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僕は思い出を振り返った

 僕はかつて、我儘な子供だった。


 自分がしたいことだけをして、したくないことはしなかった。

 当然、小学校では上手くいかなかった。友達は増えず、一度仲良くなった者も、僕の身勝手な振る舞いに呆れ次第に離れていった。


 幸か不幸か、僕が早熟な子供の部類であったことは事実で、だから自分の孤立の原因が、協調性を発揮していないことにあることには気づいていた。

 しかし、僕は自分が特別だと強く思うほどには自惚れていたし、早熟ゆえの一時的な能力の高さから、一人でもさほど困っていなかった為に、自分の行動を修正しようとは思っていなかった。



---



 そんなある日のことだ。

 その日、僕は他の小学校の子供達の集まりに混じり、遊んでいた。

 それは僕の通っている小学校の子供達に愛想を尽かされていたからだったか、それとも単に誰かに誘われたのかはもう覚えていないが、ともかく僕はほとんど知り合いのいない子供達の集団に混じり、そしてそこでかくれんぼをすることになった。


 その時僕はそこに集まった大部分の子とは初対面であったにも関わらず、既に孤立しかけていた。その原因は色々あっただろうけど、直接的なもので言えば確か、かくれんぼに反対したことだったような気がする。


 かくれんぼは隠れる側が本気で隠れようとしたら誰も見つけられないから、なんとなくの加減をしなくちゃならないし、そもそも自分はこの辺の地理に明るくないから、条件が公平じゃない、とかそんなことを抗議したんだと記憶している(当時プライドの塊だった僕は、何にせよ勝負と名の付くもので馬鹿な子供に自分が負けることが許せなかった)。


 しかし新参が一人でそんな自分の都合を主張したところで当然ながら意味はなく、なんか変なことを言う奴がいる、と僕の印象を悪化させただけだった。

 結局隠れる側の一人になった僕は大したやる気も出ず、鬼の居る場所から少し離れた場所にあった公園のベンチに腰掛け、その辺の店で買ったソフトクリームを齧っていた。


 うだるような暑さの日だった。

 誰もいない公園で、じりじりと鳴く蝉たちの合唱とアスファルトの上に立ち昇る陽炎の中で、僕は既に溶けだしていたソフトクリームを舌でなめとった。


 公園の入り口から人影が歩いてくるのが見えた。

 こちらに近付いて来るにつれ、僕はその子が僕と同じく隠れる側の子供の一人であることに気づく。

 その子はとりたてて特徴の無い、端的に言えば地味な子だった。僕より年下なんだろう、背も低く俯きがちで、常に他の子の目を気にしておどおどしている姿が記憶に残っていた。


 僕が目の前で立ち止まった彼女を無視し、公園の外の道路を散歩をしている犬と飼い主を見ていると、彼女は困ったような顔で辺りを見渡した。

 その様子にイラついて、僕は軽く舌打ちした。


「何?」


 僕が問うと、彼女はびくりと反応し、「あ、あの……」と恐る恐る声を上げた。


「もう、かくれんぼ終わったみたいだよ……」


「……あー」


 彼女の告げた言葉に、僕は右手にした腕時計を確認した。なるほど、確かにかくれんぼをするにしては時間が経ち過ぎていた。

 どうやら、最初から僕を省くために行われたかくれんぼだったらしい。

 僕はベンチの背もたれに背中を預けたまま、天を仰いだ。全くもって、馬鹿らしい。


「……で、君はそれを伝えに来たの?」


「う、うん……」


「今、あいつら何してんの?」


「し、知らない……」


 それを聞いて、僕のイラつきはさらに加速した。返事をした彼女の態度も癪に障り、僕はソフトクリームを持っていない方の手で自分の髪を乱暴に搔きまわした。その様子に彼女はヒッと小さく悲鳴を上げる。


「……あのさ、君、なんであいつらと一緒にいるの?」


「……え?」


 全く理解不能なことを聞かれたかのように、ぽかんとした顔をした彼女が、思ったよりも整った顔立ちをしていて内心少し動揺したが、僕はそれを誤魔化すように話を続けた。


「波風立てないように、常に他の奴らの顔色を伺う。そんなことをして満足なの? さっきあいつらが仲良く食べていた菓子も、君が用意したものだよね? どうしてそこまでするの?」


「……!」


 彼女は驚いた顔をしていた。僕じゃなくても、あの集団の中に一度入って見れば誰だって分かるだろうに。彼女は他人の動向に神経を尖らせていた。いささか不自然なほどに。


「……あなたは、知らないかもしれないけど」


 そう前置きしてぽつりぽつりと彼女が話し始めた内容を要約すると、彼女は積極的に望んで彼らと一緒にいるというわけではないらしい。


 ではなぜ、と僕が尋ねると、彼女は言いにくそうに自分の家はお金持ちだから、それに対してひんしゅくを買わないように、と答えた。

 はじめ聞いた時には気の小さいような振りをして、なんとも傲慢な考え方だと思ったが、実際彼女にとってそれはかなりの負担になっているようだった。


 あの子供達は親同士の付き合いもあるから、仲良くしなければならない。せめて、家族に迷惑を掛けないようにしなくちゃいけない、自分にはそれくらいしか出来ないから。そう言って思ったよりも饒舌だった彼女が話を締めくくると、僕ははん、と鼻を鳴らして応えた。


「馬鹿らしいね。やりたくないことは、やらなくていいんだよ。自分がやりたいことだけ、やってればいい。その過程で誰に嫌われても、知ったことじゃないんだよ。それでも本当に大切な人は傍にいてくれるから」


 お兄ちゃんお兄ちゃん、といつも後ろを追いかけてくる妹のことを思いながら僕はそう言った。


「…………」


 僕の言葉に、彼女は何かを堪えるように俯いてしまった。


 ……赤の他人にこんなことを言われたって、響くわけがない。僕の行動は自己満足にすぎない。分かっている。

 それでもこの言葉が、自分に言い聞かせるという目的以外にも、彼女に少しでも届けばいいと思って僕が言ったのは確かだった。

 ……彼女のような人間が多かれ少なかれ、確実に出てしまうのが集団というものだ。

 だから僕は馴染めない、馴染まないんだ。

 自分の正当性を再確認した僕はベンチから立ち上がった。


「ま、あくまで僕の意見だけどね。君はもう少し、自分の好きなようにやったらいい。そうすれば、こんなはぐれ者を呼びに来るなんて貧乏くじを引かされずに済むよ」


 そして食べ終えたソフトクリームの包装をゴミ箱に投げ捨てた後、最後に余計なお世話を焼いてその場を後にしようと数歩踏み出した時、背中越しに彼女の声が聞こえた。


「……? あ。私はあの子達に言われてきたわけじゃないよ」


 僕は公園の入り口に向かっていた足を止め、背後を振り返った。


「あなたが心配だったから。かくれんぼは、誰かが見つけてあげないと寂しいでしょ?」


 さわさわと彼女の頭上の木々が夏のそよ風にその身を揺らしていて、彼らの作った木陰の下で、彼女は薄く微笑んでいた。


「……君、この辺に詳しいんだよね?」


 僕がそう尋ねると、彼女は不思議そうな顔をしながら頷いた。


「う、うん。まぁ、そこまでじゃないけど、だいたいのことなら分かると思う」


「じゃあ、案内してくれないかな?」


 僕が言うと、彼女は僅かに逡巡するように僕と、彼女の来た方向(多分他の子達がいる方向だ)の間で視線を彷徨わせたが、最終的に僕の差し出した手を取った。


「どういうとこが、いい?」


「ご飯の美味いところがいい。この前父親が出張土産に買ってきた高級肉を食べてから、食の素晴らしさに気づいてね」




 ---



 自室で寝ていた僕は、カーテンの隙間から差し込む太陽の光に照らされて目が覚めた。

 ……随分、懐かしい夢を見ていた。


 中学校に上がる前、多分小学校5年生か6年生くらいの時の夢だ。

 ある女の子と出会う夢。


 彼女とは、結局あの夏の日以来一度も会っていなかった。

 そもそも、二度と会う気が無かったとも言える。僕達は結局最後までお互いの名前を聞かなかったし、住んでいる場所や、通っている学校さえも知らないままに別れた。


 向こうがどう思っていたのかは知らないが、僕はそうすることで、僕達の関係にある種の運命性を持たせようとしたのだ。

 ありきたりに再会して、ありきたりな話をする関係にしないことで、出会いに特別な意味を持たせようとした。




 ……とは言え、名前くらいは聞いておいても良かったかもしれない。

 仮にすれ違ったとしても、今となっては僕達はお互いに気づくことはないだろうと思う。五年かそれ以上の月日は、十分に人を別人の域にまで変化させることが出来る。


 実際、僕はあれから随分と変わった。外見もそうだけど、特に中身について。


 あの頃の僕は随分尖っていた。

 自分に出来ないことはないと思っていたし、周りのことを見下していた部分があったと思う。


 でも中学に上がり、複数の小学校から生徒達が集まったことで、自分の才能だと思っていたものは単に早熟だっただけであり、勉強や運動のどの分野に関しても自分よりも優れた他人がいる、ということを理解させられた。


 その上で、僕が集団生活を苦手なのは変わらないままだった。

 どころか、悪化してさえいた。集団のコミュニケーションを円滑に進める為に自分を殺すことか、あるいは自分を殺している他人を見ることが苦痛だった。

 とりわけ、彼女と会ってからは自分を殺している他人がよく目につくようになってしまって、そのせいで余計な気苦労を負うことも多かった。


 それは中学から、高校に上がっても変わらなかった。

 僕は相変わらずクラスに上手く馴染める予感が全くしないまま入学式を終えると、生徒は全員何らかの部活に入らなければならないと言う話を聞き、現在部員が誰もいない部活を探し、そこに入った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きを楽しみにしていましたので、更新があり嬉しいです。 色々と大変な事が多いので、無理せず続きをよろしくお願いします。
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