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僕はステージの上で、

 最初に僕と竜一がステージに飛び出すと、まずギターを持った竜一に注目が集まった。

 彼自身のことを知っている人もいるだろうし、知らなかったとしても彼の容姿は飛びぬけている。

 黄色い歓声に彼は少し戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに表情を戻した。

 次に出て来たベースの霞、ドラムの吉彦の方に視線は散らばり、最後にマイクスタンドの前に立った僕に視線が集まった。


「竜一君、ギターかっこよ……!」「あれ、でも竜一君ボーカルじゃないのか」「ベースの子、めっちゃ可愛くね?」「オタクっぽい奴がドラムしてんのって逆にイケてんな」「あのボーカルの人、誰?」「分かんね。竜一君に任せた方が良かった説」「それ。正直皆そっち聞きたかった」


 お客さんのざわめきが聞こえてくる。気にしない。

 初めてのステージ上でのプレッシャーは想像以上だったけど、問題ない。

 自分に言い聞かせる。


 大丈夫。出来るはずだ。

 皆が作り上げたこのお祭りを、僕が壊してしまう訳にはいかない。 

 一度深呼吸して、無理矢理気持ちを落ち着ける。


 竜一たちと視線を合わせる。彼らは軽く頷くと、演奏を始める。

 実は昔から習っていたのだという竜一のギターの音が会場に響き、観客にざわめきが広がる。

 準備の合間を縫って練習して仕上げてきてくれた二人の音も合わさっていく。

 いよいよイントロが終わり、歌い出しの部分が近づく。

 ここが重要だ。最初の音を外さないように……って。


「…………!?」


 うそだろ。

 僕はどうしても、その最初の音が思い出せなかった。


 焦りが思考を空白にしていく。

 ……あり得ない、準備の合間を縫ってあれだけ練習したのに。

 頭が真っ白になっていることを自覚し、それでも歌い出せばどうにかなるはずだと、僕は息を吸い込み、


「――――っ――――っ!」


 声が、出なかった。


 どうしてか分からず、必死に声を出そうとするが、上手くいかない。

 竜一たちが困惑しているのが分かった。次第に演奏が止まる。

 吉彦は分かりやすく心配そうな顔をして、竜一と霞は様子を伺うように視線を飛ばしてくる。

 シンと静まり返ったステージ。

 やばいやばいやばいやばい。

 バクバクと鳴る心臓の音が正常な思考を困難にする中、頭の片隅の冷静な部分で僕は理解した。


 僕は、怖がっているんだ。


「何だ?」「どうしたんだ」「もう始まるとこじゃなかった?」「ボーカル、なんか様子変じゃね?」「緊張してんのかな」「ダッサ」「ちゃんと練習して出ろよ」「私疲れた~」「もうだいたいステージ終わったし、出店見に行こうよ」「そうすっか」


 ざわめくお客さんの視線が怖い。

 何を言われているか聞くのが怖い。

 彼らがどんなことを考えているのか想像するのが怖い。


 体に棲みついた弱虫が泣きわめく。

 運動することは好きでも、部活の大会に出たことはなかった。

 勉強も得意な方だったけど、クラスで発表することはなかった。

 僕は人前で何かをすることを避けて来た。


 人の視線っていうのはこんなに重かったんだと今更になって気付くと同時、とめどない後悔が溢れてくる。

 学校でさえ上手くやれないのに、こんな大勢の前で演奏をする? 馬鹿も休み休み言え、出しゃばった真似をするな。祭りのステージなんて、身の程知らずだ。――――どうせ僕なんて、




「「っとうじぃーーーーーーーーーーーー!!!!!」」




 その時、誰かが叫ぶ声がした。


 よく知っている声な気もした。


 呆然と声のした方を見ると、白い衣装の上からパーカーを羽織った女の子達が、ぜぇぜぇと顔を赤らめ息を荒げているのが分かった。


「え……」「あれ、さっきの女の子達だ」「なんて言ったんだ、当時?」「あのボーカルの人の名前?」「仲良いのかな」「うらやま」


 唐突に叫び出した彼女達を、周りのお客さんたちは困惑したように見ていた。だけどまた、別の場所から声が聞こえてくる。


「ずっと見てますからぁっ! かっこいいとこ見せてくださぁい!」


「「「頑張れー!」」」


 演劇部の人達の達の声だ。観に来てくれていたのか。

 少しだけ視界が開ける。よく見ると観客席には他にも知り合いの顔がいくつもあった。


 ……息を吐く。吐いて、吸う。


 祭りの準備を一緒にした子供達や、ひとつ前のステージをしていた高校生達が手拍子を始めていた。それは次第に観客席全体に広がっていった。


「まぁ、誰にでも緊張することはあるよな」「もう一回やるのかな」「俺だったら出来ねぇわ」「頑張れー」


 三人は僕が頷いたのを確認すると、互いに目を合わせた。そして吉彦がワン、ツー! と声をあげた。



---



 イントロの終わりを待ちながらふと、一つ前のステージの彼らのことを思い出す。


 学校の中心であるトップカースト集団。

 男女隔てなく皆を笑顔にして、盛り上げて、そして自分達も楽しんでしまうような人達。

 彼らはキラキラしてて、多くの人を惹きつける。皆が送りたいと思うような学校生活とは、きっと彼らの過ごすような日々のことを言う。


 比べて、僕はどうだ。

 学校にうまく馴染めず、安心できる居場所と言えば、部員数がたった三人の部室だけ。

 当然学校行事で活躍して人気者になったりなんてしないし、どころかいつも悩んでばかりいる。学校には正直、辛い思い出の方が多い。

 ……それでも。


「~~~♪」


 声を出す。

 竜一が掻き鳴らすギターの音に、吉彦の吠えるようなドラムの音に、霞の繊細に暴れるベースの音に、負けないように。


 このバンドのメンバーは誰も、いわゆるまともな学校生活を送っていない。原因が何にあったかはそれぞれでも、ただ結果として全員が爪弾きものだった。


 だけど僕達はここに集まった。吐き出したい思いと、音楽があったから。いつも人に囲まれて楽しそうにしている人達への自分とは違う存在だという諦めと、諦めきれない歪んだ羨望と、どうせ失うものなんてないという投げやりな気持ちを携えて。


 奏でるのは、世界を変えさせてくれと願う歌。


 孤独を感じて生きて来た。


 例えば一つ越えなければならない障害があって。皆は相談して正しい答えを導いて越えていくところを、一人で迷って、悩み抜いた末に決めた選択が失敗だったと後になって気づく。そういう失敗も愚痴も誰にも吐き出さず、一人で抱えて生きて来た。


 生き方に後悔はなく、それでも、どうしようもなく消化できない感情が胸の中で暴れていた。

 そんな想いをすべて込めるつもりで、メロディを歌い上げる。


 いつしか、僕はかつて味わったことのない不思議な感情を感じていた。それがいわゆる会場との一体感と呼ばれるものだとしばらくして理解する。大勢で何かをすることを拒んできた僕が、今こんなたくさんの観客の前でライブを楽しんでいるのは、なんて――因果なものだろう。隣でベースを弾いている彼女のように、皮肉っぽく片側だけ口角を上げてみる。

 そんな風にニヒルを気取ったところで、楽しいものは楽しくて。


 曲が終わる。乱れた呼吸が落ち着くまで待って、僕は口を開く。


「……ギター、沢村竜一!」


 大きな歓声が響く。男女問わず、喝采の声が降り注ぐ。竜一は一瞬戸惑う素振りを見せたが、そのあと観客に向かって笑顔で手を振った。


「ベース、相良霞!」


 竜一に劣らない歓声があった。霞と同年代の女の子達も手を振っていた。霞は恥ずかしそうに少し俯きがちに、軽くベースを鳴らした。


「ドラム、御手洗吉彦!」


 吉彦は歓声にカカカッとドラムを鳴らして応えた。祭りの準備を一緒にした子供達や、吉彦のお母さんが感極まった表情で手を高速で叩いているのが見えた。


 三人が僕に視線を向けた。僕は頷くと、マイクに口元を近づけた。


「……少し、僕の話を聞いて欲しい。あんまり楽しい話じゃないかもしれないけど、話しておきたいんだ」


「――僕はこの夏休み前まで、学校でいじめに近い扱いを受けていた。集団生活が嫌いだった。そんな考えが態度に出ていたんだと思う」


「いじめのことは誰にも話さなかった。家族や幼馴染には心配を掛けたくなかったし、相談するような友達はいなかったから」


「そんなある時、唯一安心して過ごせる場所だった部活の時間に、気になっていた女の子に告白した」


「そしてこっぴどく振られた」


 彼女も、この会場のどこかにいるのだろうか。


「その日、初めて妹の前で泣いた。何もかもがどうでもよくなりかけた。ショックで食欲がなくなって、それまでは常にチェックしていた一切のSNSを見ることを止めた。学校に関することを目にしただけで死んでしまいたくなったから」


「それから――色々、本当に、色々あって」


 この夏休みのことが頭を駆け抜けた。

 きっといつまでも思い出す、青い夏のこと。


「ここに、こうして立っている。不格好でも、これが僕のやり方だ。――うまくやれなかった僕は、今の自分が大好きだ」


「この中にも、皆に馴染めないでいる人がいると思う。どうか忘れない欲しい。正しい青春なんてものはない。僕たちには、僕たちなりの青春があるんだ。そして、他の人達はどうか、馴染めない人達に、少しの優しさを。それだけできっと、救われる人がいるから」


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[良い点] 不器用で失敗だらけで苦しんで絶望して尚前を向こうする気概 それもまた青春なんだよね〜 っと遠い昔に青春を終えたおっさんより
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