僕は祭りの幕を上げた
「さて、では今日の会議を始めましょうか……」
停滞した会議に内心うんざりしつつ、そんな感情を隠し、議長役の私はそう言って辺りを見渡した。
いつも通り集まった商店街の面々に加え、今日も高校生が二人端に座っている。見学させてほしい、と言われ断る理由もなく承諾したが……こんな会議を見てもなんにもならないだろうに。
正直、個人としては特に西町商店街に思うところなどない。まぁ全くない、というとそれは嘘になるだろうが、しかしその程度だ。
それでも長年の確執は降り積もり、最早簡単に解決出来るものではなくなってしまっている。
今、会議室ははっきりと2つに分かれていた。
東町と西町。以前からライバル関係にあった2つの商店街が合同で祭りを行うなんて、土台無理な話だったのかもしれない。
このまま何か流れを変えるような転機が訪れなければ、祭りの開催にも支障を来たすだろう。商店街の中では若手の部類の自分にも何か出来ることはないか、などと考え、かと言って大した案も浮かばないまま、やるせなさを抱え議事を進行していたのだが。
「――いつまでも争っていても意味がないわ。今回は譲って差し上げます」
どうも、今日の会議は話が違うらしい。
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吉彦のお母さんが、そう言って席から立ち上がった。
予定調和のような静けさに包まれていた会議室の空気が変わる。
議長役の魚屋の人がおや、と眉を上げるのが見えた。
端に座っていた僕は吉彦と目を見合わせる。
もしかして、上手くいったのか!?
僕たち含め、どよめく会議室内の注目は彼女と、そして彼女の視線の先にいる人物に集まっていた。
「…………」
その人とは、東町の実質的代表者である三国篤郎さん。
早希ちゃんのお父さんは大勢の視線を受けて、しかしそれらを気にも留めていないように一旦間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「いえいえ、こちらこそお譲りしますよ。――子供達も、楽しみにしているようなので」
「「「…………!!」」」
二人の今までと全く違う態度に、今度こそ動揺を隠せなくなった会議室がざわめきに包まれる。
「よし」
「………っしゃ」
僕と吉彦は会議室の隅の席で、カツンと拳を合わせた。
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「――――ねぇ吉彦。あなたが友達との話を私にしたのって、何年ぶりだったかしら?」
「えっ」
僕たち二人が作戦の成功をこっそりと祝っていると、吉彦が会議室の中央にいるお母さんからいきなり声を掛けられた。
視線を集めていた彼女がそう言うものだから、吉彦はいきなり大人達の注目を浴びてしまい、しどろもどろになりながらメガネの位置を調整する。
「それ、今ここでする話か!?」
「……私はねぇ、嬉しかったのよ。昨日あんたが、その隣の男の子と、それとそこのみくにやの娘さんとの写真を見せてくれたの」
「話聞け!?」
遠くを見つめるように呟いた彼女の言葉に、ざわつきが増す。
「だから、私はもういい。下らない意地を張るのはやめることにしたの。どうぞ、この議題に関しては東町の方々にお任せするわ。……他の人たちも、それで構わないかしら?」
そう言った彼女が確認するように周りを見渡すと。西町の人たちだろうか、彼女の近くに座った人たちはどこかほっとしたようにうんうんと頷いていた。
「「「……………??」」」
一方そんな彼女たちの反対側、向き合うように座っていた人たちは狐につままれたようにぽかんと顔をしていたが。その最前列に座った男性は、ふぅ、と一つため息を吐くと、掛けていた眼鏡を外した。
「その写真については、私も見せてもらいました」
フッと視線を机に落とした彼は、その瞳に意外なほどに優しい光を宿していた。
「うちの子はこの祭りを楽しみにしている、と言っていました。あの子が私にそんな素直なことを言うなんて……と、これは関係ありませんか。んんっ、つまりですね」
拭いていた眼鏡を再び装着した彼は、ぐるりと辺りを見渡した。
「既に時間的猶予はぎりぎりと言ったところ。楽しみにしてくれている子供たち、そしてお客さんの為にも、我々はこの祭りを成功させねばなりません。各々、思うところはあるかもしれませんが、今は一度、協力することにしませんか」
いつの間にか、あれだけ騒がしかった会議室は静まり返っていた。
すると隣の部屋から漏れ聞こえてくる、準備を進める子供たちの活気に溢れた声が意識させられる。
そのせいだろうか、その日の会議は、今までの停滞が嘘だったかのように順調に進んだ。
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――――そして、祭りの日がやって来る。
毎年家族連れや年配の人たちの参加者が多く、中高生たちにとっては縁遠いものだったこの祭りは、今年に限ってはその例を外れる。
若者向けにも配慮された完成度の高い屋台、この地方で何回も賞を取っている実力派演劇部の演目、そして近隣学校の有名生徒達によるステージは大きな話題を呼び、当日の会場はたくさんの若者でごった返した。
活気を取り戻した祭りは近年稀に見る大成功を収め、多くの人の記憶に残るものとなる。
そして僕にとっても、このお祭りはずっと忘れられない思い出になった。
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『ぼっ、僕と、……つ、付き合って下さい!』
『え、ごめんなさい。無理です』
夏休み初日、好きだった女の子に振られた。
『――――新しいこと、やってみようよ!!』
目を逸らすように妹と色々なことを始めて、
『これからは利香、でいいですよぉ』
『僕は御手洗吉彦、高校二年生』
そこでたくさんの人に出会ったり、
『君は少々、過保護が過ぎる』
『スターって……んなわけねぇだろ』
知っていたはずの人の新たな一面に気づいたりして、
『そのお兄さんの在り方に、救われる人もいるってことです』
そして大切なことを知った。
「……変わったことと、それでも変わらないもの」
夏休み前とはすっかり別人とまで言われるようになった身体に今日だけの衣装を纏い、喉の調子を確かめる。
隣の親友に目で合図を送ると、不敵な笑みが返ってくる。ああいいね。そうこないと。
僕たちがステージに飛び出すと、客席からは大きなどよめきが上がった。
――――夏休みの最後を飾る祭りの幕が上がる。




