僕はステージを観た
ある中学生達は道を急いでいた。
元々彼らは商店街の祭りになど興味はなかった。
ただ、隣の中学の奴らが絶対に見ておかないと後悔する、と真剣な顔で言うものだから、そこまで言うならと半信半疑で足を運んでいた。
人の流れについていくこと数分、ステージの前にたどり着き、観客席の様子を見て驚く。商店街の夏祭りのステージなど、普通は家族連れと老人くらいしか観ないものだ。自分達が仮に地元の夏祭りに行ったとしても、屋台を冷やかすのがせいぜいだ。
それなのに、なんだ。今目の前の光景は。
確かに家族連れや年配者の姿もあったが、それ以上に……この地域のほとんどの中学生が集まっているんじゃないか。よく見れば、高校生や大学生の姿も見える。そもそも、祭りの規模に対して座席の数が多すぎる。まるで、あらかじめこれだけの数の観客が来ることを見越していたかのようだ。
彼らは呆然と観客席の端に腰掛けた。これから何が始まるのかと。
……後に、彼らはその時ステージ上に現れた女の子が、かつて隣でバスケをしていた少女だと気付き驚愕することになるが、それはまた別の話。
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一方で、そのステージの出演者と同じ中学の者、あるいはこの二年でその中学を卒業した者たちは、この事態を当然のこととして受け入れていた。中学校全学年の男女、そして一部の教員さえも。ほとんどの者が観に来ていた。どうしても予定が合わなかった者は泣きながら同級生に撮影を頼んでいた。
普段であれば泣くほどのことか? と思う者もいるだろう。しかし、彼らは全くそうは思わず、むしろ自分の為にも必ずこの目だけではなく記録媒体に残しておくことを約束した。
だって今から始まるのは、あの桐山千夏と三国早希のステージなのだから。
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僕は今まで、千夏や早希ちゃんがどうして、中学生たちから「高嶺の花」「近寄りがたい存在」と思われているのか納得できなかった。まるで伝説のスーパースターのように扱われているというのを霞から聞いた時は、流石に冗談だと思ったものだ。
彼女達は確かに見た目は大人顔負けに綺麗だけど、でもやっぱり年相応の無邪気さを感じさせる、年下の女の子だと感じていたから。
だけど、今回のステージでその認識は改めざるを得なくなった。
動くたびに跳ねる黒髪、膝上のスカートから覗く長く白い足、韓国風のメイクと服装を完全に着こなした女の子が舞い踊る。
「――Oh,ちょっとだけ見せてよbaby……」
歌い出しから、違う。
今目の前にいるのはあの千夏なのか、と思わず疑いたくなるほどの変貌振り。
いつも家で歌っている子供っぽい鼻歌とは全く違う、凛とした強いカリスマを感じさせる声。子供の頃から年上の僕と張り合うほどに突出していた運動神経に裏打ちされた、キレのあるダンス。
『――――ね、千夏のこと、見ててね』
さっきのあの表情。
サビに入り、歌とダンスが激しさを増す。それでも彼女の声も動きも精彩を欠くことなく、どころか更にその精度を増す。涼しい顔でステージを魅せる彼女の煌めく瞳が、残像を残すようにも錯覚する。
かつて自分の背中をついて回っていた幼い少女は、知らないうちにいつの間にか綺麗な女の子になっていたのだ。
そしてあれだけ一緒にいた千夏でさえそうだったのだから、もう一人の少女については言うまでもない。
「Lalalala――」
彼女の甘くて、でもどこか消えてしまいそうな儚さも感じる歌声は、聞くものすべてを魅了する。
そしてその立ち振る舞い。
親しみやすさを含みながらも、絶対に近づくことの出来ない距離を感じさせる美しさ。
思えば、掴みどころのない女の子だった。
ある時は今時のお洒落でクールな美人さんで、ある時は子どもっぽく唇を尖らせ、かと思えばダウナーにだらりと脱力して見せる。
そしてその仕草一つ一つが人を惹きつける何かを持っている。全てが彼女にプラスに働いていた。それはかみ合わせの偶然か、それとも計算し尽くされた必然か。
「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」
観客席前列の中学生達がタオルを振り回しながら叫んでいる。
涼し気な顔の千夏がバチリとウィンクを飛ばすと、観客から悲鳴が上がる。
一方早希ちゃんは、その淡いピンク色の唇にそっと人差し指を当てた。
その仕草のまま、大人っぽいドキリとするような笑顔を浮かべ。
「~~だから、君にkissしたいの」
その瞬間、雷に打たれたかのような衝撃。
甘い台詞を口にした彼女は、千夏とのダンスのローテーションの合間、一瞬の間隙を縫って、ステージ袖に――つまり僕に――視線を向け、投げキッスを飛ばしたのだ。
あぁ、もう、やられた。
どれだけ余裕があるんだとか、観客に見えていたらどうするんだとか、そんな言葉をぐっと飲み込んで、はぁ、とため息を吐く。
頭がどうにかなりそうだった。彼女達の僕の知らなかった魅力をこれでもかとぶつけられて、胸にこみ上げたこの気持ちを、何と呼べばいいのか分からない。
考え、考えて。やがて一つの方法を思いつく。
初めの曲が終わった後すぐに僕は観客の最前列に飛び込み、中学生達のコールの指揮を執ることにした。
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2人のステージが大歓声と共に幕を閉じると、その熱も冷め切らないまま、次のステージの出演者が準備を始める。
今度の人達は、バンド演奏をするみたいだ。
スタッフと出演者がドラムセットやマイクスタンドなんかを運んでいるのを僕はぼーっと見ていたけど、ふと我に返り少しの逡巡のあと手伝いを申し出て、ステージの準備を手伝った。
設置が完了すると、一緒に機材を運んでいた出演者の一人が僕に向かってペコリと頭を下げた。
「ありがとう。助かったよ、桐山君」
「いえいえ。……って、どうして僕の名前を?」
「どうしてって……そりゃ知ってるよ、同じ高校じゃないか。君も俺を知ってるだろ?」
僕が名前を呼ばれたことに驚いていると、その男子生徒はははっと爽やかに笑った。
確かに僕の方は彼、というか彼ら出演者全員に見覚えがあった。
それは僕が彼らと知り合いだったというわけでは勿論なく、僕が彼らに特別な興味を持っていた訳でもない。それでも知っていた。というか多分学校で知らない人は居ない。いわゆる有名人って奴だ。
彼らを一言で表せば、トップカースト集団。
学校行事のたびに活躍し、いつも皆の中心で盛り上がっている。
キラキラしていて、まさに青春そのものって感じのイメージ。
竜一がうちの高校の孤高の存在だとするなら、彼らは学校のアイドルグループか何かだろう。
そんな彼らは僕が貼って回った学校の掲示板に貼られたチラシから、このお祭りのステージのことを知ったらしい。
「面白そうだなって思ってさ。こんな機会中々ないし。……そうだ、今度また君とも話がしてみたいな」
彼と話していると、スタッフさんからそろそろですー!と声が飛んでくる。
「おっと、それじゃあまた。……よし、皆準備は出来てるか?」
彼の呼び掛けにおう、当たり前だろ。と口々に応えるメンバーたち。
「お、頼もしいな。……よし、行くぞ!」
「「「「「おぇーい!」」」」
彼らは円陣を組んだ後、配置に着く。
そして閉ざされていた幕が徐々に開いていき、ドラムの演奏が始まる。
未だ千夏と早希ちゃんのステージの余韻に浸っていた観客の意識が徐々に新たなパフォーマーに移っていく。
「先ほどの華やかな素晴らしいステージとは対極的な、男ばかりのむさくるしいバンドですが、良かったら聞いてってくれませんか?」
ジャカジャカとギターを鳴らしながら、茶化すような口調で彼がそう言うと、観客から軽く笑いが起きた。
「僕達のバンドの主役はボーカルです。実は彼には好きな人が居て、今日はこのステージで愛を叫ぶらしいです」
ちょ、それ言う!? とマイクを握ってセンターに立っていた男子が悲鳴を上げて、更に笑いが起きる。兄ちゃん頑張れよ! と観客席から野次を飛ばしているのは、地域の大人たちか。
「その子も一応誘ったから、多分観に来てくれてると思うけど。まぁ、もしいなかったら、誰か彼の想いを受け取ってやってください。良い奴なんで」
あはは! と笑う中学生達も彼らを受け入れたようだ。いつのまにか、さっきのステージに負けないくらいの人が集まっている。
そして演奏が始まる。すぐに、その完成度の高さに驚かされる。ギターとベース、ドラムを演奏する三人は高度な演奏をしながらもどこか余裕のある印象を受ける一方、ボーカルの男の子は目をつぶり、マイクに口を近づけて懸命な様子が伝わる歌い方だ。
そのギャップに、彼らの持つ熱量に、気づけば周りのお客さん達と同じように、すっかりその雰囲気に乗せられていた。
これが、人気者の力なんだと思う。常に集団の中心にいる彼らには、中心にいるだけの能力と魅力が確かに備わっているのだと思った。
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「次、お兄ちゃんたちだ……」
「こっちまで緊張するねー。……今の人達、かなり盛り上がってた。大丈夫かな」
「そこは心配いらないよ。お兄ちゃんだもん」
「そうかな……」
「そうだよ。混むだろうから早めに観客席行っとこう」
「うーん。……って、あ、待って千夏。なんか上に羽織っていかなきゃ」
「? なんで? 暑いよ?」
「目立つからだよー」
「でも浴衣の人とかもいっぱいいるし、大丈夫だと思うけど」
「私達だからだよー。……その辺、千夏は鈍感だよね」
「?」
「お兄さん達の邪魔になるかも」
「! じゃあ羽織っていこう」




