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硝子のように脆く尖った彼女と、孤独だった僕達の居場所について

 僕にとって三国凪とはどういう存在なのか、語るときが来たように思う。


 同じ部活の後輩であり、一歳下の女の子であり、三国早希の親戚であり、夏祭りの総責任者の孫。そして――――僕が初めて告白して振られた相手である、彼女の話を。



---



 僕が彼女を初めて見たのは、入学式の日、準備を手伝った後、体育館後方で初々しい後輩たちを眺めていた時のことだ。

 新入生総代として壇上に立ち、淡々と祝辞を述べる彼女は、自分とは別の世界の住人のように思えた。それは硝子細工のようなその浮世離れした容姿だけを取っていったわけじゃなく、何となく、ここにいる全ての人に興味が無いような、そんな雰囲気を纏っていたからだ。



 実際、その時抱いた印象は間違っていなかったように思えた。その可憐さと在り方に、早々に全校生徒の注目を集めた彼女の下には多くの友達希望者、あるいは恋人希望者が押し掛けたが、その一切をバッサリ断った話は余りに有名で、それほど他人の噂話に興味が無かった僕が知っているくらいだ。


 その他者を顧みない姿勢には僕自身一定の好感を抱いていたけど、とは言え自分から彼女に関わりに行く気は無かったし、まして彼女からの接触なんてある筈もないから、その頃の僕はショーを観ている観客のような気分で彼女の噂話を聞いていたものだ。



---



 だからこそ、文芸部に彼女が訪れてきた時には驚いた。

 確かに、うちの学校には必ず何らかの部活に所属すべしという暗黙のルールのようなものがあるけど、数ある部活の中からろくに活動もしていない、部員も僕と竜一しかいないこの部活に入ろうとする意味が分からなかった。


 実際彼女の言うように、そこに大した意味はないように思えた。彼女は文芸部の活動に興味は無いみたいだった。竜一はその頃には小説を書き始めていたけど、それにもさほど関心を示さなかったし、せいぜいが僕達の薦めた本をたまに読むくらいだった。

 

 彼女が時折憂いを帯びた表情をしていたことには気づいてたけど、彼女が僕に、そしておそらく竜一にも、悩みを打ち明けることはなかった。

 僕達は毎日のように顔を合わせていたし、それなりに話をする機会は多かったけど、三人ともそれぞれ自分なりの線引きを設けていたように思う。僕達は互いの家のことを話すことはなかったし、夏休みにどこかに行こうと話を出すことなかった。それを僕は少し寂しく感じながらも、僕達は互いに本当に親しくなろうとはしていないんだと思っていた。


 

 ――思っていたのだ。


『…………まぁ、何でもないなら良かった。まだ夏休みはなげぇし、またどっか遊びに行こうぜ』


 だけど、あの日パン屋の前で話した時の竜一は、その線引きを多分故意に踏み越えて来ようとした。その結果として夏休みに僕達二人は初めて個人的な話をして、お祭りの準備をしたりステージに出たりした。

 だからもしかしたら、僕達は親密になることを望んでいなかった訳ではなく、ただ皆臆病になっていただけだったのかもしれない。

 慎重に言葉を選んで、互いの心のデリケートな部分に踏み込んでしまわないように、何かの拍子に全てが壊れてしまわないようにと。それくらい、あの部室は僕らみたいな人間にとって、居心地が良かったんだろう。


 僕達はそれを望んでいたのかもしれないが、三人共がいわゆる普通の高校生活とは少し違った生活をしていた。だからこそ、僕達はきっと普通の人付き合いに飢えていた。

 僕達は毎日授業が終わると何となく部室に集まって、小説を書いたり、本を読んだり、勉強をしたり、たまにとりとめのない世間話をした。そこには僕達三人の他に誰もいなかった。僕達は学校全体としてははみ出し者でありながら、あの場所だけでは普通で居られたのだ。


 竜一は他の部活にも顔を出していたから、放課後の部室で僕は彼女と二人きりになることが割とあった。僕達は2人ともよく喋る方という訳ではなかったけど、自分達がそれぞれしていることの合間に、言葉を交わした。ある時、僕は自分が学年が変わりクラスに馴染むのに多少苦労している、という話をしたことがあった。その話を聞いていた彼女の不可解そうな顔を今でも覚えている。


「先輩は他人を気にしない振りをして、結局気にしていますよね? クラスに友達もいないのに。どうしてですか?」


「友達がいないは余計じゃない? ……えーっと、それはさ。やっぱり寂しいじゃん。それに嫌われるのは怖いから、僕は自分がやりたいことをやった上で、出来る限りは皆と仲良くしたいんだ」


「……ずいぶん、中途半端なんですね」


 彼女は賢かった。

 単に勉強が出来るというだけではなくて、自分にとって何が大切かを考えて、それを行動に移せる人だったと思う。

 例えば彼女は自分の意志で、誰に強制されるでもなく勉強を続けていた。

 勉強をすることが将来の選択肢の幅に関係してくることは誰もが知っているけど、実際にずっと続けることが出来る人はなかなかいない。

 加えて部活に来ている彼女を見ていて気づいたけど、彼女は人を気遣うことが出来ない人間じゃない。

 どうでもいい他者とそうじゃない人をはっきりと分けて考えることが出来ていた。



 ――そしていつのまにか僕は、そんな彼女に憧れるようになっていた。


 僕は好きなことをやるのに躊躇いはないけれど、それでも他者との関わりを絶とうとは思えない。でも、三国凪はそれが出来る。目標の為に不必要なものを排除して、己の力で進むことに躊躇がない。



 今にして思えば、そういう風に彼女のことを多少美化していた側面もあったと思う。彼女は自分とは違う特別な存在だと、勝手に見なしていた。僕は最近まで妹に対しても同じような思い違いをしていたけど、これも似たようなものだ。



 僕はそんな風に彼女に好意を寄せ、ある日思い切って告白し――そして振られた。

 あっけなく。


 

 僕は自分が、良いと思ったものにすぐに夢中になり、周りのことが見えなくなるという悪癖を持っていることは理解しているつもりだったけど、それが人に対して発揮された結果がこれだと考えると、どうしようもなく自分の未熟さが嫌になる。



 夏休みが明けて学校が始まっても、もう僕は部室に顔を出すつもりはなかった。

 それでも彼女ともう一度会う機会があったとして、彼女はもう僕の顔なんて見たくもないだろう。


 怖がらせてしまった、と思う。

 自分が何とも思っていないそんな先輩に突然あんなことを言われたら、怖がるに決まっている。

 彼女は図体ばかりが大きな僕のことを怖がる素振りを見せたことはなかったけど、それでもやっぱり、僕は男で三国凪は女の子だ。そして先輩と後輩でもある。


 もし仮に僕が無理矢理何かをしようとしても、華奢な彼女が抵抗することは難しいだろう、勿論、死んでもそんなことをするつもりはないけど。


 

 そして僕の方も彼女に会うのが怖かった。

 彼女にあんなことをしてしまった後でどの口が言うんだという話だけど、それでも僕は彼女が自分を嫌う様を見たくはなったのだ。


 恋愛感情を抜きにしても(そんなことは僕には出来ないかもしれないけど)、彼女は僕の学校での数少ない友人でもあったのだから、なおさらだ。

 

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