたけど、これは私の財産なんだと思えるようになった。


 そのことに呆然としていた私は、あ、皆がこっちに来たよ、とその子が少し慌てたように言っても、その場から動けなかった。抜け出してきてちょっと気まずいから、出来るだけ会わないようにしよう、と二人で話していたのに。


 そんな私を見て彼は、ああもう、と言って私の手を掴んだ。


「少し離れよう」


「えっ、あ、うん」


 そして私達は、薄暗い路地裏から外に出たのだ。



---



 その子のことは何も知らなかった。その日以降集まりに来ることはなかったから、名前も分からないままだったし、学校でもこっそり探してみたけど、私の通っている学校にはいないみたいだった。

 だから会えたのはその一度きりで、それ故に私の中で彼の言葉は神聖化されて、強く心に残っていた。何気なくあんな言葉を言える彼は、どんな人だったんだろうと考えながら眠る日もあった。彼のことを思うと胸が高鳴るような苦しいような感じがした。いつかまた会えたときの為に、私は頑張ろうと思った。彼に見合うくらいの人になりたかった。



---



 でも、結局それから彼とは一度も会わないまま月日は流れ、私は中学三年生なっていた。

 私は昔よりも少なくとも外見上は、ずっと明るい性格になっていた。それも、辛い時にはあの人の言葉を思い出して、乗り越えてきたからだ。……私の中ではちょっと、いやかなり、美化されて記憶に残っている彼の言葉を思い出して。


 最近の私はもう、彼との再会は諦めかけていた。

 あのあと彼を連れて来た子に聞いてみても、商店街でご飯を食べているのを見つけて連れて来ただけで、彼の名前も知らないみたいだったし。だから、多分もう会うことはないのだと漠然と悟った気になっていた。なんなら、彼と会ったこと自体が夢だったのかな、とまで思っていた。


 まぁ、別にそれならそれで構わない。

 そう思いながら隣の席に座り、夏休みの補習を受けている千夏を見た。

 めちゃくちゃに綺麗な黒髪が、ぱっちりした瞳の横に垂れていて、それを耳に掛けながら先生の話を聞いてペンを走らせている。

 綺麗で、そして優しい女の子。私の親友で、憧れでもある。


 千夏は隣の小学校だったらしくて、中学校になってから知り合った。きっかけは、入学式の時点で既に噂になっていた千夏に、私が声を掛けたこと。

 皆の言うように、この子には普通の人にはない華のようなものがある気がした。実際、性格も本当に同い年かと疑いたくなるほどの大人びていて、私も見た目だけなら大人びて見られることはあったけど、この子は見た目だけじゃなく中身も本当に大人っぽい子だった。


 でも、彼女はそれほど目立つことを望んでいるわけじゃないみたいだったし、クラスで派手なグループに遊びに誘われてもやんわりと断っていたから、もしかしたら気が合うかもしれないと思って、思い切って声を掛けてみたのだ。そしたら、あっという間に意気投合した。



---



 彼女がある時スマホを取り出してこれ、と見せて来た男の人は、まぁ、なんていうかふくよかで、優しそうな人だった。どこかで見覚えのあるような気がしたけど、でも別にそれだけ。この町に住んでいるなら、すれ違ったことくらいはあっても不思議じゃない。それより印象的だったのは写真を見せて来た時の彼女の表情だ。目を細めて柔らかく微笑む彼女を見て、彼女はこの人のことが大好きで仕方が無いんだろうな、と思った。


「お兄ちゃんは、勉強も出来るんだけど、運動も凄くてね。私もよく教えてもらうんだぁ」


「……お兄ちゃんって、呼んでるんだよねぇ」


「うん、そうだよ。え、何かおかしいかな??」


 絶対、クラスメイトはこの子が兄のことをお兄ちゃんと呼んでいるとは思わないだろう。普段のこの子のいんしょうからすると、お兄様、とか呼んでそうだ。

 それに、この子がこんなちょっと焦ったような声で私に問いかけるのも初めてだと思うし、仕草もコロコロと子供っぽい様子が、とんでもなく可愛くて思わず悶える。


「へ、変かなぁ? お兄ちゃんはお兄ちゃんだし、今更呼び方変えるのも恥ずかしいって言うか……」


「ぐはっ」


「早希!?」


「ごめん、大丈夫大丈夫。全然変じゃないよ、お兄さんのことが大好きなんだね」



---



「それで、今度私の家で勉強会しない?」


 いつものカフェで向かいに座った千夏にそう言われる。


「あー、いいね。私もそろそろ課題集中してやろうかと思ってたところだったし」


 話しながら、紅茶が無くなったので追加でもう一杯貰う。ここ、ちょっと高いけど雰囲気も良いし何より美味しいからつい頼んじゃうんだよね。

 するとすぐに店員さんがポットを持ってやってくる。


「お待たせしましたぁ。お注ぎ致しますねぇ」


 同性の私から見ても可愛い笑顔でそう言って、私のカップに紅茶を注いでくれる。その仕草は丁寧で気品のようなものさえ感じられ、お礼を言うこちらも思わず背筋が伸びる。


「ごゆっくりしていってくださいねぇ」


 にこりと笑って丁寧に一礼して顔を上げてから、他のお客さんのところに呼ばれて歩いて行く。

 この店にお客さんが途切れないのは、勿論ケーキや飲み物の質が良いせいもあるだろうけど、彼女の存在も関係しているはずだ。


「そういえばー、千夏のお兄さん、ここで働いてるんだよねー? どんな感じなのー?」


「! うんとね、私も働いてるとこを見たことは無いんだけど……って言うのも、お兄ちゃん私に絶対に見られたくないって言うんだよ!? ひどくない!? 私、絶対見たいって言ったのに、どうしても駄目~って! でもでも、そうやって恥ずかしがってるところもちょっと可愛くていいんだけどね」


 ……お兄さん関連の話になった途端、一瞬で口調と仕草が幼くなる千夏、可愛い。


「そうなんだー」


「そう言えば、早希は最近お兄ちゃんと会ってないよね? お兄ちゃん、最近痩せてるんだよ。もう、一気にかっこよくなっちゃってさ」


「へぇー」


「むぅ、反応薄くない?」


 不満そうに頬を膨らませる千夏に、慌ててごめんごめんと謝る。けど、いくら千夏にとっては大好きなお兄ちゃんでも、私は何回か挨拶したことがある程度の人であって、その人が痩せたかどうかが興味を引くかと言われればちょっと難しい。だいたい、いくら身内が痩せたって言ったって、たかが知れてる気がする。いや、そんなこと絶対口には出さないけどね。


「あ、勿論私はお兄ちゃんのことはいつでもかっこいいと思ってるけどね? 今はただ、客観的事実を述べただけだからね?」


 私の沈黙を何と勘違いしたのか、千夏は手をぶんぶんと左右に振った。


「客観的事実かー。……けどたしかに、千夏のお兄さんだからね。イケメンでも驚かないよー」


「やだもう、めちゃくちゃイケメンだなんて~。ま、想像の五倍はイケメンだと思うよ」


 やっぱり兄が絡むと少しおかしくなる千夏とそんな話をしつつ、私達はそれから暫くカフェで話を続けたのだった。見てみないと分からないけど、やっぱり千夏が言うほどじゃないと思うけどな。



---



 そう思っていたからこそ。


「あ、早希ちゃん来てたんだ」


「お邪魔してます」

 

 玄関の方からした声にそう返事をしつつ、入って来たお兄さんの姿を目にした時、私の頭はフリーズした。


 …………え?


 口をついて出掛けた疑問の声をぎりぎりで飲み込む。

 取り落としかけたペンを慌てて持ち直して、平静を装う。


 リビングの入り口で人の良さそうな笑みを浮かべていたのは、確かに、かつて私を救ってくれた男の子だったのだ。


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