僕は祭りを見て回った
昔のことを思い出しつつ身支度を済ませ、僕が家を出ようとしていると。
「あ、もう行くの!?」
どたどたと足音がして振り返ると、階段から千夏が顔を出していた。
「早くない!? お昼からじゃなかった?」
「あ、お客さんはそうだけど。僕達は準備があるから」
「あーそっか! ……じゃあ、また現地で集合だね」
彼女の言葉に僕が頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「……ね、お兄ちゃん」
「さいっっっっこうのお祭りにしようね!!」
ぐっとこっちに親指を立ててみせた千夏に、僕も同じようにして応えた。
あったりまえだよね!
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辺りに茂る木々から、ジリジリと蝉の声が響いていた。
「……ん、全員揃ってるみたいだな。じゃ、最後の確認だ」
夏の日差しの中、点呼をしていた平岡さんが名簿から顔を上げて集まった子供たちを見渡した。
「もうすぐ祭りが始まる。役割の分担は各自、昨日話した通りで頼む。何か分からないことがあった時は年上の奴か、俺に聞くこと。くれぐれも一人で勝手に判断しないように」
ここは町の中心から少し離れた通りにある広場。
この周辺でお祭りは行われる。
当日の事前準備を終えた僕達は、最後に平岡さんの話を聞いているところだ。
「あ、それと熱中症の対策はしっかりな。陽が沈む頃には涼しくなると思うが、中学生と高校生は下の子たちを見てやってくれ」
隣では麦わら帽子を被った霞が、うんざりした顔で太陽を睨んでいる。
「店の当番にあたってる人は、時間を忘れないように。少し早めに着くくらいでいい。皆、自分の仕事に責任を持って行動して欲しい。…………と、話すことはこんなもんか」
今日まで僕達をまとめてくれていた大人は、読み上げていたメモらしきものをポケットにしまった。
「…………あー、あとな」
? どうしたんだろう。
くしゃくしゃと髪を弄ってから顔を上げた彼に、僕たちの注目が集まった。
「……俺が言うのもなんだが。今日まで皆、よく頑張ってきたと思う。皆が作った看板や飾りつけも、例年よりずっと凝っていると評判だ」
彼の言葉に吉彦と数人の子供たちが目を見合わせ、へへっと笑った。
「俺からお前たちに望むことはあと一つだけ」
「――祭りを楽しんでくれ」
「お前たちが作ったこの祭りが、どれだけ良いものになったか確かめるんだ。……以上、解散」
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今年の夏祭りはその規模の割に人が多かった。
よく晴れた空の下、浴衣を着た子供達が出店の並ぶ通りを駆けていく。
自分の仕事の時間まではまだ時間があったので、僕と吉彦と霞は竜一と合流し、四人で祭りを見て回っていた。
自分達が描いた看板を見かけるたびに吉彦がスマホを構えるから中々進まなかったけど、もとから特に目的があった訳じゃないから別に構わなかった。
ところどころのお店で当番をしている子供達に挨拶したり、射的やくじ引きなんかの屋台を冷やかしながら歩く。
その途中、演劇部の人達と出会った。
「ステージのリハ、何か問題はなかった?」
僕が聞くと、部長をしている少女は頷いた。
「うん、スタッフさんにも話が通ってて、スムーズに終わったよ! ありがとう。……そ、そっちもよろしく頼むね」
そう言って彼女がそわそわと、視線を僕の後ろに立っていた竜一に飛ばすと。
「……ちっ」
竜一は舌打ちをして顔を背けた。しょぼんとする彼女だけど、これは……まぁしょうがない。
彼女たち演劇部は、今日のお祭りのステージに出演してくれることになっていた。
ただし彼女達はあの日出演をお願いした僕達に対して、一つ条件を出した。
それは、僕と竜一もステージに出ること。
……もちろんそれを聞いた時は驚いたけど、普段なら絶対にそういうことをしない竜一がステージに立っているところを見たいっていうのは、彼女達演劇部の総意らしい。
「二人がステージ出てくれるなら私、頑張っちゃいますよ!」というのは部長にして竜一の追っかけとしても有名な彼女の発言だけど、しかしそんな彼女の背後で他の部員達も揃ってうんうん、と深く頷いていた。
ステージの枠が足りなかったこともあるし、僕としては断る理由も無かったけど、一方の竜一の説得は大変だった。
彼女達が嫌がらせでも何でもなく、本気で彼がステージに出てくれることを期待している、と竜一に納得させるのは骨が折れた。結局僕や利香が根気よく説明して、最後には理解してくれたようだったけど、その代わりというか、彼は彼女達にどう接していいのか分からないみたいだ。
「た、たしか君達しかも、ステージの順番最後だよね!?」
「それは難儀だね。頑張ってくれたまえ」
演劇部員達が微妙になった空気を誤魔化すように、ぽんぽんと僕の肩を叩いて激励してくる。
「君達もこの辺回ってるの?」
部長に聞くと、彼女は若干ほっとしたように答えた。
「う、うん。私たちは後輩の様子を見に来たんだ。地図だと、たしかこの辺にお店があるはずなんだけど……」
むむむとパンフレットとにらめっこしている彼女を見ていると、ふと近くを歩く通行人の会話が聞こえてきた。
「お、おい。あの店員さん可愛くね?」
「……うわマジだ。あんな子、学校に一人いるかいないかのレベルだろ」
…………。
店員さん、という言葉に僕はちらっと隣を歩く霞を見る。と、吉彦も同じように彼女を見ていた。
うん、彼女は今パン屋の制服を着ていないから、店員だと間違えることはないはずだ。この子のことじゃないなら、一体可愛い店員、とは誰のことだろう……?
「可愛い服、置いてますよぉー。良かったらどうですかぁー」
と、その抱いた疑問は聞こえてきた声によって解決した。
服屋の出店の軒先で呼び込みをしていたその店員さんは、今日はいつもと違い古着風の服装の上にエプロンを掛けている。
彼女はまず僕の方を見てにっこりと笑ったが、その隣の演劇部の人たちの姿に気が付くとげっと顔をしかめた。
「なんでいるんですかぁ……」
「そんな顔しないでよ利香ちゃーん! 私達はあなたのことがあんまりにも心配で心配で、つい様子を見に来ちゃったっていうのにー!」
「迷惑ですぅ、お店の邪魔なんで帰ってくださぁい」
そう言ってぷい、と利香は素っ気なく顔を背けるが、演劇部員達は気にした様子もなく店先に置かれた服を物色し始める。
「お、この服イケてんじゃーん」
「ねぇねぇ、これどう? 似合ってない?」
「え、これやっす。買お~」
「…………。………ッ……あぁ、もう! 先輩達に似合いそうなのは奥にありますからぁ!」
キャッキャと楽しそうに帽子や服を着せ合い始めた演劇部員達に観念した利香は、案内を名乗り出た。
その様子をそばで見ていた僕は、三人の意見を聞いてみた。
「……僕はこのお店、ちょっと見て行こうかと思うけど、どうする?」
「俺はどっちでもいいよ。普段服屋とかいかないけど、たまには見てみてもいいし」
「ボクは賛成だよ。竜一はともかく、キミ達二人は余りにも服装に気を遣わな過ぎるからね。ここらでまともな服の一着くらい持っておいても罰は当たらないと思うね」
あー。
確かに、僕は今まであんまり外見を気にしたことが無かった。最近一気に体重が落ちた影響でブカブカになって着れなくなった服も多いし……そういう意味でも、ちょっと見ていってもいいかもしれない。
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「お店の調子はどう?」
「まぁ、ぼちぼちじゃないですかぁ……ほんと、私の周りには心配性の人が多いんですから」
店内を皆で見ている時に丁度二人になったので尋ねると、利香は隣の通路でわいわいと服を選んでいる演劇部員達を見て、ふっと目を細めた。
彼女がお祭りで服屋を手伝うということは聞いていた。曰く、
「なんかあれから店長さんが凄い私のこと気に入っちゃったみたいでぇ。私がちょっといいと思う服選んだら、じゃあそれ出品するなんて言い出してぇ。それで当日人が来なかったりなんてしたら、私のセンスが悪いみたいじゃないですかぁ。それでしょうがないから、手伝うことにしたんですぅ」
ということらしい。……心配性はお互い様だ。
何か困っていないかと思って後で一人の時に寄ろうと思っていたけど、この様子だと演劇部の人たちも同じことを考えていたみたいだ。
「そういえば、竜一先輩とのステージの話」
利香は陳列された服を綺麗に畳み直しながら言った。
「ほんっと、お人よしで、お世話焼きですね」
「……僕は、僕がやりたいから出るだけだよ。楽しそうだったし」
「またそうやって。優しいんだから。……あ、おにぃさん細身だけど骨格はしっかりしてますしぃ、こういうのとか合うんじゃないですかぁ?」
彼女に渡されたジャケットを羽織ってみる。
「こんな感じ?」
「ん、襟元がちょっと……はい、これでよし」
正面から手を伸ばして僕の首を抱くようにして襟元を正すと、彼女はうんうんと頷いた。
「やっぱり素材が良いと映えますねぇ。これ、今ならお安くしときますよ。……あっ、ちなみにこの後店員さんの買い物に付き合ってくれたら更にお安くなりますよぉ。いいお店じゃないですかぁ?」
「確かにいいお店だね。いいお店だから、正規の値段で買おうかな」
「ちぇー、つれないですねぇ」
その後満足した顔の二人とげっそりした顔の吉彦と合流し、揃ってお会計をしてもらう。
「中々良い物を売っている店だったね。店主はどこだい? 是非挨拶しておきたいな。……あ、いや、ごめん利香さん本当に呼ぼうとしなくていいです。……んんっ。とにかく、御手洗には良い感じのが買えたと思うよ」
「思う、じゃねぇよ霞。俺のセンスだから間違いねぇよ」
「二人共ありがとな……けど、疲れた……服屋ってどうしてこんなに精神力消費するんだろうな」
服を受け取って手際よく値札を確認していた利香は、そこでそう言えばと呟いた。
「今日夜花火あるじゃないですかぁ」
「ああ、あるね」
夏祭りの締めくくりにして目玉と言えば、やっぱり花火。
このお祭りの最後にも、毎年大きな花火が打ち上がる。
「なんか、ジンクスがあるらしいですよぉ」
彼女は値札を見つつレジをぽちぽちと打ちながら言う。
「曰く、最後の花火が打ち上がったときに手を繋いでいた人と、結ばれるとか」
「へぇ……」
その噂は僕も聞いたことがあった。誰が言い出したのかは分からないけど、平岡さん曰く割と昔からある話らしい。
「学校の友達とかも結構その話してて、盛り上がってるみたいでしたよぉ」
私も素敵な相手がいたらいいですけどねぇ、と呟いている利香にお金を払い、お店を出る。
「あの、すみません」
「はぁい、今行きまぁす! ……それじゃおにぃさん、また。演劇の公演も頑張るので、観に来てくださいねぇ」
利香はお店を出た所まで見送ってくれていたけど、別のお客さんに呼ばれパタパタとそっちに走って行った。
ちらりと見るとお客さんは高校生くらいの男子だ。うん、お店の若者を狙った戦略は成功してるみたいだな。
「この服どうですかね? 僕、うまく襟が直せなくて……」
「では奥に鏡がありますので、そちらで確認してくださぁい」
「あっ、はい」
演劇部の人達もいるし、あんまり邪魔しちゃ悪いな。
利香がてきぱきとそのお客さんと話しているのを聞きながら、僕達はお店を後にした。




