僕は妹の親友と話をした
「……ほら、千夏。立てるー?」
「……ぅ~」
私達は神社へと続く階段を下りきったところで座っていた。暫く休んでいたけど、どうやら千夏が落ち着くにはもう少し時間が必要なようだった。
「…………わがってる、わがっでだよぉ。私、おかしいよね」
膝を抱えて嗚咽を堪える彼女は、とても幼く見えた。
際立って整った容姿。
女子どころか男子を含めても一番背の高い部類に入るような背丈。
飛びぬけた運動神経。
それらの要素は一つだけでも人目を惹くものだったのに、彼女はその全てを持っていた。
だから誰もが千夏の中身に関係なく、特別な存在であることを求めた。
彼女が大人びた、素晴らしい人格の持ち主であることを期待した。
彼女はそんな周囲の期待に応え、常に凛とした気高いヒロインになった。彼女にはそれを演じるだけの能力があった。
「う゛ぅー……私、お兄ちゃんのこと、利用なんてしてない。お兄ちゃんのこと、本当に大好きなのに。絶対、わだしの方が、知ってるもん」
だけど彼女の本質はあくまで、少し大人びているだけの、お兄ちゃんのことが大好きな普通の少女だ。
ヒロインを演じ続けたその反動で、幼い頃からの心の拠り所だっただろう兄の存在に寄り掛かってしまったのかもしれない。
……言い方は身内の贔屓目に見ても最悪で、幾らメンタルが弱いことを知っていても許容の幅を超えていたので、後でしっかりと叱るとしても、お姉ちゃん……凪の発言はある程度的を射ていたのかもしれなかった。
「……取られちゃうのかな、あんな人に……私だったら絶対、お兄ちゃんを泣かしたりなんてしないのにぃ……」
千夏が兄に向ける感情が恋愛感情なのかは、私には判断がつかなかった。そして恐らく、本人にもついていない。
完璧なヒロインを演じて来た彼女は、当然今まで普通の恋愛なんてしたことがない。どころか、男子とまともに話しているところも見たことがない。
「…………さっき、見に行かなければ良かった」
私達は一度神社の階段を降りかけた後、一度引き返し、神社に残った三人の様子を伺っていた。千夏が、二人の関係をどうしても確かめたいと言ったからだ。
そこでは二人が話をしていた。話の内容までは聞こえなかったが、多分お姉ちゃんが謝っていたんだと思う。お兄さんの顔色を伺うようにした彼女が、彼の言葉にハッとしたような顔をした後、顔を俯かせた。
その時点で千夏がもういい、と言って踵を返したので、それからの二人の様子は分からないけど。
「…………あんなの見せられたら、止められないよ……お似合い、だったもん」
確かに彼女が言うように、もう少しで肩が触れ合うくらいの距離で隣合って座るお姉ちゃんと彼は似たもの同士に見えた。
まっすぐで自分勝手な人達。お姉ちゃんは昔から暴走しがちだったけど、それを諫める役としても彼はぴったりだ、と前から二人を知っていた私は思った。
「…………ぅう、ごめん、早希」
「……いいよー、大丈夫。待ってるから」
人との関係は時間と共に移り変わる。
それが、兄と妹であっても。
でも、多分彼女はまた前を向ける。
中学の三年間、ずっと彼女の傍にいた私には分かる。
彼女ならきっと乗り越えられる。
たとえ、一人でも。
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三人で神社を降りると、階段の下に早希ちゃんが一人で待っていた。
「千夏は、霞に預けましたー。今はお兄さんとは会わない方が良い気がしたのでー」
彼女は僕に向かってそう言うと、凪と、それから竜一を睨んだ。
「お姉ちゃん、あんなことしてたらお兄さんにも嫌われちゃうよ? 勿論、私も怒ってるからねー?」
「…………はい、反省しています」
「沢村さんもです。もう少し、上手くやれませんでしたかー? あなたがどうしてもというから、せっかくお姉ちゃんの帰って来る時間を教えたのに、これじゃ教えたことを後悔しちゃいそうですよー?」
「けど俺はよォ…………いや、悪かった」
年下の早希ちゃんの言葉に、二人はすっかり小さくなっていた。
そして千夏に謝りに行くと二人がとぼとぼと歩き去っていくと、この場には僕と早希ちゃんだけが残された。
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祭りの中心から逸れたここは、見える限りは僕達二人きりだった。
「……お姉ちゃんに告白、してたんですねー」
「……ああ、うん。ごめんね、なんか、言ってなくて」
「? どうして、私に謝るんですかー?」
「……気まずくなるかなって思って言わなかったんだけど。でも、言わないのも不誠実だったかなって今になって思って」
「ははー、お兄さんらしいですねー。変に気を回して。そんなんじゃ成功するものも上手くいきませんよー」
「……何だか、大変なことになっちゃったね」
「まぁでも、大丈夫じゃないですかねー。千夏はあれで、大人なところありますしー?」
「確かに、そうかな……」
「まぁ、私も大人なところありますけどー?」
早希ちゃんが急に着ていた浴衣を軽く手で引っ張って、胸元の肌色をちらりと覗かせた……!?
「君は急に何をしているの!?!?」
「いやー、なんか、ここのところシリアスな展開ばっかりだったので、バランスを取ろうかとー?」
「意味が分からないけど!?!?」
まぁこんなところで大丈夫ですかねー、と彼女が胸元を戻したので、ほっと一安心。
「……ゴホン。と、とにかく二人も反省しているみたいだったし、仲直りできるといいね。せっかくの夏祭りなんだし」
「そうですねー。……そのお祭りも、もうすぐで終わっちゃいますけどねー。多分、そろそろ……」
彼女が言うと同時、ドン、とお腹の奥に響くような音がして。
お祭りの最後を締めくくる、花火が打ち上がり始めていた。
「どうでしたー、楽しかったですかー?」
二人して夜空に咲く花を見上げていると、彼女が聞いてくる。
「お祭りのこと? ……そうだね、楽しかった」
「さっき食べた屋台、どれも美味しかったですねー」
「ほんと!? あとでお店の人に伝えとくね!」
「おおー、ぜひぜひ。私、商店街の子供ではありますけど、そんなに馴染んでいませんしねー、助かりますー」
自然と、話はこのお祭りを振り返るようなものになった。
「そういえばさっきアナウンス鳴ってたけど、あの時のクイズ全問正解してたよね!?」
「あー、はい、まぁ。……でもあれ、そんな大層なものじゃなかったですよー?」
「えぇ……。僕、半分くらいしか終わってなかったけど」
「たまたまですよー。似たような問題見たことありましたしー。……それにしてもお兄さん、絵のセンスほんとに無いんですねー。あの時ポスター見て、私びっくりしちゃいましたー」
「ぐぐぐ…………そ、そう言う君はどうなの?」
「私ですかー? まぁ、たしかに私も大したことありませんけどー……」
少し困ったような顔をする彼女。全く、自分のことを棚に上げていたのか。それじゃ人のこと言えないじゃないか!
「まぁ、ちょっとコンクールで賞貰ったことあるくらいでー。ほんとに大したことないですよー」
「……このハイスペック人間!」
「それって悪口になってますー? ていうか、お兄さんに言われるのもなんか納得いかないとこありますけどねー」
僕の地元の中学で開校以来の天才と呼ばれているらしい少女は、しかし特にそこに拘る様子もなく肩を竦め、それより、と話を続けた。
「ステージはどうでしたー? さっきはちゃんと感想聞けませんでしたしー」
「凄かったよ。上手かった、感動した」
「可愛かったですかー?」
「綺麗なパフォーマンスだった」
「か、わ、い、か、った、で、す、かー?」
「…………」
「答えてくれなかったら、千夏に、お兄さんに変なことされたって言っちゃいますよ」
「それは洒落にならないからね!?」
「じゃあ、どうぞ?」
「…………はぁ。……可愛かったよ」
「私がお兄さんの方見てたの、気付きましたー?」
「気づくよ、そりゃ」
「千夏とどっちが可愛かったですかー?」
「…………っ」
「ほらほら、早く答えて下さいよー。もちろんどっちも、なんて答えは無しですよー?」
「……………………どちらかと言えば」
「はいはいー」
「君」
「そうでしょうそうでしょうともー。んふー。お兄さんが好みそうなこと全部やりましたからねー」
「…………………」
「くるしゅうない、くるしゅうないですよー。……可愛いってもう一回どうぞー?」
「可愛い可愛い」
「惚れちゃいましたー?」
「惚れた惚れた」
僕はそれなりに羞恥心を抱きながら言ったんだけど、そうですかー、と彼女は平然としていた。
「ステージの人、凄かったね。流石人気者」
「まぁ、猫被ってますからねー、私も、千夏も」
「そうなんだ?」
「ごろごろにゃんにゃん、そうですにゃん。被りまくりですにゃーん」
「男の子もたくさん見に来てたけど、やっぱり告白とかされることも多いの?」
「んにゃー。あ、千夏のことですか? それなりにはされてるんじゃないですかねー。私と同じくらいは」
「それなり……」
「えー、それなりに。週に三人くらい」
「それは相当なのでは!?」
「でも全部、断ってるらしいですよー。今はそういうの考えられないからって」
「あぁ、そうなんだ……」
「中々罪な女の子ですよね、千夏は」
まぁ、私も断ってるんですけどねーと彼女は瞳に花火を映しながら答えた。
「……この町を代表するシスコンとしては、やっぱり妹に彼氏とか絶対無理ですかー?」
あんまり想像がつかなかったけど、言われて、何となく考えてみる。
答えはすぐに出た。
「無理だね。だって、彼氏だったら千夏のことを幸せにしないといけないわけで、それはつまり千夏のことをきちんと分かってあげられる人じゃないといけないわけだけど、僕以上に、千夏のことを分かっていて、千夏のことを幸せにしてあげられる奴って滅多にいない訳だよね。ってなると、彼氏って必要かな? 必要ないよね? はい、証明終了」
「うっわぁ……」
ドン引かれている。
「あ、早希ちゃんだったら検討するよ」
「光栄ですけど、私は普通に男の人が好きなので」
こほん、と早希ちゃんは話を元に戻した。
「それって、世間的に見たら、結構余計なお世話みたいに感じる人も多いわけですけど。実際、兄妹の仲としては、異常だと思いますよ? そんな年になっても、あんなにベタベタしてるの」
「うん、分かってるよ。でも別に、世間の目とか、どうでもいいから。僕は、僕のしたいようにする」
花火は次第に、大きく派手なものが連発されるようになり、いよいよクライマックスを迎えようとしている。
「なるほど。まぁ、合格ってことにしときますかね」
「何に合格したの?」
「内緒、です」




